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6 そして開戦の喇叭が鳴る

 部屋に戻ってもいいと言われたが、俺達の足は自然と屋上に向かっていた。もう部屋より帰る場所になっているのだろう。屋上庭園のど真ん中に植わっている、木の影に座り込んだ。

「なーアリス」

「なんだリト」

「この木ってなんだっけ」

 そう言えば、たくさんの花を春に咲かせていた気がする。と、いうことは花の木か。しばらく脳内の花図鑑をあさっていた俺だが、分からないのでアリスに助けを求めた。首を傾げられる。その隣で、エリーが指を振った。

「これは桜の木です。極東倭国が産地として有名ですね」

「へえ、極東がねぇ」

 極東倭国といえば、授業日数が足りなければ容赦なく退学させると噂の国だ。

「極東には独自の術式があるんですよね。術式は魔術を構成する公式みたいなもの。つまり、術式が違えば魔術も変わってくる、ということです。とっても興味深いですね」

 エリーが抱いていた思いは俺のそれと六百八十度くらい違うらしい。うっとりと緑の目を輝かせているが、魔術師って大概こんな感じなのだろうか。

「で、話をそらせるのもいいけど現実見ようか、皆」

 アルの冷たい一言に、全員が顔を引き締める。

「まずは現状確認だな。と、言っても私達は全く生徒会連中を知らない訳なんだが」

「不真面目とかそういう前に学生としてどうなんでしょうねー」

「もはや学生失格なんじゃね?」

「生徒会の名前すら知らないなんて、僕かなり君達に失望したよ。僕含むけど」

 しばらく空笑いをして、一斉に落ち込む。学校に対して興味なさすぎだろ、俺達。

「……様子見に行けって言われたから来てみたけれど、相変わらずにもほどがあるでしょ、あんた達」

「カトリーヌ先生じゃないですか。どうしたんですか」

「だから、様子見に行けって言われたの」

 ため息をつきながら歩いてくるのは、一年生の頃大変お世話になり、大変ご迷惑をかけたカトリーヌ先生だった。確か今は別の一年生のクラスを担当しているはずだが。

「朝礼はいいんっすか?」

「リト。今は朝礼の一時間前なのよ」

 朝礼の時間すら覚えていないこの体たらくだ。不真面目がこんなところで仇となるとは。

「ほんっとに、学校に対して興味ないのね」

「興味のきの字どころかKの字すらありませんね」

「ねぇな」

「ないな」

「ないですね」

 アルの言葉に次々と賛同する声が上がる。カトリーヌ先生は何かを諦めた顔をしながら、芝生の上に座り込んだ。

「まあ私も、教導師は平等じゃないといけないからいろいろ教えることはできないんだけどさ」

「何で来たんですか」

「扱い酷くない!?」

 情報を提供しない者に興味はない、と言わんばかりにアリスが三白眼を向ける。まあまあ、そんな顔してやるなよ。

「先生だって何も考えずに来たわけじゃないだろ。絶対こっそりなんか教えてくれるって」

「出し惜しみはよくないですよ先生」

「だから何も教えられないって!」

「帰れ」

 今度は全員の声がぴたりと揃った。カトリーヌ先生は涙目だ。

「何!?そんなに皆先生のこと嫌いなの!?」

「嫌いじゃないですよ。借りはいろいろありますし」

「借りってことは返してくれるのかしら」

「踏み倒すって言葉知ってますか?」

 エリーが笑顔で恐ろしいことを言った。こいつは絶対ミイラ取りをミイラにするタイプだ。物理的に。

「エリー……恐ろしい子!」

「あー先生、少女マンガごっこはいいんで、マジで情報落としてさっさと帰ってくださいよ」

 冷たい目でエリーが先生を見つめる。

「いや、これマジだから!あんた達、先生を退職に追い込む気!」

「……はあ、生徒会長から偵察に行けって言われたけど、こりゃ偵察に行く意味もなさそうだ」

 カトリーヌ先生の後ろから、冷めた高い声がした。

 生徒会会計監査の腕章をつけた女子生徒は、つかつかと歩み寄ってくる。肩で切りそろえた金髪に気の強そうな大きな瞳でこちらを見据えた。

「生徒会会計監査のフランチェスカ。弓騎士首席」

「こりゃどうも丁寧に。軽騎士のリトアールです」

