0 全ての始まり
「今野京輔という名前は、戦国武将に相応しい名前だとは思わないか? 何せ、京を助けるという名だぞ」
「全く思いませんね。というか、早く解放してくれませんか?」
京輔はそう言うと、目の前の人物、物理教師である岡部幸を不愉快そうに睨んだ。
「おやおや。君はおかしな事を言う。私が暇ならば理化学準備室に来いと言い、君はやって来た。なのにもう帰りたいと言う。まさか思春期の青年にありがちな、二十代の素敵な女教師の素敵なレッスンでも期待していたのかな?」
幸はおかしそうに喉をクククと鳴らした。
「正確には『おい今野。貴様、暇だろ。暇だよな。ちょっと面貸せ。あ? 文句あんんか? 歴史研究会、潰すぞ?』と言われたんですが」
京輔は城東大学付属高等学校に通う二年生。
成績は中の上、運動は上の下、容姿は中の中。何処にでもいる平凡な生徒だ。しいて特徴を挙げれば、百八十センチの長身と中々の運動神経を持ちながら、何故か『歴史研究会』という文化系サークルの部長を務めていることだろうか。
「潰す? 人聞きの悪い。『歴史研究会』は部員が二人しかいないじゃないか? 本来ならとっくに潰れてた部だ。それを私が存続させてやったのだろうが」
幸はたかたが一教員であるが、その発言力は校長を凌ぐ。なんでも、学校を経営している城東グループと繋がりがあるとか、本来は城東大学の研究員であるとか、色々な噂がある人物である。
何故かその幸が、定員を満たしておらず廃部の危機にあった『歴史研究会』の存続に尽力してくれたのは春のことである。
そういえば、面識もないのに力になってくれた幸に礼を述べる際、
「何。先行投資だよ」
と笑っていたのを京輔は思い出していた。
「……先生には感謝してます。ですがどうして俺は椅子に座らされ、身体を固定され、頭にヘルメットをつけているんですか?」
準備室にはSF映画に出てきそうな巨大で怪しげな機械が置かれている。機械には膨大な数のケーブルが繋がれており、その内の何本かは、長政が拘束されている椅子やヘルメットに繋がっていた。
「なに、君に素敵な体験をさせてあげようと思ってな。この間、CMで言ってたぞ。『青春に、おかしなことはつきものだ』とな」
「明らかに人体実験しようとしてますよね!」
京輔の叫びを無視し、幸は楽しそうに喋り続ける。
「君にはこれから戦国時代を疑似体験してもらう」
「……はあ?」
意味が分からず、京輔は間の抜けた声を出した。
そんな京輔の反応が気に入らなかったのか、幸は不機嫌そうに、
「君は耳が聞こえないのか? それとも言葉を理解する脳を持っていないのか? もう一度言おう。君には戦国自体を疑似体験してもらう!」
そう言うと、京輔を睨んだ。
「……な、何だって!?」
正直、幸が何を言っているのか分からないのだが、おそらく彼女が望んでいるであろうリアクションを取ってみる京輔。
案の定、幸は満足そうに頷いた。
「君も戦国シミレーションゲームは知ってるだろう? 『信○の野望』や『太○立志伝』、『天○統一』や『関○原』、『戦○姫』といった名作の数々を」
「……はあ」
「然るに、最近は戦国時代を扱ったゲームと言えば格闘モノばかり。私のような、シミレーションが好きなユーザーが求めるモノがない。
そこで私は考えた。無いのなら、自分で作ればいいとな!
そして完成させたのが、このゲーム。『戦国野望伝』だ」
「……はあ」
この人、ホントに二十代なのかな? 『天○統一』や『関○原』って、そうとう昔のゲームだろ。少なくとも俺はやったことないし。
京輔は幸の話を適当に聞き流していたが、
「君には、栄えある実験台、いやテストプレイヤーになってもらう」
「……はあ!?」
聞き捨てならない言葉に、思わず大声を上げた。
「いやいやいや。先生、明らかに実験台って言いましたよね。冗談じゃない。さっさと解放して下さい」
「安心したまえ。金は取らない。それどころか、見事君がゲームをクリアしたら、『歴史研究会』は来年も存続。それどころか、部費もあげてやるぞ」
「やりましょう!」
「……君も案外と現金だな」
「部員二名の弱小サークルの代表ですからね。現金にもなりますよ」
見た目からして怪しさ満載の機会だか、まあ死ぬことはないだろう。
京輔はそう楽観した。
「よし。では、ゲームの説明をしよう。君は誰かしらの大名となり、戦国の世を戦いぬく。家が滅亡するか、自身が死亡したらゲームオーバー。簡単なものだろ?」
「自分が担当する大名は選べないんですか?」
「それは私が選択する。1580年の織田家なんかを選ばれたら、このゲームはすぐに終わってしまうからな」
「あまりマイナーな大名ですと、知識も無いでうし、大変そうですが……」
「それでも『歴史研究会』の部長かね、君は」
幸は呆れた様に口を開いた。
「僕が興味在るのは、日本では幕末、後はヨーロッパや中国史です。第一、普通の高校生が知ってる大名なんて、織田か豊臣か徳川ぐらいでしょ?」
「安心しろ。このゲームは戦国時代の知識が無くても問題ないように色々と工夫されている。例えば、君はプロ野球選手だったり、或いは片思いなあの娘と付き合ったりするような夢を見たことがあるかい?」
「まあ、ありますけど」
「そのとき、夢の中の君は矛盾を感じていないだろう? それと同じ、極めて都合のいい形で、君は担当する武将とシンクロすることが出来る。言うならば、ゲーム中の君は、今この現実こそが夢と思えるだろう」
何やら、幸の説明の所々に不安を感じるのは何故だろう?
京輔は務めて陽気な口調で尋ねる。
「先生、これってゲームですよね」
「ああ、ゲームだ」
ここに二人の認識のズレがある。
京輔が言うゲームとは通常の、PS3やDSといった一般的なゲームのことであり、幸が言うゲームとは自身が意識を失い、架空の世界を現実と考える新しいゲームのことを指していた。
「まあ、いくら口で説明しても分からんだろう。まずはプレイしてみようじゃないか」
京輔はその齟齬に気付かず、幸の言葉に頷く。
それを確認すると、幸は小さく笑うと、馬鹿でかい機械のスイッチを操作し始める。
「それから、ゲーム本編にはイベントやサプライズも用意してある。君のような青年の願望を満たす仕掛けもあるから楽しみにしたまえ」
「……」
何やら急に眠くなってきた。身体の力が抜けていく。口を動かすのも面倒になってきた。
幸の声が遠くなる。
「まあ、首を刎ねられたらショックでこちらの身体の心臓が止まるかもしれん。頑張れよ」
何やらとてつもなく物騒な言葉が聞こえたが、それに抗議する力も気力も無く、京輔は意識を失った。