3 君と僕の屋上戦争
もはや恒例となった全授業サボりに、学年主任であるレオナルドは頭を抱えていた。リトアール含むサボり組にはそれ相応の事情があることは、一年生の頃から彼らを見てきたので分かっているつもりだったが、三年生になっても続くとは予想外だった。初めての三年生担任の上、問題児を四人も抱えることになったキャロライン教師には同情するしかないが、いやはや、とコーヒーを口に含む。
軽く机を指ではじくと、透明なディスプレイが現れた。羅列された生徒の成績の中で、極秘と書かれた名前が四つ分。リトアール、アルフレド、アリス、エリーズと問題児の名前が赤く塗られている。そして、その隣につく成績の順位はゼロ。つまりは測定できない、ということだ。テストの点数を見ると、満点か最優秀点。これを生徒に公開しなくて本当に良かった、と心の底から思う。
この学校の生徒は、善かれ悪しかれ負けず嫌いでプライドが高い。もし、もし不真面目な彼らが本当の首席だと知ったら――――と想像して身震いした。前例がないわけではない。昔、授業に出席しなかった生徒がそのことが原因で飛び降りたのだ。今彼らが根城にしている、屋上で。
まさかな、まさかな、と呟いていると、屋上から不吉な爆発音がした。
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いつも通り、“授業”を済ませた俺達は屋上で好き放題やっていた。未だに追尾術式を諦めきれないアリスと、俺の間で始まる口喧嘩を生温かく見守るアルが、ふいに顔を上げる。エリーが鼻をひくつかせた。
「術式の臭いですね。誰かいますよ」
「誰かって、誰だよ。ここ基本的に立ち入り禁止だろ?」
「立ち入ってる貴方がなに平然に言ってるんですか。でもまあ、確かに立ち入り禁止ですよね。鍵もかかってるし、誰でしょう」
「掃除人形の術式じゃないのか?」
アリスの一言に全員が納得の声を上げる。鍵盤から顔を上げて扉を睨むアリスが、ふと首をかしげた。
「いや、違うな」
「違うんですか?」
「ちょっと炎系の雰囲気がする」
「落ち葉でも焼いてるんじゃないのか?」
「屋内で落ち葉を焼く馬鹿がどこにいるんだ。まさか放火とかじゃないだろうな」
「この学院に、そんなことできる人間がいるとは思えないね」
アルの至極当然な意見に頷いた。わざわざ家の名前を貶めるようなことができる人間はこの学校に居ないだろう。お家が第一なのが貴族の特徴だ。
じゃあなんで、と言いかけた瞬間、爆発音が屋上を揺らした。
エリーが即座に展開した防護術式のおかげで怪我はないが、扉は大破している。ふざけて銃騎士の生徒が撃って以来、サブマシンガンでも壊れない強度の扉が、だ。つまり大砲の砲弾クラスの威力の魔法で扉をこじ開けたことになる。そして、それをエリーは涼しい顔をして受けたことになる。
「お前すげぇな……」
「感心されるのはうれしいですけどね、リトさん。襲撃者の方を見ましょうか」
エリーに促されるまま視線を前に向けると、男子生徒の影がぽつり、ぽつりと見える。魔術師科を示す、黒いローブを着た男子生徒が扉を破った犯人だろう。
「誰?」
「誰だろうね」
堂々と指をさして質問すると、アルが苦笑した。アリスを見ても首を横に振られ、エリーも頭に疑問符を浮かべている。俺も心当たりがない。
「お前達がサボりのくせに、成績の首席を奪ってる奴らか!」
突然の襲撃者は、俺達、特に俺を睨んで叫ぶように言い放った。何故かは知らないが負け犬臭がする。
「成績の首席?あぁ、そういえばキャロライン先生がそんなこと言ってたっけか」
「そんなこと?いいか、俺達はな、お前等みたいな不真面目な生徒が、そうやっていきがってるのが気に食わないんだよ!」
「それでわざわざ授業サボってこんなところまで来たんだ。暇だねぇ」
「あ、検索ヒットしたぞ。成績上位層だが最上位、とまではいかないな。全校生徒中百番台くらいだ」
その言葉に眉を立てた生徒に構わず、アリスはさらに鍵盤に指を滑らせる。学院が作った調べ物用のテンプレートな術式だから、効果の適用が早いらしい。目の前に幾つものディスプレイが現れる。
「私達がまともに授業に受けていたら、印象にも残らないだろう成績だな。うん」
「うっわ、こいつ最低だ……!」
「事実を言って何が悪い?で、器物損壊と授業欠席の二つの汚点を代償にしてまで私たちに会いに来た理由はなんだ。まさかそれだけを聞かせにきた、というわけではあるまい」
ああ、と肯定した軽騎士科の生徒は、訓練用の木刀を構える。それに少なからず驚いた俺は、慌てて背中から愛用の剣を引き抜いた。こちらも、当たっても怪我程度で済むように木でできている。
「俺達は、お前たちを今から粛清する。学内の秩序を乱す奴らは、俺達が許さない」
「……え」
思わず絶句した俺に変わって、実に楽しそうな様子でエリーが手を合わせた。
「まあ、思春期特有の痛々しい思想ですね!正義の味方気取りですか。そんな妄言は文芸部か漫研に入ってぶちまけてくださいね。きっと売れませんよ、そんなベッタベタな話!」