「何でそんなに低姿勢なんだお前は!」

 べしんとアリスに背中を強く叩かれた。激しくせき込む。涙目で睨むが、ふんと視線を逸らされてしまった。

「ああ挨拶は良いよ。そっちのデータは全部出てるんだし。さて、と。まさかと思ってたけどホントにあたし達のことなんも知らないんだね」

「恥ずかしながら」

 頬を両手で押さえて首を振るエリーに、再度アリスの鉄拳が落とされた。青筋が「ふざけてる場合か!」と語っている。

「私達の無知を笑いに来たのか?」

「まさか。まあ確かに笑えたけど。あたしの好きな言葉を教えてあげよう。正々堂々だ」

 だから、とフランチェスカは脇に抱えていたファイルをこちらに投げた。

「フェアになるようにしよう、リトアール。あたし達はあんた達の全てを知っている。だからあんた達もあたし達の全てを知る義務がある。全ては平等な戦争の為だ」

「戦争に平等を求めるんですか?随分平和な人ですね」

 エリーが皮肉ではなく本心からそう言ったのは、声のトーンからすぐに察することができた。

「確かに、戦争は戦う人間が異民であろうと、只の人間であろうと、平等に純粋な武力での衝突で優劣が決しますが、その前の情報戦も戦争の内であるということをお忘れではありませんか?」

「忘れてなどいないさ。だが、こうでもしなければお前達とあたし達の差がありすぎる」

「どういうことだ?」

 アリスがいぶかしむ。フランチェスカはなんてこともないように肩をすくめた。

「校長は言ったはずだよ。誰をリーダーとし、誰を模擬戦に出すか決めろとね。でも人数までは指定していない。この意味がわからないほどあんた達も平和ボケしてないだろ?」

「……まさか」

「そうだよ。察しがいいじゃんかアルフレド。生徒会は十二人全員で、あんた達を潰しにかかる気だ」

 嫌な予感は的中した。フランチェスカはなんてこともないように言っているが、三倍の人数で、お前達を潰してやると宣言してきたのだ。全員が思わず身構えた。

 微妙な沈黙を率先して破ったのは、小さな笑い声だった。

「はっ」

 アリスが挑戦的な笑みを浮かべて、フランチェスカを見据える。

「六十年前の大戦では、百倍近い人数に対してこの国は勝利を収めた。それに比べて、三倍だなど恐れるに足りないな」

「ふふん、良い根性してるじゃんか」

 フランチェスカはそう言って、俺達を睨む。

「せいぜい楽しませてよ。退屈してたところなんだ」

 そう言って肩越しに手を振ったフランチェスカは、そのまま出口に向かって歩いていく。それを見送りながら、カトリーヌ先生がうんうんと頷いた。

「敵に塩を送るって奴ね!」

「え、敵に塩を送るってそういう意味だったんですか?」

「どういう意味だと思ってたんだい?」

「敵の傷に塩を塗りたくるほどの嫌がらせをすると言う意味かと……」

 どんなことわざだよ。嫌だよそんな敵。極東の歴史を何だと思ってるんだ。

「でも、まあくれた情報なんだし活用すればいいじゃないの!これで私も教える必要がないってわけね!流石生徒会考えてる!」

「先生どっちの味方なんですか」

「やあねえリト、言ってるじゃない。私はどちらの味方でもない。中立だって!」

 カトリーヌ先生はそうやって手をひらひら振った。

「あら、そろそろ朝礼ね。じゃあ、リトアール、アリス、アルフレド、エリーズ……頑張んなさいよ」

 にっと口端を持ち上げて、先生はそれだけ言った。それは、難しい立場であるはずの先生が言える、最大の激励の言葉で。それを察した俺達も、にっと笑って親指を立てた。





 翌日の朝、学院内に高らかなラッパの音が鳴り響いた。金色に輝くラッパを掲げ、吹奏楽部が一礼する。

 普段は稽古や修練に使われる円形闘技場には、二つの城が建っていた。石造りの、簡素な城だ。二階建てで、一階部分に大きな門、二階部分にバルコニーが作られている。バルコニーからは将が座る椅子が見える。二つの城の間には、三十メートルほどの荒野が広がっていた。

 両陣の入場を前にして、続々と観客が集まってきている。生徒会と、異端児であるリトアール達の正面衝突だ。観客が沸き立つのも無理はあるまい。うんうんと頷きながら、校長は解説席に座った。

