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そして彼等は旅に出る  作者: 襟川竜
ヤークティ共和国編
3/15

第二章 牢屋ときたら大脱走

その一 牢屋は常に出会いの場所?


『――聞…え…すか?ソル…ト』

……誰?

『この国には、すでに魔王が…』

まおう?

『目覚め…です、ソル…ト』

なに?

『力を…今こ…解放…るのです』

ちから?

『早く…いと…彼女の身…危険が…』

かのじょ?

彼女って誰の事?

『もはや、一刻の猶予も…』

あなたは一体…?

『契約の証として、私の解放に(まこと)()を――』

けいやく?

何の事?

『お願い、目覚めて――』

「いー加減に起きなさい!」


「ぅわあ」

俺は誰かの大声で目が覚めた。

「やっと起きたわね。まったくいつまで寝てる気だったのよ」

「んー…あ、パイン。おはよう」

「『おはよう』ぢゃないわよ」

俺はまだぼぅっとしている頭で、あたりを見回す。

どうやら俺がいるのは薄暗く小さい部屋のようだ。

そこには家具らしいものがなく、ご丁寧に(てつ)格子(ごうし)がついている。

……ん?

鉄格子?

「な、な、な、なんじゃこりゃ!?」

「なによ、どしたの」

「こ、これって、どういうこと!?」

どうしたのと聞くパインに、俺は鉄格子を指差しながら聞いた。

「ああ、これ。みりゃ分かるでしょ?捕まっちゃったのよ」

動揺しまくりの俺と違ってパインはあっさりと答えた。

「…マジ?」

「こんなウソついて、どーすんのよ」

「マジですか!?」

あああ、と俺は頭を抱えた。

何てことだ。この俺があんな黒マント風情に捕まってしまうとは…。

ツェン・ソルト、一生の不覚。

「くすくす…」

俺が頭を抱えていると、奥のほうから笑い声が聞こえてきた。

「誰?」

「あ、ごめんなさい」

声のした方を見ると、俺たち以外にも四人の女性がいた。ぱっと見、年齢はばらばらみたいだ。

そのうちの一人、俺の行動を笑ったのはベールを被った人だ。ベールが顔全体を覆っているため顔を見ることはできないが、声から判断すると、俺と同い年くらいの少女だろう。

「えっと…」

「ごめんなさいね。妹のシャルトゥーナが笑ってしまって」

「あ、いや、別に気にしていませんから……って『シャルトゥーナ』!?」

ベールの少女の変わりに黒髪の美人さんが答えた。

まてよ、シャルトゥーナってもしかして…。

それに、こっちの黒髪美人もどこかで見たことが。

「ベールを被った貴女(あなた)は…もしかしてシャルトゥーナ…様?」

半信半疑で、俺は尋ねる。

「はい」

ベールの少女――シャルトゥーナ様は、楽しそうに答えた。

「じゃ、じゃあ貴女は…」

「貴女のお察しの通り、ヤークティ共和国第一王女ティファーヌ・ディア・ディ・ヤークティですわ」

俺が黒髪美人さんに視線を向けると、キッパリと、そしてハッキリと答えてくれた。

ま、マジですか?

誘拐事件に巻き込まれ、黒マントに首を絞められ、目が覚めたら見知らぬ牢屋。これだけでも驚きなのに、そのうえ王女様たちまでいましたときたもんだ。

これで驚かないほうがおかしい。


ヤークティ共和国には二人の王女様がいる。

一人は現在目の前にいる黒髪美人、ティファーヌ・ディア・ディ・ヤークティ様。

もう一人は、妹のシャルトゥーナ・リー・フェン・ヤークティ様。

ティファーヌ様は、御歳24。

腰まで届く黒く艶やかな髪と、空のように綺麗な青い瞳を持っている。紫系統で(まと)められたドレスは、ティファーヌ様にとても良く似合っている。艶やかな黒髪は、銀色の(かんざし)や髪飾りで飾られている。弓を描く柳眉(りゅうび)、整った目鼻立ち、薄っすらと引かれた口紅が美しさを引き立てている。

