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4 教導師と不真面目生徒

 長時間に及ぶお説教に、慣れてしまったということが恐ろしい。ばきばきと凝り固まった関節を鳴らしながら、生徒指導室のソファにひっくり返った。レオナルド先生が凄まじい形相で睨みつける。

「リトアール。説教はまだ終わっていないぞ」

「え、まだあるんですか。なんで」

 率直に疑問を口にしたところ、自分の行いを振りかえるんだな、という冷たいお言葉が返ってくる。だから俺はなにもしてないのに。

 不満そうに口をとがらせるのは、一番でかい魔術をぶっぱなしたエリーだ。高いソファの所為で足がつかないのか、床すれすれのところで足をぱたぱたさせている。

「む、電話か。私が出ている間、大人しくしているように!」

 ポケットから取り出した携帯を見て、顔をしかめたレオナルド先生はそのまま部屋を出ていく。ようやく訪れた自由に、全員がばたんと倒れ伏した。

「腰が……」

「耳も痛いね……」

「つぅか、アリス。お前途中から全く反応なくなったけど、どうしたんだ?」

 入ってきて一時間は何度か姿勢を組みかえたりしていたのに、途中から完全に動かなくなった。そのことを指摘すると、アリスがあぁ、と頷く。

「途中から眠気に耐えられなくなってな。空間支配系の視線屈折魔法を使ってだな」

「クウカンシハイケイノシカイクッセツマホウ?」

「……はぁ」

 憐れむような視線を向けたアリスがこちらを向き直る。

「いいか?空間支配系の術式には、多種多様なものが存在する。一番有名なものは転移術式、拘束術式、そして私が使っていた視線屈折魔法。要するに、光の反射角度を操作して、見えているものと実際にあるものの位置をズレさせたり、違うものを見せたりする。私はこれを使った」

 ぴら、と見せたのは一枚の写真だった。いつの間に撮ったのだろう。生徒指導室で背筋を伸ばして座るアリスが写っている。

 平然とした顔でずず、と紅茶をすするアリスを見て、俺達がいう言葉は一つだった。

「ずりぃ!」

「ずるいよ!」

「ずるいですよアリスさん!」

 卑怯な!と叫ぶ俺達に、アリスが首をかしげる。

「何が卑怯なんだ?持てるものを使って何が悪い」

「お前な、それここ以外で言ったらすっげえかっこいいわ。けどな、素直に反省する気持ちをだな……!」

「素直?何だそれは。旨いのか?」

「アリスさんが!アリスさんが、ボケた!」

 地球のプレートにひびが入ったときのような表情を浮かべるエリーがアルにしがみつく。アルもわなわなと震えている。一人ぽけんとしているアリスが、一度考えて、それからぽんと手をうった。

「面白くなかったか?」

「いやいやいやいや!そういう問題じゃなくてだな。もともと天然のお前がボケを狙っていったっていう限りない勇気と根性に俺達は震えているわけで!」

「勇気と根性なんて、ボケには必要ない。必要なのは、そう……愛だ」

「愛ですか!?まさかアリスさんの口から愛なんて言葉が出てくるなんて!哀の誤変換ですか!?」

「こらあお前等!何を騒いどるか!」

 のしのしと入ってきたレオナルド先生に、全員が背筋を伸ばす。青筋を浮かべ、腕を組んでどかっとソファに座って足まで組んだ。組み過ぎだ。

「私は言ったよな?大人しくしていろ、と」

「反省してます」

 棒読みで言った俺にアリスの鉄拳が落ちた。ことの発端はお前じゃないか、の言葉を飲み込む。

「全く……どうしてこんなのが学年首席なんだ……」

「頭に真、ってつきますけどね。レオナルド先生」

「おや、キャロライン先生じゃないですか」

 生徒指導室に入ってきた、むさくるしくない雰囲気の正体は、俺達の担任だった。こちらを見てため息を一つつくと、持っていたファイルをレオナルド先生の前に置く。ばさばさと積みあがる書類は、俺達を襲ったあの痛々しい生徒のものだ。

「今回、この子たちは悪くありません。証言がありました」

「証言……?」

「掃除人形よ」

 救世主キャロライン先生は、俺達を一瞥してそう言った。指示棒で一度机を叩くと、映像再生用の術式が展開される。

「これが事件の映像です」

「むぅ……」

 事件の映像が再生されると、中年のおっさん先生は唸り、黙ってしまった。気持ちは分からなくもない。連行しておいて、三時間も説教しておいて実は悪いのは俺達じゃなかったです、なんて言われたらどう言い訳すればいいのか分からないだろうし。

