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2 問題児と優等生

8/5 ウォルケンスの所属は軽騎士ではなくて盾騎士でした。すみません!

  アリスがぱん、と掌を床に突いた。目の前にエリーのそれとはまた違った形の鍵盤が現れる。

「いよいよ、“円卓の騎士”発祥の歴史になるんだが――――」

 アリスが手早く入力した術式が展開され、空中に緑の板が表示される。人差し指を上げると、白い線が後を引いた。簡易黒板だ。

「えっと、まず円卓の騎士だが、簡単に言えば“王に政治的、軍事的な忠言ができる唯一の機関”だ。この国は権力者を王として、政治も軍事も王が行っている。四百年前から続く、伝統的なこの国の政治体系だ。

だが、ここに一つの問題が生じる。何か?」

「はーい、王の独裁を許してしまうことでーす」

「正解。そんなことよりリト。お前のその体勢なんとかならんか」

 俺の体勢というのは、クッキーをかじりながら胡坐をかいている状態だ。まともに話を聞く格好じゃないのは百も承知。

「いいじゃん。授業じゃないし。続けて続けて」

「はぁ……じゃ、続けるぞ。

それを危惧した当時の王。アーサーは、王の権力を統制するために、当時実力を持っていた十二人の騎士に、政治に関与する権利を与えた。その時、円卓を囲んで王に忠誠を誓ったことから“円卓の騎士”と名付けられたと言われている。

で、この王様何がすごいかって言うと、自分で自分が失敗するって思いこんでいることだな。どんだけネガティブ思考なんだよって私は思うんだが」

 腕を組んでうんうんと頷くアリス。そこはツッコンじゃいけないと思う。

「円卓の騎士は、円卓の騎士団という騎士団の、十二人の幹部で構成されている。

指揮官(コンダクター)軽騎士(ナイト)盾騎士(タンク)魔術騎士(マギリッター)弓騎士(アーチャー)魔術師(ヘクセ)騎馬騎士(ホースメン)銃騎士(ガンナー)暗殺師(アサシン)治癒師(ヒーラー)召喚師(サモナー)竜騎士(ドラグーン)だな。

うち、指揮官は今空席になっている」

 すらすらと学科名にもなっている職種を暗唱してから、アリスが腕を組んだ。

「でも、魔術師と治癒師の境界線は未だに曖昧なんだよな……」

「そりゃ、森林族と人間の対立も噛んでますからね。本来、黒魔術を使う者のことを魔術師って呼んで、黒魔術を使う人は白魔術は学ばない人間の決まりなんですけど、森林族はそんなのガン無視で全部の魔術を習得してますから。

ま、私は黒魔術よりなんで魔術師を名乗ってますけど」

 肩をすくめたエリーが言った。とかく人の世は面倒だ、という表情をしている。十五のくせに達観しすぎてないか、お前。

「まあ、円卓の騎士の概要についてはこんなもんだな。なんで指揮官が空席になったかっていうのから、この単元は始まってるんだけど」

「十年前の、国境戦だね」

「そうだ」

 十年前の国境戦、というと、隣国が攻めこんできた大戦だ。当時指揮官の席についていた騎士の采配で、この国は勝利をおさめたが、多くの死傷者も出した、悲劇の戦争――――。

「その犠牲者を悼んで、指揮官の座を降りて以来、誰も彼に次ぐ者が現れないらしい。当然だろうな。あれほどの功績を上げた人物の後継だ。生半可な覚悟では務まらない」

 アリスが言いきると同時に、黒板に大きく書かれた国境戦の文字がふっとかき消えた。同時に高らかな鐘の音が響き渡る。

「四時間目終了だな。黒板の使用権も消えた、と」

「じゃ、昼飯にでも行きますか。勉強もしたしな」

 立ち上がると、埃をぱんぱんと払う。血は止まっていた。

「今日は何食うかな。なぁアリス、割引券残ってるか?」

「当然だ。私を誰だと思っているんだ」

 制服のポケットから割引券の束を取り出したアリスが自慢げに笑う。こいつは良いお母さんになれるんじゃないだろうか。





 この学院に貴族の子弟が多いことは先に述べた通りだが、それによって起こることは何も悪いことばかりじゃない。

 貴族を満足させるために、寮の家具は最高級品だし、ベッドはふかふかだしで、入学当初はカルチャーショックで三日程寝込んだ。

 そして、そんな良いことのうち、俺的に一番の良いことは食事が豪華の一言に尽きることだ。一番安いAランチでも肉はあるわ魚はあるわそもそもコース料理だわで、その金は一体どこから出てくるんだと言いたくなるようなほど豪勢だ。三年間この学校にいるけれども、俺のしみついた貧乏性は抜けず、食堂の料理を残したことはない。

 最初のパンを無事に胃の中に収めたところで、がたん、と後ろの席に誰かがつく音がした。

「もの好きもいるもんだな。俺達の後ろに座ったぞ」

「蓼食う虫も好き好きとかいいますからね」

 俺の隣に座ったエリーがぼそりと言い返した。目深にかぶったフードは室内でも外されない。その理由を知っている俺達と教師達は深く言及しないが、後ろの奴らはそうでもなかったらしい。制服の上から白い法衣を着た女生徒がエリーを指さして言った。