遠くからしか見た事なかったけど、こうして近くで見ると、凄く綺麗だ。

母さんとはまた違った美人さんだ。

「くすくす…」

俺が呆然(ぼうぜん)としていると、またシャルトゥーナ様に笑われてしまった。口元(と思われる場所)に手を当てて笑う仕草は、育ちの違いを実感させられる。

白と淡い桃色のドレスが愛らしさを引き立てているが、頭部全体を覆っているベールによって台無しにされていた。

ちょっと、もったいない感じがするな。

キラキラと光る小さな金のティアラを頭上に乗せているが、おそらくベールが落ちないようにしているのだろう。

「…俺、何か変ですか?」

「あ、いえ。ごめんなさい。別に変だというわけではありませんの。私、人と話す事はほとんどないものですから…」

俺が聞くと、申し訳なさそうに言われた。なんだか逆に悪いことをしてしまったみたいだ。

「あ…えと…気にしないでください」

「ごめんなさいね」

俺達の会話を聞くと、ティファーヌ様は言った。

「この子、貴女も知っての通り病気がちで、滅多に人と話をすることがなくて…」

「そうでしたね。じゃあ、こんな所にいたら体に悪いですよね」

そう、ティファーヌ様の言う通り、シャルトゥーナ様は病気がちで、城から外に出ることは無い。

ベールを被っているのは、汚れた空気を吸い込まないようにするためらしい。何でも、ほんの少し汚れた空気を吸っただけでも、熱を出して倒れてしまうとか。

…まあ、あくまで(うわさ)なのだけれど。

そのせいで、シャルトゥーナ様の素顔は謎に包まれている。

「ええ。あら?でもなんだか今は調子がよさそうね」

楽しそうに笑うシャルトゥーナ様を見て、ふと疑問に思ったらしく、ティファーヌ様は尋ねた。

「ええ。先ほどまでは気分がすぐれなかったのですけれど…。この方が来た時からなぜか調子がよくて。そういえば、私まだ貴方(あなた)の名前を聞いていませんでしたわ」

「あ、そういえば…。自己紹介が遅れました。俺――じゃない、私はソルトといいます」

俺は軽く二人に会釈(えしゃく)する。

「アタシ達も自己紹介するね」

そう言ってパインと一緒にいた残りの二人も話しかけてきた。

「アタシはコルレッタ・グルーソル。よろしく、ソルト」

「私はレティア・バーナーンです。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」

コルレッタと名乗ったのは黄色の短い髪で(だいだい)色の瞳の女性。緑系統で(まと)められた半袖(はんそで)のシャツと短パンを身に付け、革製のベストを羽織(はお)っている。

