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1 騎士学院の問題児達

  リトアールは、この学院の所謂問題児だった。

 授業には出ない、教導師には反抗的。それなのに、平常点を抜いた成績では首席を軽く追いぬいているのだから頭が痛い。成績が良いなら、教導師はあまり口出しできないのだ。

 普段なら、まぁいいかで済ませるのだが、今日はそうはいかないと教師・キャロラインは万年筆を握った。学期末には成績順位表を貼り出さないといけないし、何より――――

 めんどうなことになったもんだ、とキャロラインは頭を抱えた。





 この学院は面倒くさい。それが俺が入学して三年間の学院生活で出した結論だった。

 聖アーサリアン学院。この国の王に直接仕え、政治に助言、忠言をし、時にその身を盾にささげる、騎士の中の騎士、円卓の騎士を育てる唯一の学校だ。王国広しといえども、円卓の騎士になるためにはこの学校の卒業が絶対条件になる。

 そんなわけで、ここには各地から騎士を志す者たちが集うのだが、皆が皆入学できるわけではない。入学費用から授業費用まで馬鹿高いのだ。御情け程度の特待生制度もあるにはあるが、入学試験全教科合計九割以上という、まさに鬼というにふさわしい選考基準なので、入学できる人間は限られてくる。大抵は身分階級四階層以上、下級貴族以上が入学するだけの資金を持ち合わせているのだ。

 そんな中、俺は極めつけのイレギュラーだと言える。身分格差の最下位。要するに平民の出身だ。処々の事情で貴族のおっさんからの融資を受け、ここに来た時は夢のようだと感激してこれからの生活に心躍らせたものだ。

 しかし、現実はそう甘くない。やたらとプライドが高い貴族のお坊ちゃま方は貧乏くさい俺を毛嫌いし、入学してわずか三日で陰湿な嫌がらせが始まった。教科書はインクで塗りつぶされているし、貴重なペンは全て折られているし、字消しが飛んできた時もあった。

 最初の一年は頑張って耐えてきたが、いくら俺でも限界は存在する。進級したころから、俺は実技以外の授業を全て独学で学び、ほぼ全ての授業を屋上でサボるようになった。

 そんな奴はなにも俺だけじゃない。

 かつ、こつと規則的な足音が聞こえてくる。相変わらず生真面目だな、と思いながら、俺は屋上庭園の芝生から起き上がって、訪問者を迎えた。

「よう、サボりか?アル」

「君もそうみたいだね、リト。お変わりないようで何より」

 分厚い本を抱えて上がってきたのは、サボり仲間のアルフレドだ。ぼすぼすと傍らを叩くと、苦笑してそこに腰を下ろす。

「何読んでるんだ?」

「ん?この間司書さんがお勧めしてくれた本だよ。簡単に説明すると、お腹をすかせた子供のもとへ本当に飛んできて、自分の顔、主に脳の近くが多いかな、を引きちぎって食べさせるスプラッタな絵本だよ。決め台詞は『僕の顔をお食べよ』」

「要するにア○パンマンだな。なんでお前はそうひねくれた取り方しかできないんだよ」

「事実じゃないか」

 まあ確かにそうなんだが、なんだこの釈然としない感じは。綺麗にあらすじがまとまっているようでまとまっていない。しばらく考えて、ぽんと手を打つ。

「重要なことが抜け落ちてるぞ、アル。どこにもバイキンの妖精について触れられていないじゃんか!」

「そんなことより、リト。さっきアリスとエリーにあったよ」

「そんなことってなんだよ……」

 お前にとってのバイキンの妖精の存在はそんなに薄っぺらいものなのか。毎回毎回出てきてはぶっとばされ、出てきてはぶっとばされで、ついに読者の印象にすら残っていない。俺はかなりバイキンの妖精に同情した。

「食堂で紅茶と御茶菓子貰ってたよ」

「サボる気満々だな……」

「むしろ僕達がサボタージュらない日なんてあったっけ」

「格好よく言っても意味はすげぇダサいからな?」

 僕達不良ですって言ってるようなもんじゃないか。断じて違う。俺達は不良じゃなく、不真面目なだけだ。

「うん、そうだね……ってリト、上!上!」

「ウエ?」

 言われたとおりに上を見上げると、抜けるような青空が見えた。今日もいい天気だ。

「抜けてるのは君の頭だからね!」

「思考を読んだだと!?」

「いいから上!」

 何なんだよ、全く、と呟きながら目を凝らす。白い雲に小さな銀色の点が見えた。その点はだんだんと近づき、はっきり形が見てとれるようになる。

 槍の穂先だった。瞬間的に今日の占いを思い出す。

 ――――今日のアンラッキーさんはギョー座の貴方!空から槍が降ってきちゃうかも!

 ……マジで降ってきやがった!