「おい、お前。室内だぞ。フードは取れ」

「……五月蠅いですね。頭の悪い白魔術師(ヴァイスヘクセ)気取りが偉そうに」

 前菜を上品に口の中に詰め込みながら、エリーが小さく呟く。向かいのアルが苦笑したのが見えた。

「それにお前、確か魔術師だったよな?なら何故肉を食っている。禁肉令を知らないわけではあるまい」

「……それは白魔術師にしか適用されないっていう常識をそこの馬鹿は知らないんでしょうね」

 エリーの殺気に気付いた俺は若干席をずらした。とうとう聞こえたらしい小言に、白魔術師気取りが声を荒げる。

「常識?最低限のマナーを知らないお前にそんなことを言われたくはないな!」

「マナーって言葉の意味知ってますか?礼儀って意味です。常識って言葉の意味知ってますか?一般人が普通持つべき教養とか知識って意味です。マナーをわきまえない私より、常識知らずな貴女の方が無知ですよね。ああ、良いんですよ御礼とかは。ただ貴女の無知かつ無恥っぷりに、私は我慢できなかっただけで」

「お前、授業にもろくに出ていない癖によくそんなことがいえるな」

「さらに無恥の上塗りをするんですね。額に生恥晒しって書いて廊下に立たせましょうか?愉快ですね。授業に出ていない私に常識とマナーの違いを教えてもらうって、貴女のお頭が相当悪いっていう証明なんですが、そこのところご理解よろしいですか?」

 飯を食べながらよくもここまで舌が回るもんだな、と感嘆していると、女生徒がフォークを乱暴に置いて立ち上がった。アリスが顔をゆがめる。

「うわ、厄介な奴に喧嘩売ったもんだな、エリー。魔術師科首席だぞ、あいつ」

「首席……っていうと、灰魔術師(グラオヘクセン)アマリアだね」

 首席にだけ与えられる二つ名を言ったアルがにやにやと笑う。とても楽しそうだ。お前は俺の向かいだから良いだろうけどな、アル。俺はこの仁義なき女の戦いをたった数センチ隣で見てるんだぞ。

「お前……!」

「食事中に立ち上がってはいけないと母に教わりませんでしたか?人にマナーを説く前に自分の行いを見直してはいかがでしょうか。首席ともあろう人間が情けない」

 容赦ねえ!

 うわこいつ容赦ねえ!

 心の中でひとしきり叫ぶと、椅子の位置をさらに数センチずらす。十センチほど空いているにも関わらず、この突き刺さる殺気はなんなんだろうか。

「正直申しまして、うざいです。さっさと着席の後黙って食事を再開してください。そんなふうに怒鳴られたら周りの皆にも迷惑ですし、なにより大気中の二酸化炭素の濃度が上がります。無駄に酸素を消費する貴女より、貴女に食べられる植物のほうが価値は高いですね。これ以上自分の価値を落とす前に黙ってください」

「何だと」

「先ほどの私のありがたい言葉が伝わらなかったのですか?ああ可哀想に言葉を理解する能力すら持っていないのですね。さっさと退学して初等部からやり直してください。ついでに私の視界から消えてください。目ざわりです」

 反論の余地すら与えない。いっそすがすがしいまでの長い言葉を言いきってから、エリーは本日のメインディッシュたる肉にフォークを突き刺す。

「お前……」

「そろそろやめておけ、アマリア」

「あら、そちらの御仁は貴女より少しは頭が良いみたいですね。お前、と何だと、しか言っていない貴女よりボキャブラリーは豊富そうです」

「エリー。お前もその辺でな」

 アリスの声に素直に口を閉じる。アマリアが盛大な舌打ちとともに着席したのを確認して、エリーがようやく気が済んだというように切り分けた肉を口に入れた。

「すまないな。私の仲間が失礼をした」

「いや、構わないさ。こっちも悪気は……あったな。濃縮百パーセント悪意の塊だったな」

 どう言い訳したものか、と頭を抱える。アリスが我関せずを装う。

「非があったのはこちらだが、そちらのフードは取ってもらいたい。それがマナーだからな」

「それは勘弁してやってくれないか。教師には事情は説明してあるし」

「だが……」

「頼む」

 相手の言葉を封じる勢いで言えば、アルが肩をすくめた。やっぱりリトとエリーは似てるね、という問題発言を投下する。聞き捨てならない。

「誰が似てるんだよ、誰が」

「はい。私も大変不服です。こんな背中に大穴開ける不運男と一緒にされるなんて、今日は厄日でしょうか」

「お前はその減らず口を治そうな?」

 俺だって傷つくときくらいはあるんだぞ。

「そうか。なら仕方あるまい。構わないな?アマリア」

「……ウォルケンスがそう言うならね」

 そう言ってむすくれたアマリアを見ながら、ウォルケンスがこちらに向かって一礼した。妙に聞き覚えのある名前だな、と思っていたら、右腕に着いた腕章が目に入る。

 生徒会長とだけ書かれた簡素な腕章に、そういえば盾騎士の首席がそんな名前で生徒会長なんてやってたっけな、と思いだした。学校関係に関する知識の乏しさに関しては誰にも負けない自信がある。

 それ以上こちらと関わる気がないというように食事を再開した二人に、すっかり気をそがれた俺達は止めていたフォークを動かし始めた。

 もうすぐチャイムが鳴る。生徒はいそいそと準備を始めるが、俺達には関係ない。

 授業から逃げて二年余り。卒業まで、後六カ月の夏の日だった。

口も御達者なんですね。

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