レティアは長い緑色の髪と、茶色の瞳の女性。黄緑色のワンピースの上に、白いエプロンをしている。

見た感じでは、コルレッタは元気で明るそう。レティアは正反対の物静かで落ち着いている感じ。どちらも20代前半ではないだろうか。

「それにしても、俺達はいったい何のために捕まったのですか?」

俺が聞くと、全員が表情を変えた。シャルトゥーナ様は見えないけど。

パインもなんだか悲しそうな顔だ。どうやら金銭目的の誘拐事件ではないようだ。

たぶん、俺達にとって危険な事なのだろう。もしかしたら、命に関わるのかもしれない。


少しの沈黙。

それを破ったのはティファーヌ様だった。

「………実はね…私達、生贄(いけにえ)にされる為に集められたみたいなのです」

「い、いけにえ!?」

「そう、生贄よ」

重い口を開いたティファーヌ様から聞いたのは、俺が予想した通り、嫌な単語だった。

「冗談じゃないよ、生贄なんて!」

「そんな事言ったってどーすんのよ」

「決まっているだろ?こんな牢屋(ところ)から脱走するんだよ!」

パインの言葉に俺は拳を握り締め、立ち上がって言った。

お前達は生贄になるのだ、なんて言われて、はい分かりました、というわけにはいかない。

なんとしてでもここから逃げなければ。

「脱走?武器もないのに?」

「あ」

コルレッタの冷静なツッコミにより、俺は武器がない事に気付かされた。

「で、でも、こんな所でただ生贄にされるのを待つよりも、やれる事をやるべきだよ」

俺の話をみんなはただ黙って聞いている。けれども表情は(すぐ)れない。

「そう簡単に脱走できるもんなの?」

「そ、それは…」

「失敗する可能性が高いと思うわ」

「そうだけど…」

「アタシ達が勝てる相手かな?」

「う…」

「とても危険だと思うわ」

「…」

みんなの顔を見回すと、パイン、ティファーヌ様、コルレッタ、レティアの順で反対の意見を言われた。

四人の意見は正しいだろう。武器もない、敵の戦力も分からない。それに――このメンバーで戦えるかすら分からない。

でも……。

「でも、このまま何もしないよりはましだと思いますわ」

そう言ってくれたのは、最後までみんなの話を聞いていたシャルトゥーナ様だった。

「確かにそうですけど、でも…」

「逃げようが逃げまいが、どちらにしろ危険ですわ」

コルレッタの言葉にシャルトゥーナ様はキッパリと答えた。

「「「「……」」」」

みんなその言葉に黙り込んでしまった。

シャルトゥーナ様の言う通り、逃げようが逃げまいがこのままでは危険なのだ。

「私はソルトさんの意見に――脱走に賛成ですわ」

「…脱走するという事は走らなければならないかもしれないのよ?」

あ、そうか。シャルトゥーナ様は体が弱いんだった。

今は気分がいいみたいだけれど、走ったりして具合が悪くなったりしたらどうしよう。

「大丈夫です。足手まといにはなりませんわ」

ティファーヌ様の問いに答えるその声からは、揺るがないほどの決心が感じられた。

「そう。貴女がそう言うのならば、(わたくし)は止めないわ。………私も脱走することに決めるわ」

「お姉様…」

シャルトゥーナ様とティファーヌ様が立ち上がった。

「ここにいたってしょーがないもんね」

「皆で力を合わせようよ」

「ただ黙って何もしないよりはましですね」

パイン、コルレッタ、レティアが立ち上がった。

「よーし。みんなで力を合わせて逃げだそう!」

「「「「ええ」」」」

俺の掛け声に、みんな元気よく(うなず)いた。

――ただ一人、シャルトゥーナ様を除いて。

「でも、どうやってここから出るのです?」

「「「「「……」」」」」

この一言で全員が固まった。

何も、このタイミングで言わなくても…。


※ ※ ※


『ケッキョク捕まっちまったよ…。いったいどーするのさ、ウンディーネ』

ソルトが黒マントの男に連れ去られたのを見届けた後、報告するべく緑の少年は代理者の元へと戻った。

が、一歩遅かったらしく、部屋の中には代理者はいなく、水色の女性だけが残っていた。

女性は少年と同じく半透明で、全体的に水色をしている。

早い話が、人ではない。

少年は部屋の何処(どこ)にも代理者がいない事から、儀式が近いことを悟り、ガックリと肩を落として、ため息混じりに尋ねた。

『大丈夫ですよ、シルフ』

『どこが?』

『彼女の事です。何かきっと考えがあるはずです』

女性――ウンディーネは心配そうに問いかける少年――シルフに微笑みながら答える。

その答えを聞き、シルフは表情を(けわ)しくしながら再び問う。

『…それって、アイツを封印するって事?』

『恐らくは…』

『ムリだ!《言葉の継承者》がいないんだよ!?』

『それでも、彼女はやるかも知れません』

『ムチャだ!《力》があったって《言葉》が無ければ発動しないんだ!』

意気込んで言うシルフから目をそらし、ウンディーネは《力の継承者》がいるであろう方を見た。

『…もしかしたら、彼女はもう、見つけたのかもしれません』

『え?』

それきりウンディーネは(だま)り込む。

ただひたすらに、彼女の無事を信じて。




その二 作戦会議という名の質問所


「どーすんのよソルト」

「何で俺に聞くんだよパイン」

「発案者はアンタじゃん」

「コルレッタまで押し付けないでよ」

脱走する、ということは決まったものの、肝心のどうやって牢屋から出るかという事は、なかなか決まらない。

俺とパイン、コルレッタの三人はどうするのか言い合いをしている。

ティファーヌ様とレティアはお互いの案を出し合っている。

シャルトゥーナ様はというと、黙って俺達のやり取りを眺めている。

意見だそうよ。

こんなことで本当に出られるのだろうか?ここに見張りの兵士がいたら、何とかなったのかもしれないのに。

兵士ってのは、バカでスケベだと相場(そうば)が決まっている。

南部地区じゃ、食堂に来た兵士が酔った勢いで女性店員にセクハラ行為をする事がしょっちゅうある。母さんとか、ミンミンさんとか、メイフォンさんとか、ランニャンとかが主な被害者だ。

母さんの場合、父さんが灰皿投げまくるんだけどね。

牢屋っていうのは大抵、脱出しにくい地下に造られ、大部屋の中に鉄格子で区切った小部屋が数部屋あるのが主流だ。

つまりだ、女性ばっかりがいるこの牢屋から出る為に、見張りの兵士を色仕掛けで油断させ、その隙に(かぎ)(うば)い取れば簡単に出られたのだ。

なのに、見張りの兵士は牢屋部屋の入り口にいるのか、鉄格子の中から見える範囲には一人もいない。

くっそー。もしかして毎回毎回、俺とかシンファさんとかレイリンさんとかチュエンとかドーロンとかに、殴られ、蹴られ、ぶっ飛ばされて学習したのか?学習する事はいいことだけど、おかげで出られないじゃないか。


