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(中)



「よう来たな」


 屋敷しもべに案内された人間用の客間には一人の男性が座っていた。

 長く赤い髪に浅黒い肌、燃えるように輝く瞳の上に収まる金色のサークレット。ピュルイの父親であり大洞窟の主である赤のドラゴンその人だ。


「坊、来い」


 ピュウッ!

 ピュルイが嬉しげな声をあげてドラゴンの元へと駆け寄っていく。既に数回面識があるためすっかり懐いてしまっている。


「大きゅうなった」


 抱き上げて重みを確認すると、ドラゴンは満足そうに頷いた。


「一年はそなた達人間にとって長き間であったろう。世話になった」

「いいえ、あっという間でしたわ。もっと一緒に過ごしたかったほどです」

「そうか。うむ」


 ドラゴンはピュルイを膝に乗せるとリン、呼び鐘を鳴らした。

 いそいそと入ってきたしもべ達の背に大きな宝箱が乗っている。


「礼だ。好きなだけ持っていくがいい」


 開かれた箱の中には金銀宝石に装飾品といった財宝がびっしり詰まっていた。連日磨かれているのだろうか、そのどれもが曇り一つなく眩い光を放っている。

 リリィは首を横に振った。


「お気持ちは嬉しいのですけれど受け取れませんわ。

 ピュルイと過ごした一年間がそのまま私にとっての宝物ですから、代わりは必要ないんです」

「欲の無い魔女殿だな」

「あの、代わりにまたこの子に会いに来てもよろしいでしょうか」

「いつでも好きな時に来るがよい。坊も喜ぶ」

 

 あどけなく首を傾げるピュルイを見ているうちに、リリィの目頭が熱くなってきた。

 母親としての役目はここで終いだ。

 あの子を抱いて眠る夜は、もうこない。


「では、私はこれで」

「まあ待て。せっかくここまで来たのだ。時間が許す限り過ごしていくといい」

「いえ……」


 ぽん、と肩に手が置かれた。


「遅くなり過ぎなければ大丈夫だ。申し出に甘えよう」


 長居するほどに別れが辛くなるのだと、リリィはヴァルダスに言えなかった。





 挫いた足首に治癒魔法をかけてもらった後、見せたい場所があると直々に案内されたのは、ドラゴン用の洞窟を暫く奥に進んだ先だった。

 不意に視界が明るくなり、切り立った崖が取り囲む広場へとリリィ達は出た。


「綺麗……」


 円形の崖は鉱石か魔法の力なのか、ぼうっと淡く光っている。奥壁から水が溢れ澄んだ泉ができていた。見上げれば高い位置に丸く切り抜かれた青空が見え、大木の緑の枝がぐるりとその縁を彩っている。

 突然現れた運動場にピュルイは大はしゃぎで駆け出すと、飛び跳ねるようにして遊びだした。


「ここで妻と出会った」


 柔らかな草が絨毯のように生い茂る隙間に白い花がぽつぽつと咲いている。

 ドラゴンはその一輪を長い爪先で摘むと、リリィに渡した。花弁からは爽やかな林檎にも似た甘い香りがする。植物に詳しい彼女にも名の分からぬ花だ。


「我が午睡をとるための場所だ。

 飛竜でもある彼女は乾いた鱗を潤そうと水気のある場所を求めるうちに、ここを見付けた」

 

 彼の妻であるドラゴンが水属性なのだとは聞いている。

 火属性であるピュルイの卵を産むことでその命を落としたのだということも。


「竜は属す質が違えば共存が叶わぬ。我は火、彼女は水。触れれば互いの鱗が焼け、子を宿しても生むのは至難なのは分かっていた。

 だが我は彼女を望み、彼女もまた我を受け入れた。逢瀬にて傷を負う度、彼女は泉で身を清めて住処である湖へと帰っていった。

 やがて彼女が身篭り、我々は別れた。卵は雌の巣でしか産めぬ。彼女は湖に篭もり、そうして産後息絶えたのだ」

「……お辛かったですね」

「いや。端より分かっていたことだ」


 ドラゴンは目を細めてピュルイが転げ回るのを見た。


「我ら竜族はお前達人間に比べて何倍もの時を生きるが子を成すのは困難だ。

 故に、我も彼女も身篭った喜びを心より分かち合った」


 愛し合えば失う。

 そう分かっていながら愛するという考えが、リリィには共感できなかった。

 だが、思い出を語るドラゴンの横顔が穏やかで満たされていることを羨ましいと思った。




 豪華な茶会を楽しみ、談笑し、ピュルイがしもべ達にじゃれつくのを微笑ましく見守っているうちに、気付けば安全に帰れるぎりぎりの時間となっていた。

 初めて帰った一年前よりも今年は魔物の目撃報告が多いのだとヴァルダスから教わっている。いくら彼が特殊護衛隊員とはいえ、安全を最優先するのは鉄則だ。


「お世話になりました」


 ドラゴンやしもべ達に礼を言い、リリィは屈んでピュルイを抱き締めた。


「また遊びに来るわね」


 雷のような音で喉を鳴らすその頬にそっとキスをして立ち上がる。


「さようなら、ピュルイ」


 この一年、毎日呼んでいたその名前をリリィは心を込めて口にした。

 

 ピュッ。

 トコトコと後から付いてこようとするピュルイの身体を赤のドラゴンが抱き上げる。


「お前は今日からここで過ごすのだ。もう人間の町へ出てはならぬ」


 そう言われてようやく、ピュルイは自分が置いていかれようとしていることに気付いたらしい。


 ピュウ!? ピュウ!

 悲鳴を上げ必死にもがいても離してもらえない。


 大好きなリリィとヴァルダスが、背を向けたまま扉の外へと出ていく。


 ギュェエイ! ギュィイイ!

 ピュルイは大声で叫んだ。

 ボウボウと炎を出し、じたばたと手足を動かして訴える。

 ギュェエイ! ギュィイイ!


 大扉が音をたてて閉じられるまで、リリィが振り返ることはなかった。




 沈んでいく太陽が別れたばかりのドラゴンの瞳を思わせる。


「――よく我慢した」


 篭手から出た革手袋がリリィの白い手を取り、握り締める。

 リリィは何も答えなかった。


 ぼろぼろと止まらぬ涙を親であるドラゴンに気取られていないことを願いつつ、彼女は心に空いた大穴を革越しの温もりで耐えていた。


 


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