未定1
"行為"の後はいつも夢を見る。
何時頃からの事かは忘れたが、この夢を見ている時と"行為"及んでいる最中こそが、私の人生で最も満たされている瞬間だと思う。
気がつくと、私は一人だけで真っ暗な空間に佇んでいる。
どこまで行っても同じ。
目の前には真っ暗な空間が広がって、自分以外の存在は「無い」。
しばらくすると、甲高い声が聞こえてくる。
いや、"聞こえてくる"というよりは頭の中で"鳴り響く"。
その笑い声は不快なものでは決して無く、私にはむしろ赤子にとっての母親の声のように安心できるものだ。
笑い声に酔っていると次は、おびただしい数の"目玉"が私を見つめていることに気付く。
私を見つめる"目玉"は生気を感じさせるものではなく、死体の一部と言っても良い程に底なしの冷たさを感じさせる無機質なものだ。
その視線に囲まれながら頭の中に鳴り響く声を聴くその時はまるで好きな音楽を聴きながらお気に入りの本を愉しむような優雅で満たされる瞬間なのだ。
私が見る"夢"の内容はこんなところだ。
そしてそれは冒頭でも述べたように、決まってある"行為"の後に見る。
私が自分の中の欲望に気付き始めたのは四年前、まだ大学二年生として在学中の時の事だった。
その時、私は初めて人間の死体という物に直面したーーー解剖実習である。
それまではまだ人間の死体などには全くもって興味も無かったし、"行為"のもたらす快楽にも気付いていなかった。
むしろ自分が死体の切り開かれる様を見て気絶しないかという心配をしたくらいである。
しかし解剖実習の途中、私が倒れたかと言うと、そうではなかった。
切り開かれてゆく体。
取り外されてゆく臓器。
生きていて、一つだった人間がパズルのピースをばらばらにするように別々のパーツに分かれていくのを見て、私は興奮してしまった。
実習を終えて私は自分が勃起しているのに気付いた。
食事の時間も惜しんで内側から溶岩のように熱くとめどなく溢れてくる情欲を治めるのに必死だった。
多分、それからだ。
私が人間の"パーツ"に興味を持ち始めたのは。
"行為"に初めて及んだのは二年前。
深夜に人気のない場所で歩いていた女性を拉致して車に連れ込んで、そのまま自宅へ連れていき、地下室で"解体"した。
初めての殺人に興奮よりも罪悪が勝ったが、ばらばらにされ、綺麗に並べられた"パーツ"を目の当たりにしてからは、興奮が優勢だった。
とりわけ興味を惹かれたのが目玉だった。
各パーツの洗浄、保存が終わってから私は目玉を口に含み、何度も何度も自慰をした。
それから私は何回も同じことを繰り返してきた。
地下にはラベルを貼ったホルマリン漬けのパーツが入った瓶が沢山保存してある。
仕事の小説に身が入らない時はいつも瓶漬けの指や耳を見ては悦に浸っている。
こういう時間が、私はとても幸せだ。