その後も話し合いはシャルトゥーナ様が、まったくもって関係の無い質問をするまで、暫く続いた。


「あのぉ、先ほどから気になっていたのですが、どうしてソルトさんはご自分のことを『俺』と言うのですか?」

「あ、そう言えば…」

「言われてみれば確かにそーね」

パインとコルレッタは、興味津々の顔でこっちを見ている。

……なんで?

「もしかして、お兄さんとかいる?」

「いや、いないけど」

「じゃあ、何で男言葉?」

パインの質問に答えると、今度はコルレッタに聞かれた。

何で、って言われてもなぁ。

「だって俺、男だもん」


「「はい?」」

かなりの沈黙の後、パインとコルレッタは声を(そろ)えて言った。目が点になっている。ティファーヌ様とレティアは、カチコチに固まっている。

唯一分からないのは、ベールを被っているシャルトゥーナ様だけだ。

「あ、あれ?言ってなかったっけ?」

「いいい、言われてないわよ!」

…ここで少し、俺の格好について説明しよう。


腰まである水晶色の長い髪は二つにまとめ、巻いてある(いわゆるロールパン頭だ)。赤地で刺繍(ししゅう)(ほどこ)され、黄色の糸で(ふち)取りされている服は、女統族(じょとうぞく)の民族衣装、蝶舞(ちょうぶ)だ。この服は、詰襟(つめえり)タイプのワンピースで、俺の場合は膝丈(ひざたけ)。動きやすいようにスリットが入っていて、下には黒のスパッツをはいている。