「今日は生徒にとっても、彼らにとっても、収穫の多い日になるだろう」

 そうだろ?と問いかける。後ろの影に向かって。

「何だ、気付いていたのか」

「気付けないほど、私も現役を引退していないということだよ。ランスロット」

 ランスロットと呼ばれた、少年のような顔をした青年はにしし、と歯を見せて笑う。

「お前は変わらないな、ランスロット」

「人間の寿命と精霊の寿命を同じに考えてもらっちゃあ困る。掃除人形なんかに仕込まれてる微精霊は別として、自分で元素を組み合わせて姿を保てる俺達は、人間とは比べものにならんくらい長く生きてるんだ」

「お前、今年で何歳になる」

「八十一、かな?」

 相変わらず不敵な笑みを浮かべたまま、ランスロットは校長を見下ろす。

「どうだ、楽しめそうか。俺の最高傑作だぞ?」

「……そうか、道理でお前の剣筋と似ているわけだ。人が悪いな。お前も教えてくれれば良いのに。楽しめそう、か。そうだな、退屈はさせてくれないだろうさ」

 校長の素っ気ない答えに、やや不満げに唇をとがらせながらも、ランスロットは脇の席に座った。ブルーグレーの瞳を瞬かせ、そして眼下に広がる戦場を眺める。

 瞳を閉じると、喧騒がさらに大きくなった。ラッパが再度空気をつんざく。


 両陣の、入場だった。





 円形闘技場に着いた俺達は、口をあんぐりと開けたまま硬直していた。あまり人が来ない円形競技場は人であふれかえっていた。こんなに学内に人がいたのか、と思うほどの集まりようだ。

「すっご……」

 思わずアルがこぼした言葉に大変同感な俺は何度も頷く。競技場の扉をくぐると、城に見立てて組まれた建物に通された。それぞれの得物を取りだしていると、ひときわ大きな歓声が上がる。バルコニーから顔を出したアリスが眉間にしわを寄せた。

「生徒会の連中のお出ましだぞ」

「こりゃまた大歓声だな。鼓膜破れそうだ」

 大げさに耳をふさぐと、ふふ、とエリーが笑う。

「破らないでくださいね。別に普段だったら全く構いませんけれど、今は私達の将なんですから」

 そういうエリーの視線は、俺の首元にある、柘榴色のスカーフに集中している。これが破られた時、俺達は終わるというわけだ。

「どういう体勢だ?」

「リーダーは盾騎士。つまりはウォルケンスだね。バルコニーに遠距離砲として弓騎士と魔術師を配置。入り口付近には突撃隊として騎馬騎士と暗殺師、軽騎士が並ぶ。治癒術師と魔術騎士は姿が見えないから城内だろうね。防衛部隊は銃騎士、竜騎士、召喚師、指揮官」

 アリスが考え込むように目を細めた。開戦まであと二十分ある。それまでに作戦を決めなければならない。

「でもさ、難しく考える必要はねぇよ」

 俺は務めて明るく言う。

「あいつ等は、俺達を負かす必要がある。何故なら、あいつ等は俺達の卒院を認めたくねぇからだ。でも、俺達はあいつ等を負かす必要はねえ。何故なら、俺達はあいつ等に卒院を認めてもらわなくてもいいからだ。だから、無理に攻める必要はない。あいつらが突っ込んで自滅するのを眺めてりゃいいんだ」

 いいか、と続けて、こっちを不安げに見詰める六つの目を見返した。

「勝つと負かすは違うんだ。あっちは自分の実力を誇示するために俺達を全力で負かしにくる。こっちの実力を教導師達は知ってる。だから誇示しなくてもいい。制限時間まで俺が生き延びれば、どんだけ人数がいても、どんだけ俺達がボロボロになっても、俺達の勝ちだ」

 にっと笑うと、三者三様の笑みを浮かべて、三人が頷いた。

「そうだな」

「自滅するところを高みの見物でもしますか。楽しいですね」

「負かそうと必死になるところを、僕達はただ防げばいい」

「だからさ、お前等」

 すっと息を吸って、言うべきことを考える。

 三秒ほどの沈黙を置いて、俺は笑った。

「勝とうぜ」

 ぐっと握りしめた拳に力が入った。

認めたくないと思うほど

認めてほしいと願うのは

確固たる自分がないからだろうか。

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