「すまなかった」

 けれど、案外あっさりとレオナルド先生は頭を下げた。あまりのあっさりさに目を丸める。

「だがな、お前達。くれぐれも今年度中は、あまり大きな騒動を起こさんでくれ」

「今年度中は?」

「卒業できなくなるから、ですか?」

「いや……」

 そこで言葉尻を濁される。必死で咳払いや目線をそらしたりなんかして、誤魔化そうとしているが何かを隠してるのはバレバレだ。何を隠してるんですか、と言おうとしてアリスが止めた。

「では、私達にはもう用がない、ということでよろしいですか?」

「ああ。すまなかったな。もう戻っていいぞ」

 そう言って、今までの長時間の説教が嘘のように、簡単に俺達を解放した。恐る恐る廊下に出た俺達に、キャロライン先生が苦笑する。

「そんなにびくびくしなくても」

「だってあの鬼のレオナルドが、あんなにあっさりと僕達を解放したんですよ?何か裏があるんじゃないですか?」

「逆に不気味ですよ!きっと明日は槍が降ります!」

「止めてくれよ!これ以上槍が降ってこられたら俺生きていけねぇよ!」

 これ以上槍に刺さるのはごめんだ、と叫ぶと、アリスが少々罰の悪そうな顔をした。

「あれは悪気があってしたわけじゃないぞ」

「悪気があってたまるかよ!」

 悪気があったら、あれは殺人未遂だ。

 ぎゃいぎゃい言いあう俺達を呆れたまなざしで見つめながら、キャロライン先生は一つ咳払いする。

「けどね。レオナルド先生だって、君達が嫌いなわけじゃないのよ?むしろ、好きで好きでたまらないの。愛情表現なのよ」

「あれが愛情表現とか、レオナルド先生相当なドSですね!俺、そんなにMっ気は無いんスけど!」

「あーリトアール?君、ちょっと黙って。

けどね、この一年、君たちは本当に大人しくしておいた方が良いわ。問題はなるべく起こさないように。喧嘩、校則で禁止されてる違法術式の使用、稽古以外の斬り合いなんてもってのほかよ。これは、君たちの為なんだから」