この民族衣装、なぜか『チャイナドレス』と呼ばれている。150年前に来た(てん)巫女(みこ)が、そう呼んだらしい。おそらく、天の世界にある衣装と似ていたのだろう。

天の巫女とは、この世界に伝わる『天地伝説(てんちでんせつ)』に登場する人物で、異世界人だ。

詳しい説明は、今は省かせてもらうね。

俺は同じ歳頃の子達よりも背が低く、声もどちらかというと女の子みたいに高いほうだ。間違われる事は、しょっちゅうある。

「アンタどっから見たって女の子じゃない!服装だってスカートだし…」

そこまで言って、コルレッタは言うのをやめた。

そして、狙ったかのようにパインと声を合わせて言った。

「「ってことは、あんた、オカマ!?」」

「違うわ!」

俺は力一杯否定した。

「あーショック。背ぇ低いし、声カワイイし、顔もちっちゃくってカワイイからてっきり女の子だと思ってたのにぃ」

悔しそうに言うパイン。

「こんな可愛らしい子いるんだーって思ってたのにぃ」

悔しそうに言うコルレッタ。

「「こんなに可愛い……」」

「だー『可愛い、可愛い』連呼するな!」

男の俺としては『可愛い』よりも、『カッコイイ』のほうが言われて嬉しい。

俺が怒鳴ると、

「「じゃあオカマ」」

「誰がだぁ!」

なんだかもうきりがない。

俺が落ちこんでいる間にも、二人は『オカマオカマ』と連呼している。

…だから、連呼しないでよ。

「お取り込み中悪いのだけれど、お尋ねしてもいいかしら?」

そう聞くティファーヌ様が天使に見えた。

た、助かった。ようやく連呼地獄から抜けだせる。

「はい、何でも聞いてください!」

「何故、そのような格好をしているのです?」

「俺、女統族の出身なんです」

「女統族というと、確か南部地区にお住まいでしたね?」

「はい。うちの一族はその名の通り女系一族なのですが、(まれ)に、ごく偶にですけど男子が生れる時があるのです。その時は一六歳になるまで女子として育てられるんです」

「へー。そーなんだ」

「面白い一族だね」

「と、いうことは、貴方はまだ16歳ではないのね?」

「はい」

俺の話を聞くと、みんなはなるほどと納得してくれた。

とりあえず、これでもう『オカマ』と連呼されずにすみそうだ。

「はあ、案は浮かばないし、関係ない話になるし…あ」

「どーしたの?ソルトくん」

突然ポン、と手をたたいた俺にパインが聞いた。

いつの間にか『ソルトくん』に呼び方が変っている。

「えっと、脱出方法を思いついたんだ」

「え?ホント?」

「うん」

俺が頷くと、みんなの顔が輝いた。

「で、何々?」

「それは――…」



その三 脱出方法~鉄格子編~


「鉄格子の棒の部分を回すんだよ」

拳を握り締め、俺は力説する。


「「「「……」」」」

間が開いた。

「何かいい案ないかな」

「そうね…」

「うーん…」

「ちょ、ちょっと!なんで無視するのさ」

俺そっちのけで話し合いが再開された。

「『回す』って何よ」

「だってほら、小説とかだと一箇所(いっかしょ)回せばスポンって抜けるじゃん」

小説では主人公が捕まって投獄(とうごく)された場合、大抵は鉄格子の棒部分を回すと、その部分が取れて脱出することが出来る。

「アホか」

だが、俺の提案はパインの一言で、バッサリと切断されてしまった。

うう、みんなの目が白い。視線が痛い。

「試してみたらどうですか?案外、取れるかもしれませんよ」

そう言ったのはシャルトゥーナ様だ。さすがはシャルトゥーナ様、話が分かる。

「そうだよ、やってみなくちゃわからないし」

「はいはい、二人でやってね」

俺ならともかく、シャルトゥーナ様にその態度は駄目だよ、パイン。

けれど、みんなが白い目で俺達を見ている。

「では私はこちらから。ソルトさんは反対からお願いしますね」

「…はい」

痛い視線も何のそので、シャルトゥーナ様はさくさく話を進める。パイン達は俺とシャルトゥーナ様に背を向け、円を組んで話し合いを始めた。全然信用してない。

いいアイディアだと思うけどな。


シャルトゥーナ様は右端から、俺は左端から真ん中へと一本ずつ回していく。

けれど、やはり小説のように上手くはいかない。とうとう最後の一本だ。

「回しますよ」

「ええ」

俺が聞くとシャルトゥーナ様は頷いた。

ごくりと唾を飲む。

ゆっくりと回す。


すぽん


「「あ」」

思わず声が重なった。

「どーせ抜けなかったんでしょ?」

パインが背を向けたまま、呆れた溜息をつく。

「いや…あの」

「抜けてしまいました」

「うっそ…」

俺は棒を持ってポリポリと頬をかく。

シャルトゥーナ様は、ほほほ、と笑っている。

パインもティファーヌ様もコルレッタもレティアも、あまりにもベタな展開に絶句していた。

小説みたいな事って、あるんだね。


※ ※ ※


やっとの事で片付いた店内を見回して、リュリュンは満足げに頷いた。テーブルとイスは壁際に寄せ、たった今床掃きが終わったところだ。乱闘騒ぎを起こした連中は、邪魔にしかならないので追い出した。