「楽しそうだね、エリー」
「えぇ楽しいです!久しぶりにそんな歯が浮いて入れ歯にしなきゃいけないような科白聞きましたもの。二年後に思い返して布団の上でのたうち回るといいですよ!」
痛いけな少年捕まえて何をこいつは言っているんだ、と叫びたい気持ちをぐっと抑え、精一杯の冷たい目で相手を見据えた。
「ここで暴力行為に出る気か?停学、下手したら退学もんだぞ?」
「俺達は正義だ。悪をさばくのは当然のことだろ?」
アリスの顔が引きつった。アルも見てられない、といったように目を覆う。一人楽しそうなエリーはさらに追い打ちをかける。
「正義!久しぶりに聞きましたねぇ。楽しいですね、黒歴史予備軍を目の当たりにするのは!さぁもっと恥ずかしいこと言ってくださいよ。いま録音術式展開してますから。二年後情報提供広場で晒しましょうか?」
誰かこいつを止めてやれよ、もう可哀想だよ、と涙まで浮かべる俺に対して、男子生徒達のテンションは上がっていく。いつ邪気眼とか言い出すか、俺まで楽しみになってきた。
「ふん、無駄なお喋りはここまでにして、いざ尋常に勝負!」
「人数差からして全然尋常じゃねぇからな?お前等十人、こっち四人だからな?」
「言っても無駄なら、やるしかないだろうな。ある程度叩いて保健室にぶちこもう。そして平和に日常を過ごそう。何、校長室の呼び出しも含めて私たちにとっては日常だろう?」
「認めるのすげぇ癪だなそれ。仕方ないけどな……アル、お前はエリーの補助だ。俺とアリスで魔術師妨害してる間にでかいの頼む」
「分かりました!」
今まで出していたディスプレイを全部閉じると、アリスが脇に置いてあった槍をとる。ひゅん、と一回転させるところが余裕だ。
「じゃ、いきますか」
「行くぞ!」
馬鹿正直に突っ込んできた軽騎士を剣で軽くいなしながら魔術師を目指す。しつこく追ってきた軽騎士が木刀で切りかかろうとするが、真剣でない切り攻撃は避けさえすれば痛くはない。勿論、回避が遅れれば恐ろしいが。
「ふん、俺の剣が怖いか」
「いや、そりゃ怖いだろ。木刀でも頭蓋骨は割れるんだぜ?」
つばぜり合いにならないように、剣で木刀をはじき返す。一気に距離を詰め、懐に潜り込むような位置につける。剣が当たらないように細心の注意を払いながら腕を曲げ、腹のあたりをひじ打ちした。
絶対痛いだろうな、と他人事のように思いながらすぐにその場を離れ、魔術師に目を向けると爆発が目の前で起きる。
「うわっち!」
「リトさん、相手の攻撃は指定した座標に爆発を起こすものです。座標を特定したら簡単に避けられます」
「簡単に言ってくれるなよ……っと」
騎馬騎士の突きをかわしてからアリスの方を目で伺うと、とうに空中戦に移行していた彼女は、相手の攻撃が届かない空から幾つも術式を展開して爆撃を始めていた。屋上がアリスの発動する雷系術式に軋む。
「はい、これでおしまいっと!」
空中に浮かんだ、紫に発光する文字を指でなぞると、辺りが急に暗くなった。同時にごろごろと不吉な音がする。
「じゃ、上手く避けろよ、リト」
「は!?」
予感的中で、すさまじい稲光とともに落ちた雷に、五人ほどの生徒が吹っ飛ばされた。数秒前に俺がいた座標を軸に生まれた雷の球はしばらくスパークしてからかき消える。二年分くらいの冷や汗を消費した俺がアリスに恨みをこめた視線を送るが、涼しい顔をして無視されてしまった。
「リト!いったん後方まで下がってくれ!エリーが出る!」
今度はしっかり警告を入れてくれたアルが、エリーの視線上から退避した。幅三十センチ、高さ五十センチくらいの長方形にびっしり詰まった文字列をエリーが長杖でなぞり始める。
「んー、さっき貴方達が撃った術式のダメージ、拡散させるの大分体力使ったんですよね。ほら、やられたら倍返しって言うじゃないですか?」
何とも恐ろしいことを口走りながら、エリーが最後までなぞりきる。杖の先端に水色の光が宿った。ひゅん、と杖を一回転させ、まるで槍を突くときのように腰を深く落として構える。
「いけっ!」
掛け声とともに突きだされた杖の先端から、放射状に水色の光が走った。光線をなぞるように空気中の水蒸気が氷結していく。それは生徒の肩を貫く寸前でぴたりと止まった。
よく制御したもんだな、と思った時、凄まじい勢いで誰かが駆けこんでくる。
「なんじゃこりゃあ!」
「ああ、レオナルド先生。どうかしたんですか?」
「どうかしたんですか?じゃない!なんだこれは!どういうことだリトアール!」
何故全責任が俺にある様な言い方をする。失敬なことこの上ない。俺がやったことと言えば、一人の男子生徒を気絶させたことくらいだ。
「とりあえず、お前たちは後ほど生徒指導室に来るように!」
先生の脳内では、きっと扉の修繕費と俺達の出席停止日数の計算で忙しいんだろう。悪いことをしたという意識は欠片もないが。
なんともシュールな光景の中、授業終了の鐘が鳴り響く。とりあえずはとそれぞれの得物をしまった俺達は、これからのことを考えて思わずため息をつくのだった。
俺は悪くないと思うんですが、貴方達どう思いますか?