 何のフラグか、キャロライン先生は眉間にしわを寄せて、深刻そうな顔でそう言った。それから踵を返して教務室の方へ足を向ける。

「じゃ、私はこれで。また宿題は連絡するわ」

 コツコツとヒールを鳴らしながら、颯爽と去っていくキャロライン先生を見て、なんだか毒気を抜かれたように俺達は立ちつくした。

「なんなんだ、一体……」





 教務室で、キャロラインとレオナルド、そして他の教師陣は、静かに目を閉じていた。校長が今まで言った言葉を反芻するために。

「異論がある者は、手を上げなさい」

 静かに言った校長に、新任の教師が立ち上がる。思い出したように手も上げた。

「何故、何故リトアール達が特別扱いされているのですか!」

「エドモンド、落ち着いて」

 キャロラインが服の裾を引っ張るが、エドモンドはなおも食い下がる。

「平民出身の身のうえで、何があったのか知りませんが、入学して半年で授業に無断欠席し続け、それなのに貴方達はあの者にそんな権利を!」

「エドモンド君。座りなさい」

「座りません。これは、校則第二十七条の、教師は常に平等であるの条文に違反していると私は意見します!」

 叫ぶエドモンドをなだめるのを諦め、キャロラインが椅子に深く座りなおした。後ろで一年先輩のカトリーヌが不思議そうに彼を見つめる。

「ねぇ、キャロライン。何であの子はあんなにむきになってるの?」

「今の生徒会、つまりウォルケンス達のクラスを受け持っているんですよ。だから、教え子が優遇されてないっていつも文句言ってたんです」

「……自分だって平等じゃないじゃない。子供ね」

 全くその通りのことを言ったカトリーヌが、右手を上げた。校長がエドモンドの演説を手で制し、カトリーヌに発言権を与える。

「エドモンド先生に質問です。貴方はどうして平等じゃないと思うの?」

「そりゃあ、授業に出ない不真面目な生徒に対して、こんな権限は」

「授業に出ない、じゃないのよ。出られないのよ」

「……おっしゃる意味がわかりませんが」

 周りも一瞬ざわつく。今年配属の教師と、去年配属された教師が中心だ。カトリーヌはあたりをぐるりと見回し、指示棒で机を一度叩く。巨大なスクリーンが天井に展開された。

「私は、他の皆さんはご存知かもしれませんが、リトアールが一年のときに担任をしていました」

 スクリーンにある映像が表示される。一年前期の、座学戦術の授業風景だ。

「私の受け持っていた授業です。前から三番目、一番窓際の席があの子の席です。ズームします」

 机の一部分を人差し指と親指でつまむようにはじくと、ズームがかかった。リトアールが使っている教科書が写る。

 一部の教師が息をのんだ。

「なんだこれは……読めないじゃないか」

「はい。授業初日で塗りつぶされました。そしてこれ」

 今度は人差し指で机をなぞる。その隣にカメラの視点が切り替わった。筆箱だ。中には何も入っていない。

「字も書けないよう、鉛筆、ボールペンなどの筆記用具は全て、折られています。中身はリトアールが捨てました」

 ぱん、と机を叩くとスクリーンが消失する。俯いたまま、絞り出すようにカトリーヌは続けた。

「アルフレドは、下級貴族の出身です。家があまり良いところではなくて、“大戦の裏切り者ドラグニル”って、皆も知ってるでしょう?案の定、あの子が名字を名乗った時から攻撃が始まったわ。裏切り者がこの学院に何の用だってね。私があの子から相談を受けた時、ある程度の苛めは覚悟してたって、あの子笑ってたわ。予想以上だったから、今はあんな風になってるんだろうけど。ねぇ、悪いのはあの子なの?裏切ったのはあの子?違うでしょう」

 一度言葉を切って、口を水で潤す。数秒間黙ってから、もう一度言葉を紡ぐ。

「アリスは、騎士の名門クリアヒルト家出身で、所属科が関係なかった一年前期は、何の問題も無く生活してました。一年後期で、所属科に分かれて授業を受けることになって、あの子が選んだ科は、魔術騎士科。女子生徒は非力だから魔術師や治癒術師、弓士を目指すのが一般的。けれどあの子は剣も使う魔術騎士になった。最初は私も何度か止めたけど、あの子の決意は固かったわ。絶対に、女の身で騎士になってみせると。それなのに、あの子が女だからという理由で、アリスから剣を取り上げた。魔術だけやっていろ、お前は女だから、と」

 がたん、と音が響いた。エドモンドが座ったのだ。それを横目で見てから、カトリーヌはさらに続ける。

「リトアールが入学する前、私は一度あの子に会いに行きました。学院創設以来、二人目の特待生がどんな子か見ておきたくて。あの子の住む家に着いて、私は愕然とした。庭もない。家もおんぼろで、とても狭いの。近くの人は泥だらけで、農業や、工業に勤しんでいた。あの子は、突然来た私に少し照れながら、円卓の騎士になりたいんだと言ったわ。領主は自分達から税金を巻き上げて、貴族は見下しながら歩いていく。こんな社会はおかしいって。だから自分が変えるんだって。大きな夢だってあの子は、リトは笑ってた。けど、私には、そんな夢を抱いてこの学院に入ってきた子はいなかったからとても素敵な夢だと思った。

ねぇ、あの子からその夢を奪ったのは誰?授業に出られなくなって、夢への道は絶望的になって、それでも諦めきれなくて、まだ屋上で勉強を続けて、必死で今の成績へとかじりついたあの子の気持ち、分かる人がどれだけいるってのよ!」

 バン、と机を叩いてカトリーヌが叫ぶ。周りの皆が一斉に肩を震わせた。キャロラインが膝の上で拳を震わせる。

 ――――新任だから、って言いわけして、何も知らないで、面倒だなんて思っちゃって。

 申し訳なさから唇をかみしめる。血の味がした。

「エリーズなんかねぇ……!」

「カトリーヌ君。その話は」

「あ……」

 失言だった、と口を押さえてから、きっとエドモンドを睨みつける。周りを見ながら、カトリーヌは糾弾する。

「ねぇ、貴方さっき平等が、とか言ってたわよね。ここまでに至った経緯を知らずに、何が平等よ。何が教師の権限よ。教師の役割は教え、育てることよ。その二つを放棄して、あの子たちを捨てて、何が教師よ。結局、生徒の親の権力にびびって、注意すらできなかったのは私達よ。それなのに、私達はまたあの子達の夢を切り捨てるの?何も対応できなかったくせに?正直言って、あの子達が授業に出てたら生徒会の連中なんてぶっちぎって一位よ。あんな、環境の悪いところで、教師も信用できないから質問にも来なくて、分からないことは全部自分で調べて、納得して。休み時間も廊下に出るのもおびえて、トイレだって授業中にこっそり行くようなあの子達を前にして、教師は平等ですなんてよく言えるわね。そんなこと言ったら、あの子達本気で教師を信用するのを止めるわ。

ねぇ、それでも貴方達は、リトアール達にこの権利を与えるのを不当だと、不平等だと言いますか?」

 カトリーヌの言葉に、誰も、何も言わない。空気は凍ったように動かない。視線を下に下げたまま、皆俯いている。

 周りを見渡したカトリーヌは、大きな音を立てて椅子に座った。組んだ手の上に顎をのせた校長が、一度大きく深呼吸する。

「他に意見のある者」

 教頭が無言で首を振った。

「投票に入る。リトアール、アリス、アルフレド、エリーズ。この四名に、円卓の騎士になる機会を与えてもよいと考える者、起立を」

 がたがたと椅子の動く音が続いて聞こえた。校長が頷く。

「それでは、この四名の処遇は――――」

教導師は、教え、導く者。

導くことを忘れた教導師は、今。

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