今、店内にいるのはシドとリュリュンだけである。

「そろそろ、かな」

シドが壁に掛けられている時計を見て、呟いた。

「ワックスにはまだ早いわよ?水拭きしていないもの」

バケツと雑巾(ぞうきん)を用意しながら、リュリュンは返事をした。

シドはゆっくりと首を振る。

「そうじゃない。今日は、最後の日だ」

「あ…」

リュリュンの手からバケツと雑巾が滑り落ちた。

シドの顔からは表情が抜け落ちていた。その瞳は、真っ直ぐにリュリュンを見ている。

だがリュリュンは、逃げるように視線を()らした。

シドが微かに笑う。「長いと、思っていたのに…」

「短いものだよ。今日が、最後の日だ」

「…そう」

リュリュンは、一度は逸らした視線を、シドに戻した。

「大丈夫、よね?」

「もちろん」


リュリュンはただ、静かに祈った。


※ ※ ※


俺が最初に隙間から外に出る。見張りはいない。番兵ぐらいいてもよさそうなのに。

「誰もいない。大丈夫だよ」

俺は入り口の方で気配を窺う。その間に一人ずつ静かに出る。

入り口には木製の扉があり、どうやら鍵が掛かっているようだ。

「駄目だ。鍵が掛かっている」

「良かったら使いますか?」

俺が首を横に振ると、シャルトゥーナ様が何かを差し出した。

鍵の、束。

「…これ、どうしたんですか?」

「そこの壁にかけてありましたの」

ほほほ、とシャルトゥーナ様は笑う。

ここの警備の仕方が分からない。

鉄格子は回せば外れるし、鍵の束はおきっぱなしだし。ここの警備は大丈夫なのだろうか。

俺はシャルトゥーナ様から鍵の束を受け取り、差し込む。一発で開いた。

「ねぇ、此処(ここ)から逃げる前に、何か武器になるもの探さない?アタシ、捕まった時に愛用の弓、取られちゃってさ」

「そうね。丸腰では、また捕まってしまうかもしれないものね」

コルレッタの意見にレティアが賛成した。

「確にそーね」

「取られたのなら、きっと近くにあるはずだよ」

「では、探してみましょう」

俺達は牢屋の近くにあった小部屋──どうやら兵の詰め所みたいだ──で武器を探すことにした。

ちょうど兵は出払っているらしく、誰もいなかった。

だから、見張りぐらい残しておこうよ。助かるけどさ。


「あ、あった。アタシの弓!」

コルレッタの弓は壁に立掛けられていて、すぐに見付かった。

「あたしもみーっけ」

そう言ったのはパインだ。

「何?それ」

俺が聞くと、パインは嬉しそうに教えてくれた。手には、取手の付いた棒のような物を持っている。

どこかで見た事のある形状だ。

「これはね、あたしの愛用の武器、トンファーよ」

「愛用!?」

「そ、護身用にいつも持ち歩いてんだー」

言いながらトンファーをくるりと回す。

「へー、そうなんだ。……ってちょっと待ってよ!そんな物持っているなら、あの時なんで使わなかったのさ!」

「あの時?」

さっぱり分からないらしく、パインは眉間(みけん)(しわ)をよせた。

「黒マントに襲われた時だよ!」

「ああ、あの時ね」

やっと思い出したと言わんばかりに、ポンっと手を打つ。

「あの時は、トンファーの存在をすっかり忘れてたのよ」

あははー、と笑い頭を掻く。

「愛用が聞いて呆れるよ…」

俺はがっくりと肩をおとした。

トンファーの存在を忘れたら、護身用の意味がないじゃないか…。

「私はこれにいたします」

そう言ったのはティファーヌ様。手には長剣が握られている。

…へ?長剣?

「ティファーヌ様、剣が使えるのですか?」

「ええ、一応…ね。この長さの剣が、一番使いやすいですわ」

剣を振るう王女様…なんだかカッコイイかもしれない。

「私はこれにします」

言ったのはレティアだ。

けれど、手にしているものは武器ではない。

「それは?」

「薬草です。私は、武器は扱えませんから。せめて(みな)さんの傷を治すことをしようかと…」

「そうだね。みんながみんな、戦える訳じゃないもんね」

なるほど、とレティアの言葉に俺は頷く。

「本当なら一緒に戦いたいのですけれど…」

「無理をしなくていいわ、レティア」

「ありがとうございます、ティファーヌ様」

申し訳なさそうに言うレティアに、ティファーヌ様は微笑みかける。

「で、ソルトくんはどーすんの?」

パインに言われて、俺だけまだ武器が決まっていないことに気付いた。

もちろん、シャルトゥーナ様は戦力外だ。

「え、えっと……」

辺りを見回すと、長剣、短剣、弓矢、槍が沢山ある。爆薬みたいなものや、レティアが見付けた薬草なんかも置かれている。

はっきり言って、俺は武器を使った事などほとんどない。

一応、父さんと母さんに使い方を教えてもらった事はある――女統族では、子どもの時から武術を教える習慣がある――けど、はっきり言って上手く扱える自信はない。

武術とケンカは、まったく違うからね。

俺がいつもケンカする時は、常に拳。あと、使うとしたら料理を運ぶためのトレイぐらいだ。

でもこの中では俺だけが男だし、第一、女性を戦わせておいて、俺だけのんびり見学という訳にもいかない。

「ソルトさんなら、これなどいいと思いますよ」

俺がどうしようかと悩んでいると、シャルトゥーナ様がグローブを差し出した。

茶色くて、手の甲に金属板が付いている。

「このグローブは手の甲を金属製の板で(おお)っておりますから、剣を受け止めても大丈夫ですわ。全体的に強化もされておりますから、(よろい)を殴っても手は痛くなりません」

