二話
遅くなりました。すみません。
「う、うーん」
朝、窓から差し掛かる日の光に起こされた桐吾。しかし寝ぼけているのかおぼつかない足取りで顔を洗いに行こうとドアの方へ歩き始め――そのまま壁に激突してしまう。
「ッてぇ!」
そして長い髪を揺らしながら後ろに仰け反った。その衝撃に先ほどまでの眠気など一瞬で消え失せた桐吾は違和感に眉をひそめる。
情けない話だが、桐吾は極端なほど朝に弱い。よく部屋を出た先にある階段から足を滑らせて転げ落ちる。生まれ持った体の丈夫さ故に怪我をすることなかったがもはや日常茶飯事と言っていいほどだ。
しかし、部屋を出ようとして壁にぶつかったことは一度もなかった。寝ぼけていても部屋の間取りなどはしっかりと頭に入っているのだ。
だからこそ桐吾は疑問に思いながら左右を見た。しかし左右どちらにもドアはなく、それどころか見たこともない、高級そうな家具が視界に映る。
いよいよもっておかしい、と彼は振り向いて部屋を見回す。
「――なッ!?」
まず驚いたのは部屋の一角を陣取っている大きな天蓋付ベッドだ。薄いピンクのレースで覆われたベッドは一人が寝るにはやけに大きい。しかも、いかにも高級であることがわかる煌びやかな装いで、たとえ妹である咲がねだったとしても中村家の財政事情では手が出ないであろうことが容易に想像できた。
他にも部屋に置かれている家具や花瓶、姿見などの全てがおよそ中村家には似つかわしくない高価な品々であることが見て取れる。
「ここは……どこなんだ」
自分の家ではありえない光景を前に、桐吾はぽつりと呟く。このような部屋のある家に住む友人など桐吾にはいないし、親戚などにも覚えはない。
「まあ考えていても仕方がないか」
とりあえず誰か人を見つけてここがどこかを聞くのが優先。そう考えると、桐吾は部屋を出ようと歩き始めた。
だが部屋にある姿見に映った自分の姿を見てその足を止めてしまう。そこには見慣れた、ぼさぼさ頭にだらしのない格好をした黒髪黒目の少年――ではなく、しなやかで艶めかしい金色の髪、幼さの抜けきらない可憐な顔立ちにクリッとした碧い眼。背は低く胸はないが決して幼児体型ではない、華奢な体つきの少女の姿があった。
「な!? あ……え?」
自分の目にしたものが信じられず目を丸くしたまま固まってしまう。実を言えば先ほどからやけに目線が低かったり、明らかに女性ものである服を着ていることや、ちらちらと視線に入る前髪の色、長さなどおかしな点は山ほどあったのだが、そこまで気が回らず気が付いていなかったのだ。
ようやく異変に気が付いた桐吾は、まじまじと姿見をのぞき込むと掠れた声で呟いた。
「どう……なってるんだよ……」
だがその疑問に答えてくれるものなどいるはずもなく、桐吾の声は部屋に広がっていき霧散してしまう。これを夢だと笑い飛ばすことは簡単だったが、桐吾は何となく今自分が置かれている状況が現実だと気付いていた。
目が覚めたら見知らぬ場所で女性になっているなど到底あり得るような話ではないのだが、五感を通して得られる情報はこれが現実なのだとありありと伝えており、また桐吾は軽度とは言えアニメに詳しくこの手の話をよく見ている。そのおかげか納得はできずとも理解することはできた。
「とは言ってもこれは一体……」
『聞こえる?』
「ッ!? なんだ!?」
その時、若い女性の声が聞こえてきて桐吾はビクッと体を揺らした。辺りを見ても誰もおらずドア越しに話しかけられている訳でもない。頭に直接響いているような感覚を味わいながら桐吾は尋ねる。
「……誰だ」
『聞こえる?』
しかし質問に対する答えはなく、先ほどと同じ言葉が桐吾の頭に響く。もしかしてこちらの声が届いていないのか、そう桐吾が考えたと同時に声の主が言葉を発した。
『言い忘れてた。もしこの声が聞こえてるなら言葉を念じて。そうすれば声が届くから』
その言葉を聞いて桐吾は先ほどと同じ質問を頭に思い浮かべる。どうやら無事に聞こえたらしく、程なくして女性からの答えがあった。
『私はアリス。アリス=ハートよ。今、何が起きているのかわからないかもしれないけど、これからする説明を聞いてほしいの』
「説明って……もしかして、この状況のことを何か知っているのか?」
『……ええ、そこはあなたが住む世界とは違う、所謂異世界というやつよ』
「どういう、ことだ。異世界? それにこの姿……」
女性の言葉に動揺する桐吾。
『その話をするにしてもこのままじゃ不便ね。ちょっと苦しいかもだけど我慢してね』
直後、桐吾は以前と同じような浮遊感と息苦しさに襲われ、再び意識を失った。
なるべく早く書き上げようとは思っておりますが、自分は筆が遅いのでそういうものだと思ってご容赦ください。
プロットが完成すればもう少し早くなるとは思うのですが。