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7 毒舌魔術師はそう笑う

 『それでは、両者そろったようですので模擬戦を開始します。実況解説は私、教導師キャロラインがお送りします。さて今回のルールは、四対四の――――え?生徒会全員来てる?何で?』

 生徒会側の言い分を聞いて、キャロラインと校長はともに舌打ちをした。一瞬不安げにリトアール達の陣営を見たが、四人が笑顔で親指を立ててきたのでとりあえず立て返す。

『失礼しました。四対十二の防衛戦。持ち時間は三時間。それまでに、相手の大将の首にあるスカーフを破った陣営の勝利とします。リトアール側が勝利の場合、彼らの特別卒院が許可されます。一方、生徒会側が勝利の場合は、リトアール達の特別卒院は白紙に戻ります』

 生徒側が若干ざわついた。不公平ではないか、三倍の人数だぞ、という声も聞こえるが、誰かが何かを言ったらしく、すぐに鎮まる。

『では、模擬戦、始めッ!』



 開始が宣言された瞬間、二つの動きがあった。


 一つの動きは、アマリアが短杖を振りかぶる動き。


 そしてもう一つの動きは、エリーズがリトアールをかばうように前に出た動きだ。





 解説の間、俺は首に巻きついたスカーフを弄びながら考えていた。こちらの前衛は俺を含め三人。だが、俺はスカーフを守らないといけない。アルは重い甲冑が故に鈍足だ。攻撃に動くことができるのはアリスだけになる。

「女の私に、攻撃は任せられないなんてつまらないことを考えているわけではあるまいな?」

「考えてねぇよ。俺が抜ける分の戦力低下が痛いなって」

「私だけで十分だ」

 自信たっぷりに言い切ったアリスが、槍がいつでも浮上できるよう飛行術式を書きこんでいく。

「任せろ。お前の首は守ってやる」

「頼りにしてますよっと。なんでそんなに男前かねぇ」

「リトさんがヘタレに見えますもんね」

 思っていたことをぐさりと言われて若干よろける。ここの女性陣はか弱いという言葉に無縁過ぎて駄目だ。

 そんな俺の前に、エリーが立つ。俺に微笑を浮かべた。

「私が目立たないじゃないですか」

「……っとにお前は、」

 言葉を続けようとして、審判の声がかぶさる。

『では、模擬戦、始めッ!』

 目の前に炎が散った。単発型の炎術式だ。エリーが展開していた防護術式にはじかれる。

『おおっと、はじかれました!アマリアの術式は炎系の単発式です。典型的ですが術者の能力が高い所為かすごい威力だ!』

「素直じゃないねえ」

「五月蠅い。黙ってください。反撃いきますから。私、後手と年はとらない主義なんですよ。初撃奪ったの誰ですか?」

「前方バルコニー。魔術師のアマリアだ」

「了解しました」

 短く返したエリーがバルコニーに近づく。相手と向かい合う形だ。とたん、いくつもの炎の砲弾が襲いかかる。なんとか防いだが、防護術式に亀裂が入っていた。おそらく後一発しか防げないだろう。それに気付いたのか、相手側がさらに多くの砲弾を放ってくる。

 炎にまみれたエリーが、大丈夫だというように力強く親指を突き出した。

「な……」

 炎が全て消えた後、エリーはそこに立っていた。無傷で、だ。それに会場がどよめいたが、数秒の沈黙の後さらに大きなどよめきが上がった。

「森林族……だと……!」

「ええ」

 普段深く被っているフード付きのローブは、先ほどの砲弾で全て燃え尽きたのだろう。学院の制服だけになっている。それ以上に生徒側を驚愕させたのは、黒が基調の制服に踊る、銀の長髪と長く尖った耳だった。