「へー。なかなかいいかも…」

グローブを受けとり、()めてみる。

まるで、俺の為に作られたかのようにぴったり嵌まった。

「うん、いいかも」

()れない武器を使うよりも、使い馴れている物の方が、効果が大きいですから」

「確に…」

俺は手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。本当にいい感じだ。

「へー。ソルトくんって、武器使った事ないんだ」

コルレッタが俺の嵌めているグローブをまじまじと見つめる。

「うん」

「結構強いのに。意外ぃ」

俺が黒マントと一戦交えたのを見ているパインには、とても意外だったみたいだ。

「普通に暮らしていれば、武器を使うことなど滅多にありませんものね」

「この国で武器を扱うのは、コルレッタのような狩猟(しゅりょう)民族(みんぞく)や、騎士、闘技場出場者ぐらいです。私も扱えませんから」

ティファーヌ様とレティアが冷静に分析する。

狩猟民族という事は、コルレッタは北部地区の出身なのかもしれない。

「武器を扱う必要がないのは、我が国が平和な証拠でしょうけれどね」

ティファーヌ様がくすり、と微笑む。

「パインから聞いた話じゃ、すっごく強いらしいじゃん。なんかもったいないな」

残念そうにコルレッタが言う。パインってば、話していたのか。

「じゃあさ、なんでそんなに強いワケ?」

パインが不思議そうに聞いてきた。

「俺の家、宿屋兼食堂だからさ。旅人同士のケンカが多くて……あれ?」

「どうかなさいました?」

俺が不思議そうな声を出すと、シャルトゥーナ様はちょこん、と首を(かし)げた(ベールの揺れ具合から考えると、首を傾げたんだと思う)。その仕草が可愛らしい。

けど、俺が気になっているのはそこじゃない。

「何でシャルトゥーナ様は、俺が武器を使った事がないって分かったのですか?」

そう、俺はどの武器にしようか悩んでいただけだ。

確にすぐには決められないだろうが、俺はここにある武器のほとんどを扱うことが出来る。

扱うといっても、実戦なんてほとんどやってないから、素人(しろうと)同然だけどね。忘れている事とかも、結構あるだろうしさ。

でも『武器は使えない』なんて言ってないのに、どうして分かったんだろう。現に、他の四人は気付いてはいなかった。

「え?あ…それは…その…」

俺の素朴(そぼく)な疑問に、なぜか慌てるシャルトゥーナ様。

「わ…私の…」

「私の?」

「か…カンです!」

シャルトゥーナ様は両手を握りしめて断言する。

「「「「「カン!?」」」」」

よく分からない回答に、全員が同じタイミングで聞き返していた。

「そ、そうです。私のカンです。よ、よく言うではありませんか。『女のカンは世界を支配する』と」

いや、言わないと思うけど。少なくとも俺は初めて聞いた。

「…ティファーヌ様、シャルトゥーナ様のカンって、よく当たるのですか?」

「わからないわ…」

「そ、そんなことよりも、早く此処から出ましょう。さぁ皆さん、行きましょう!」

今、明らかに動揺したような…。

先陣を切ってシャルトゥーナ様は歩き出す。

もしかしてあのお姫様は人の心が読めるのでは?

