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欠落人形

作者: 六花

短めです。

恵まれた環境、才能。現宰相であり公爵の令嬢に生まれ、容姿端麗で学問に強く、魔術も出来るという素晴らしい境遇でありながら彼女には何かが欠けていた。


幼い頃から英才教育を受けて完璧なはずの対人能力。しかし彼女と対する人は誰もが違和感を覚えてしまう。

浮かべた微笑はどこか冷徹さを感じさせ、礼儀作法は慇懃無礼を引き立てる。

彼女自身は何の問題も起こしたことがないというのに。

誰かを貶めたことも無ければ、気の赴くままに癇癪を起こしたことも無い。それなのにどこかに冷たさを感じさせる彼女に、気の置ける友人など居るはずも無かった。


完璧な令嬢とて、ただの少女なのだ。


そんな状況が生まれてからずっと続いていたのだから、感覚が狂っても仕方が無いといえば仕方が無い。


しかし、彼女には理解できなかった。

癇癪を起こしたことも無い、我が儘一つ言ってこなかった、作法だって完璧にこなしてきた。

なのに何故、自分は他の令嬢のように友人が出来ないのだろう――?と。


子の性格を形作るのは育ち方だと言われている。

生来持って生まれたものも勿論存在するが、一番は育ち方だ。

この世界の貴族は生まれの貴賎によって左右されていると考えている者も多いが、それは生まれの貴賎により育ち方が違うからではないだろうか。

少なくとも、この無機質な少女はそう考えていた。自分の育ち方が特殊だとは思わなくとも、違う理由とすればそれくらいとしか思えなかったのだ。


彼女には婚約者が居た。

将来国を支える立場である、第二王子である。


彼は冷徹さを感じさせない穏やかな笑みと慇懃無礼さを感じさせない美しい所作で周りを虜にした。

しかし彼は少女のどこが気に入らなかったのか、ことあるごとに少女を「まるで人形のようだ」と揶揄した。


少女には理解できなかった。

同じような振る舞いをしているのに、何故自分と彼はこんなにも違うのだろうと。


時は無常に過ぎ、王立学院で起きたことが彼女の存在を根底から揺るがす。


第二王子が婚約解消を申し出てきたのだ。

横に、入学当時から問題の絶えなかった男爵令嬢を携えて。

彼女に異論は無かった。王子を愛したことも無ければ、それどころか碌に話したことも無かったから。


そして彼女はいつもの笑みを浮かべて言ったのである。


「お話は理解できましたわ。わたくしに異論などございませんので、どうぞ父に話を通してくださいませ」


何の焦りもなく言ったからか、何故だか、男爵令嬢が不服そうな顔をして噛み付いてきた。

また、彼女には理解できないことだった。


「そんなことを言って、王子と婚約解消したくないだけでしょう!?」


意味が分からなかった。

ただ淡々と必要事項を述べただけだったのに。


もしかして父に自分から話を通せと言っているのだろうか。身分を考えれば王子側からしか解消申し立ては出来ないと言うのに。

そのことが分からないのだろうか、この令嬢は。


あくまで冷静に対応して、そんなことを言われる筋合いは無い。

隣の王子は自分が言ったことを理解しているだろうから、説明は彼に任せよう。


結局令嬢はその言葉に何の反応もせず、黙殺した。


「――最後に、一つ聞いてもよろしいでしょうか」


自分のことを人形のようだと言い続けた王子に、話しかけた。隣の令嬢が何かを言っているが、お互いに無視して王子は先を促した。


「私を、人形のようだと表した…その理由は、何だったのでしょう」


そこに、全ての答えが隠されているように思えたから。

彼は答えた。


「それは―――、」






全てが終わって、少女は結局理解できなかった。


(それは―――、君に人を愛するという気配が感じられなかったからだよ)


人を愛することなど、分からない。

少女は愛された記憶など無かった。だから、人をどのように愛すればよいかなど、分かるはずも無い。


自分が生まれると同時に亡くなった母。

仕事が忙しく自分を省みることなど無かった父。

家の主は基本的に少女のみで、生活観など存在する余地も無かった無機質な屋敷に、まるで機械の様に仕事をする使用人。


王子の言葉が思い出される。


無機質で誰からも愛されない、美しいだけの人形。


ああその通りだ。

親愛、友愛、家族愛、恋愛そんなもの全てが理解できない。言葉としてなら分かるけれど、その本質など分からない。

まるで人形のようだ、と自分でも思った。


人形のように空っぽな人間だ、と。



少女は全てが終わった後、静かにその行方をくらましたという。

彼女の行方は、だれも知らない。






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