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心のしくみ  作者: ADJ
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第1話 (はじめに)

 ぱさっ。

 田中瑞香の意識が眠りに引き込まれると同時に、読みかけていた論文のひとつが床に滑り落ちる。

 ここは清水電子AI研究室の研究員、田中瑞香のブースである。昼間であれば10人ほどの研究員が歩き回るこの部屋も、すでに暗くなってからかなりの時がたち、彼女以外には誰もいない。

「すう、すう」

 ここ一ヶ月ほどは、AD某という問題社員が無謀なプロジェクトを立ち上げ、大失敗をかましてくれたおかげで、その尻拭いのために東奔西走する羽目になった。だが、奴を某部署の窓際に飛ばすことが研究員の全員一致で決まったため、本来の研究業務は徐々に戻っていくだろう。

 田中瑞香は他人の尻拭いから解放されると、やっとかねてから興味のあった論文の精読を始めたのであった。

 この論文は研究室長が個人で取っている電子情報学会の論文誌から見つけたもので、“擬似的感情を用いた人サポートロボットの制御構成”という題名になっていた。

 ただ、本当に擬似的に感情を道具として使いこなすだけであれば、瑞香もそれほど興味を持つことは無い。

 この論文では、最初にいくつかの主要な感情の要素をプログラムした後は、ユーザーのフィードバックにより、少しずつ条件を変えた新たな感情要素を無限に生成していくというものである。そして優先順位はあるにせよ、初めに入れた主要な要素も条件によっては消えうせ、新たな要素が次々に生成される。つまり、良いか悪いかは判らないが、変化、言い換えれば“成長”を視野に入れているというところに興味を引かれたのである。

 この論文はロボットの制御を前提としているため、感情の生成過程については、それほど多くのページを割いてはいない。しかし、学生のときから何度かの挑戦をしては敗退していた彼女からすれば、基本的な考え方を飲み込むのにはそう多くの時間はかからなかった。

「あ、」

 いつのまにか手先が軽くなっている。眠っていたのに気づいて、落ちた冊子を探す。論文の題名が目に入った。

 感情を持つコンピュータ。

 過去からさまざまなSFでコンピュータの反乱や敵となる話が綴られている。

 しかし、彼女は感情を持つコンピュータについて余りネガティブなイメージを持っていなかった。こわいコンピュータがあるのなら、やさしいコンピュータだって出来るのではないだろうか。そもそも、まともに感情を持ったコンピュータなど今のこの世界には存在しない。もし、やさしく、あたたかくなるようなコンピュータがあれば、それはどんな世界になるのだろうか。

「やりたいな、でも、まだ難しいかな」

 清水電子AI研究室、生産部門は精緻な管理がされているが、研究部門は多少の自由が許されているところでもある。

 とはいえ全く商売にならないテーマを何年も続けさせてくれるほど甘くはない。

 何よりもまず、テーマの予備審査で認められなければ、やらせてもらえない。

 この手の基礎研究に近い物は、しばらくすれば関連する研究報告が出てくるものである。

 その報告を待って、実現する可能性が高まってからチャレンジするほうが、会社としては正しい。しかし、それは他の研究者に実現されてしまうというリスクも負っていることになる。手堅く行くならば、基礎的な勉強は続けて、よそで実現されてから、その関連の研究を捉えるという手もある。大きく遅れなければそれなりにいろいろな応用テーマは拾えるものである。

「どうしよう」

 瑞香は論文をめくりながら考える。目は文章を追っていない。

「やりたいな、まだ無理かな、でも実現できそうだし...」

 瑞香の脳裏にあったのは情報ガイドコンピュータのようなものだった。

 ある程度若い人ならば、インターネットで必要な情報を見つけることは容易な時代である。

 しかし、高齢者やネットワークを普段使う環境にない人、または子供などは、慣れるまでその恩恵を受けられないし、予想外の不適切な情報を見てしまうことだってある。そのような人たちに、必要なものを聞き出し、情報を集め、伝える。伝えるユーザーのことを思い、暖かく知ることへの手助けをするシステム、そのようなものを思い浮かべていたのであった。

「えへへ」

 その姿をイメージしながらほわーんとにやける。しばらく脳内のイメージに浸りつづける。

 はっと我に返って、顔を引き締め、でも、またとろーんとした目つきで、脳内に戻っていく。

 彼女だって、それなりに開発実績を持つAI研究者である。

 数学とソフトウェアを扱う彼女の仕事では、脳内でのイメージ構築能力は重要な要素である。そのため、脳内での想像力、そして創造力は鍛えられているといっても良いが、また妄想力も発達しているといって良いだろう。その妄想力がアダルト方面に行けばなかなか興味深いのだが、ジャンルの関係で、描写は控えさせていただく。

 というわけで彼女が、いくらかの葛藤の後で決心に至り、やっと社を後にしたのは深夜に近くなってからのことであった。


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