そんな考えが、俺の頭をよぎった。



その四 罠を避けての脱出劇


俺達は必要な武器を手に小部屋を出て、階段を上る。

どうやら牢屋は地下にあるらしく、上りの螺旋(らせん)階段以外には出口がない。

先陣を切っているのはシャルトゥーナ様だ。体が弱いから戦えないはずなのに、なぜか先頭を譲ろうとしない。階段の幅が(せま)すぎて、一列にならないと通れないのだ。

「武器も無いのに危ないですよ」

そう言って俺はシャルトゥーナ様の側に駆け寄る。

「大丈夫ですわ」

「襲われたらどうするのですか」

「あら、その時は貴方が守ってくださいますでしょう?」

そう言いながらどんどん進んでいく。

…どうやらかなり図太い神経の持ち主のようだ。本当に体が弱いのだろうか。俺のイメージする病人から、かなりかけ離れている。


「あ、ちょっと待った」

暫く上っていると、突然コルレッタが声をかけた。

振り向くと、目を細めて辺りをうかがっている。まるで、何かを探しているかのようだ。

「どしたの?」

「罠が仕掛けてある」

パインの問いに、辺りを探りながら答える。

「あった」

そう言い、何やら壁の辺りでごそごそとしたかと思うと、

「もう進んでも大丈夫だよ」

俺達を振り向き言った。

どうやら罠を解除してくれたみたいだ。

「へー。スッゴイじゃん」

「一応、狩猟民族だかんね。見付けたりするの、得意なのよ」

「なら、コルレッタに先頭を歩いてもらおう」

「そうですわね。いつまでもシャルトゥーナに歩かせるわけにはいかないわ」

「まっかせといて」

今度はコルレッタが俺達の前を歩き出した。シャルトゥーナ様に先頭を歩かれるよりは安全だ。

俺は安堵(あんど)の溜め息をつく。その直後、

「ちっ」

シャルトゥーナ様が小さく舌打ちをした。

ち、違う。そうだよ、違うって。

まさかシャルトゥーナ様が舌打ちなんて、ねぇ。

運のいい事に、シャルトゥーナ様が舌打ちをしたのに気づいたのは、彼女に一番近かった俺だけのようだ。

この際、聞かなかったことにしよう。


※ ※ ※


「どうやら此処みたいだね」

「…ああ」

ぐるりと囲む高い塀の上。そこに二人の人物が立っていた。

一人は金髪の少年。もう一人は黒髪の青年。

「くすくす…怖い?」

眉をしかめ、じっと目前にそびえる塔を(にら)みつける青年を見て、少年は笑みを浮かべた。

青年を笑ったのではない。安心させる為に笑ったのだ。

「別に。お前こそいいのかよ。ここは…」

少年の気遣(きづか)いに、青年は頬を赤らめた。そして話を変える。

「大丈夫。さあ、行こう」

青年の言葉を(さえぎ)ると、少年はひらり、と塀から下りた。

少し躊躇(ためら)った後、青年も後に続いた。


※ ※ ※


「あ、なんか扉が見えてきたよ」

階段の突き当たりには、木製の扉。どうやらここで行き止まりらしい。

「それでは早速…」

「あ、ちょっと待ってください」

扉を見て、早速開けようとしたシャルトゥーナ様に、コルレッタは待ったをかけた。

「いきなり開けるのは危険です」

「何故です?」

「敵が待ち構えているかもしれないのですよ」

確にコルレッタの言う通りだ。開けた瞬間ザクリ、なんて展開はごめんだ。

それにしても、何故シャルトゥーナ様は前に出たがるのだろう?

コルレッタは扉に近付き、中の気配を探る。

「…人の気配はないみたい。でも、罠が仕掛けられて──」

「なら、大丈夫ですわね」

コルレッタの言葉を最後まで聞かず、シャルトゥーナ様は躊躇いもせずに扉を開けた。

まてこら。勝手に開けるな。

そして躊躇いもせずに中に入っていく。その後を俺は慌てて追い掛けた。

それにしても、本当に神経が図太い。今の彼女を見ていると、本当に病弱なのかどうか疑わしい。やっぱり、どう見たって元気一杯だ。

「シャルトゥーナ様、勝手に開けては──」

「大丈夫ですわ。誰も居ませんもの」

シャルトゥーナ様に続いて俺も部屋に入った。

コルレッタの言う通り、部屋には誰もいない。ざっと見たところ、どうやら広間のようだ。

床は白と黒、二色の正方形の石がしきつめられている。壁には大きな絵画がかけられていて、彫像や鎧も置かれている。

その反面、テーブルなどは一切ない。

ダンスを踊るための部屋、そう言われれば納得してしまうかもしれない。

しかし──。

「これは…」

後から来たみんなが息を飲む。

それほどまでに、ここは美しい──のではない。

それほどまでに、この場所は荒れ果てていたのだ。

元は美しかったのであろう絵画や像、鎧は(ほこり)にまみれ、床にも埃が積もり、天井にはクモの巣が張っている。

「ここは…」

「城です」

俺の呟きに、シャルトゥーナ様が答えた。

「城?」

「ええ。間違いなく、此処はヤークティ城です」

きっぱりと断言する。

城が、こんなに荒れ果てるものなのだろうか?

みんなも動揺を隠せないでいる。

「本当なの?シャルトゥーナ」

「はい」

ティファーヌ様が再度確認する。

「え?ティファーヌ様は分からないのですか?」

「ええ、初めて見るわ」

辺りを見回すティファーヌ様は、動揺を隠せないでいた。

長年住んでいた城に、こんな場所があるなど信じられないようだ。

でも、ここが城だということは、この事件の犯人は…。

「では、この事件の黒幕は、国王陛下ということですか?」

レティアの言葉にみんなが振り向く。

どうやらレティアは、俺と同じことを考えていたようだ。

「そ、そんな…」

「俺も同じ考えだよ」

「うそ…でしょ…」

「私達が捕まっていたのが城の地下、ならば黒幕は国王陛下という結論になります」

パインとコルレッタは絶句した。

「お父様が…そんな…」


カシャン…


ティファーヌ様が手にしていた剣を落とした。

音は広い部屋によく響いた。

静寂が支配する、そう思った。

「誰か居るのですね?」

この声を聞くまでは──。

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