 かつて、霊子に対する適応力が高すぎ、王国から危険分子と見なされ滅ぼされた、古き民族、森林族。

「何故だ!森林族は滅びたはずだ!」

「知っていますか、アマリアさん。生き物は生きようと思えば生き残れるものなんですよ。泥水を啜り、人肉を喰らい、地べたを這いずっても」

 鋭さを増した緑の瞳は、バルコニーを睨む。

「しかし、その野暮ったい長杖でどう攻撃に挑む!」

 アマリアの砲弾が続く。

「短杖は術式の入力を必要としない、画期的な武器だ。しかし、長杖はいちいち術式を組み立てなければならない。守るだけで精一杯だろう!」

「……これだから馬鹿は嫌いなんですよ」

 エリーが杖を地面に突き刺した。防御魔術を操作する左手以外に、右手にも新しい鍵盤を浮かび上がらせる。

「短杖は、確かに便利です。ですが、それはワンパターンの攻撃しかできません。なぜなら、杖自体に術式を書きこんであるからです。同じ術しか出せない。それが短杖の弱点です。その点、長杖は才能さえあれば、どこまでも術式の幅が広がる」

 同時に複数の術式を展開させたエリーが、不意に防護術式を閉じた。開いた右手で杖をつかみ、浮かび上がった薄青の文字列をなぞりきる。

「アマリア、下がれ!」

 フランチェスカが叫んだ。エリーは口端に笑みを浮かべて舌を出す。

「いきます」

 小さく呟かれた声と同時に、文字列がはじけて消えた。代わりに生まれるのは水流。ぐにゃぐにゃと右腕に絡みつく水はエリーの掛け声とともに正面に飛んだ。

 相手の砲弾を飲み込み、消化してなお勢いは止まらない。バルコニーをえぐるように突き刺し、城の二階部分を半壊させてようやく止まった。

 場内が静まり返る。

『い……いまのは、水系の破壊術式ですが、見たことのない術式の発動の仕方でしたね……』

 当然だ。今エリーがやってのけたのは、一から術式を構築したもの。つまりエリーのオリジナルだ。熟練者でも難しい術式の構築、入力、命令、発動の一連の流れを、あいつはたったの十五秒で全てこなした。

 化物とはああいうものを言うんだろうな、と思う。

『アマリア、戦闘不能が確認されました!開幕僅か五分で、生徒会側一名脱落です!』

 嘘だろ、の声が観客から漏れた



 ∽



 フランチェスカは、目の前で水流に飲み込まれたアマリアが回収されていくのを見つめていた。

 簡単な相手だと思っていたわけではない。ないが。

 ――――魔術師首席は本当だったってわけか。

 開幕五分で倒されてしまったが、アマリアも決して弱い魔術師だというわけではない。灰魔術師アマリアは、黒魔術師にも関わらず、白魔術に対しても深い興味を持ち、情報を集めていた彼女の向上心を称える二つ名だ。二つ名を貰ってから、その名に恥じぬように精進を重ねてきたアマリアに、自身も奮い立たされたことを思い出す。

 ――――まあ、自意識過剰なのがたまにきずだけどねぇ。

 さて、とフランチェスカは弓を構えた。

「あたしは生徒会会計監査フランチェスカ。別名、貫通(ピアーズ)

