僕らは見ていた
今日、学校のホームルームで、クラスの勝人君が死んだことを、先生がみんなに話した。人が死んだという割には、クラスの人はメールとかでそのことを知っていて、ショックは少なかったように見えた。
先生が言うには、勝人君は自転車で大通りを走っていて、バランスを崩して倒れたところを車に引かれたみたいだった。先生は、みんなも自転車は気を付けて乗ることと注意した後、一時間目を自習にして教室の前方にある先生の机に座っり、何やら書類を書きだした。
「勝人、本当に死んじまったんだな。」
友達の光一君が話しかけてきた。僕は、そうみたいだねと返しながら、漢字の書き取り帳を出した。
「お前、よく勉強する気になるな。折角の自習だぜ。適当に時間潰すのが正解でしょ。」
光一君は僕からシャーペンを奪い取り、高速ペン回しをしながら僕に言った。この状況から察するに、暇つぶしの相手をしろということだろう。一度、小さくため息を吐いた。
「こういっちゃなんだが、死んだの勝人だろ?案外みんなザマミロぐらい思ってんじゃないの?」
「そうかもしれないね。」
確かに勝人君は、あまり好かれていない人間だった。暴力的かつ独善的、子分もどきをいつも引き連れ、いじめなんかを率先して行っていたからだ。
「それにさ、実はいじめられてた奴が殺したりとか…。」
僕の斜め後ろの席をちらりと見て、光一君はそういった。
いつも酷いいじめを受けていた人、クラスメイトの茜さんは今日登校してきていない。確かに誰かがそう思っても仕方ないだろう。
「でも、そんなことないと思うよ。もし殺せるほどの度胸があるなら、そもそもいじめられた段階でやり返すんじゃないかな。」
「たしかに、それもそうな。それに、いくらいじめられても、殺すまではなかなかいかないか。」
取り留めも無い話をしていると、そのうちにチャイムが鳴った。その日はそのまま、クラスメイトが死んだとは思えないほど普段通りに学校が終わった。
夜、僕は茜さんを学校近くの公園に呼び出した。普段は返答するのも億劫するSNSなんてものが、役立つ事もあるんだと二日続けて感動した。
一人ブランコを漕いでいると、公園の入り口に茜さんが現れた。眼鏡をかけ、普段は下してある髪を結んでいる。服装は白いパーカーに緑のボトムス、靴はスニーカーと動きやすそうな格好だった。
「やあ、茜さんこんばんは。今日もかわいいね。」
がちゃ歯のところを除けば、と続く言葉は飲みこんだ。
「…何がしたいの。」
茜ちゃんは酷い隈のした目で、僕を見ながら呻った。眼球に生気はなく、まるでパック詰めにされた魚のような目だった。
「僕はかわいい女の子が好きだから、好感度稼ぎにいい情報を教えようと思って。どうせ、昨日したことで寝てないんでしょ。」
茜ちゃんは俯いて、僕を視界から消そうとした。それとも、僕がかわいいって言ったから、恥ずかしくなったのかな。
「いや、面白いくらいに事が運んだよね。」
ブランコから降りて茜ちゃんの前に立った。下した髪より、結んである方が好みだなあ。
「勝人君があの道を通るの知ってたんでしょ。だから、あんな植え込みに隠れて、待ってた。」
茜ちゃんは一歩、後ろに下がった。僕は一歩、茜ちゃんに詰め寄った。
「最初はね、茜ちゃんが植え込みに入って行くから、声かけようと思ったんだけどね。なんかするのかなあって観察することにしたんだ。」
茜ちゃんがまた一歩下がる。僕は再度一歩前に進んだ。
「すごいね、勝人君にめがけて石を投げて、こめかみあたりにクリーンヒット!勝人君バランス崩して車道へ!で、車とどーん!」
茜ちゃんが僕を見た。焦りといら立ち、それに恐怖を足した顔だった。僕は、そんな茜ちゃんを見て、可笑しくて思わず笑った。
「いや、すごかったね。勝人君、頭潰れてたよ。」
「なにが、なにが言い情報なのよ!私のしたこと言って!何がしたいのよ!」
茜ちゃんが、僕に噛みついた。まあ、実際には噛みつくような勢いで怒鳴っただけだ。
「いや、だからね、勝人君、頭潰れたの。つまりね、茜ちゃんが投げた石が当たったってこと、確認ができないんだ。それに、僕以外茜ちゃんを見てた奴はいなかったし。」
茜ちゃんは涙目になっていた。それに、混乱をしていたようだった。
「つまりね、茜ちゃん。心配していたと思うけど、君が捕まることなんてないから。」
「ほ、本当に…?」
茜ちゃんは、涙を流していた。
「うん。本当だよ。僕はもちろん言わないから。だからね、安心してね。」
茜ちゃんは、泣き出した。僕は茜ちゃんを優しく抱きしめ、泣き終わるの待った。星空がきれいで、上った月は満月だった。
「おはよ。」
光一君が僕の机に座りながら挨拶をした。
「光一君、僕のノートは座布団じゃないんだけど。」
「知ってる。座布団だったらすわり心地はもっといいからね。」
光一君はさわやかな笑顔で返してくれた。そういうことじゃないのに。
「今日は、登校してきたんだな。」
光一君が僕の斜め後ろの席を見ながらつぶやいた。そこには、眼鏡に下した髪、制服姿の茜ちゃんが座っていた。
「うん。まあ、みんなのおかげだよね。」
僕は、昨日茜ちゃんに嘘をついた。
勝人君に石を投げたのを見たのは、僕だけじゃなった。だけれども、目撃したのがこのクラスの人間だけだったのが幸いした。僕たちは即座にSNSで連絡を取った。それも、目撃した人間だけでなく、クラスメイト全員と、これからどうするかを決めるために、だ。しばらく話し合いは続いたが、みんなが納得する結論に至った。
「まったく、よく言うよね。日頃の行いが悪いって。」
「まあ、死んで当然って人だったからなあ。アイツもあんだけ嫌われてなきゃ、こうはならなかったろうに。」
僕と光一君、それとクラスメイト全員は、茜ちゃんをみて、微笑んだ。