 やだねえ、中二臭いじゃないか、と思いながらも、フランチェスカはその名に恥じぬよう名乗る。

「いくらその壁が水とはいえ、あたしの矢が貫けない物は無いんだよ!」

 腿の矢立てから抜き取った矢には、紫色の文字列が絡みついている。雷系の術式だ。

 やはり、水には雷だ。弟がやっていた電子ゲームにも、そのような記述があったのを覚えている。他には草も弱点だが、今は雷に集中する。

 ぎりぎりまで引き絞ると、きりきりと弦が音を立てた。構わず、姿勢をただす。エリーズと目線がかちあった。

「行け!」

 放たれた矢が空を裂いて、甲高い音が鳴った。

 それと同時に、水の壁が二つに割れる。タァン!と壁に矢が突き刺さった。いぶかしむ視線を向けるエリーズににっと笑みを浮かべてやる。

「何故、銃が普及した今に弓矢が再度重宝されてるか教えてあげようか?」

 突き刺さった矢が紫の光を帯び始めた。やがてその光は電気を放ち、勢いよくスパークする。

「弓矢は銃と違って、術式を書きこみやすい。つまり、矢を起点にして術式を放つことができるんだよ!」

 電撃が、向かいの城を貫いた。

「これでお相子だよ!」

 どんなもんだい、と胸を張り、もう一本の矢を番える。今度は決定打となるように、より多くの文字列を書きこむ。雷のイメージは一緒だが、今度は球形の雷だ。城ごと飲み込むような、大きな雷球を想像する。

「卒院するのは、あたし達だ!」

 勢いよく弦を引き絞ったフランチェスカの瞳に、土煙が晴れた城が映った。やはりバルコニーが半壊した城の二階に、しかし人の影は一つしかない。

 はためく銀が、確かにこちらをにらんだ。

「……痛いじゃないですか」

 微かな呟きが風に運ばれる。

「私は、痛いのが大っ嫌いなんですよ!」

 地面に突き刺さったままの長杖から文字列が流れ出る。エリーズの足元を這って全身に絡みついた赤の文字は、右手と左手に集約した。

「炎系の術式ってわけかい。けど遅いよ!」

 声と同時に、弓から高速の矢が放たれた。加速系の術式も念入りに組み込んである。今の、この矢の速度は音速に近い。

 当たる。そう確信して、フランチェスカはぐっと拳を握った。

 だが、

「――――なに?」

 耳に届いたのは、何かが突き刺さる音では無かった。ぱりぱりとも聞こえる、不自然な音。聞きなれた矢が空気を裂くものではなく、何か障害物を突き抜けた音でもなく、そう、今までに聞いたことのないような音。

 まさか、と下げていた視線を元に戻した。

「確かに速かったですね。加速術式を織り込むのも良い判断です。褒めてあげましょう。ああ誇っていいですよ。私が人を褒めるなんて、滅多にありませんから。ええそりゃもう。私が褒めることに比べたら四つ葉のクローバーなんて珍しくもなんともありませんよ。はい」

 ここまで笑顔で、しかも一息で言ったエリーズは、長杖片手に不敵に微笑んでいた。何故、という言葉は声にならず、疑問になったまま脳にしこる。

「あ、貴女今何で?って思いましたね。良いことです。疑問をそのままにしない。流石優等生ですね。あ、私ったらまた褒めちゃいました。明日槍が降りますね。リトさん大歓喜ですね」

 誰がだ!と叫ぶ声が階下から聞こえたが、この際だから全面的に無視する。

「でも教えません。だって私意地悪ですから。

ほら、今思いましたね面倒くさい女だなぁって。

のう天気に話しやがって真面目に戦えよって。

オーケーです。なにも隠さなくて良いですよ。

よくあるんです。そう言われるの慣れてますから。

初めてじゃないですし。私にとってはむしろ褒め言葉。

ぜいたくでしょう?こんなに敵に褒めてもらえるなんて。

ろくでもない人間?知ってますよ」

 くすくす、と笑いながらエリーズは話し続ける。

「でも、貴女もろくでもない馬鹿。だって気付かないんだもの」

 何に、と口にする前に、その答えは向かってきた。

 アマリアが最初に撃った魔術と全く変わらない、砲撃型の炎術式。しかし、威力は比べものにならないほどに強く、そして速度も段違いだ。

「まだ分かっていない馬鹿達に教えてあげましょう。私が話した言葉の、最初の文字たちをつなぎ合わせてみなさいな」

 そういうことです。

 そう言って笑ったエリーズが、右手を振りかざすと同時に、砲撃は残った二階部分を跡形もなく破壊した。

まずは、二人。

銀髪の魔術師は前を睨んで、そう笑んだ。

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