「回避ーッ!逃げろ馬鹿リトーッ!」

「言われなくても避けるわ馬鹿野郎!」

 慌ててダッシュでその場を離れると、垂直ダイブで突っ込んできた槍の上に乗っている人物が見えた。長い黒髪に特徴的な長槍。サボり仲間その二のアリスだ。さらに後ろではエリーことエリーズがしがみついている。あれだけの風を受けながら、脱げないフードはどうなってるんだろうか。

 何やってるんだ、こいつ等、と三白眼で見ていると、摩擦による発火を防ぐ術式が浮かび上がった。エリーが叫ぶ。

「リトさん!逃げてください!」

「は?」

「アリスさんが間違えて追尾術式かけちゃったんですー!」

「馬鹿じゃねぇの!?アリスのアの字はアホのアなの!?」

 全力で腕を振っての逃走を開始すると、槍も全力で追いかけてくる。アリスの必死の形相が珍しいが、今は見ている余裕なんて欠片もない。

 俺が右に逃げると槍も右に移動、左に逃げると左に移動する。なかなかに面白いのでしばらく遊んでいると、とうとうアリスの槍が火を吹いた。

「うあっち!」

「おいリト!まっすぐ逃げろ!」

「んな無茶な!つか何で火を吹いたんだよ」

「警告用だ。それよりリト。怒らないで聞いてくれ」

「何だよ」

「さっき、間違えて変な術式組みあげちゃったから、その、なんていうか、ごめん、もう私の手には負えないかもしれない」

「バカヤロー!」

 段違いに加速を始めた槍からエリーが飛び降りた。残るは恐らく時速五十キロを超えたであろう槍と、時速二十キロくらいの俺。

 解除するのを諦めたアリスがいよいよ槍を守る防護術式を貼り始めた。おい、俺より槍かよ、と突っ込みたいのは山々だが、そんなことをしていると間違いなく俺がお陀仏だ。

「アル!助けてくれ!」

「……無理」

 訓練用の木槍が、俺の背中に突っ込んだ。



 コンクリートの地面とキスという、二度と体験したくない貴重な経験をした俺をアリスとエリーが覗き込む。可哀想な者を見る目は止めてほしい。

「あのさ、リト……授業中に保健室はさすがにいけないよね?」

「いつつ……そりゃ、健全な生徒なら大歓迎だろうけど、俺は不真面目だから即追い出されるだろうな」

「だよねぇ」

 苦々しい声でいうアルにいよいよ不信感を募らせた俺は、なんなんだよ、と痛む背中をさすりながら、背筋フル活用で起き上がる。

 ぬるっとした感覚がして、掌を見ると、赤い。

「いやああああああリトさん起きないでええええ!今スプラッタだから!今グロテスクだから!」

「誰のせいだよ!つか、ええええええ!?」

 どうやら防護術式を張った槍は、俺の背中にぶっ刺さっているようで、エリーが顔を手で覆っている。血がどんどん抜けていっている所為か、妙に頭が冴えている。すっきりだ。

「いやリトさん!?そのすっきり大分危険なすっきりですから!アリスさん、なんとかなりませんか?」

「ふむ……まあ、まずはこうすべきだろうな」

 普段から鍛えている、アリスのしなやかな腕が俺の背中に伸ばされた。ぐっと何かを握る気配がする。

 アルの顔がひきつった。エリーの手が隙間なく顔を覆う。嫌な予感しかしない。

「ぎやあああああああああああああ!」

 めりめり、という音とともに槍が引き抜かれた。平和な青空に鮮血が散る。即座に金色の文字が空中に浮かび、エリーの悲鳴に近い声が遠のく意識を強制的に引き戻した。同時に痛みが和らいでいく。

 ようやく言葉が発せるほど回復したところで、俺は死んだ目をアリスに向けた。

「酷い目にあった……」

「すまん。どうしても追尾術式を試してみたかったんだ。でもまぁ、木槍でよかったな」

「全くだよ!」

 実槍なら確実に逝ってたぞ、これ。

 まあまあ、となだめたのはアルだ。

「よかったじゃんか、流血で済んで」

「おおごとだよ!つか、お前完璧に他人事だったじゃんか!」

「ア○パンマンがメロ○パンナに告白する壮大なシーンだったから、つい」

「ねーよ!ア○パンマンにそんなシーンねーよ!」

 どんな正義の味方だよ、どんな絵本だよ。子供向けじゃないだろそれ絶対に。

「リトさん。まずは落ち着いてください」

「むぅ」

「紅茶が渋くなります」

「俺の感情と紅茶の味にどんな因果関係があるんだろうな」

 ずず、と紅茶をすすりながら微笑むエリーが首をかしげた。男はたいていこれで落とされるが、俺はその笑顔に裏があることを知っている。

「にしても、相変わらずすげぇな、この術式」

「白魔術の一つの治癒術式です。擦り傷治す程度のものから内臓八割復元する程度のものまでいろいろありますけど、こんな上位のもの使うの久しぶりですよ」

「……そんなに俺の流血ひどかった?」

「確実に放送禁止ものでしたねー。文章でよかったですねー」

 ニコニコと笑いながらとんでもないことを言い放ったこの少女は、傍らに携えた長杖をかん、と一度地に打ちつけた。目の前に透明な鍵盤が現れる。それをピコピコと打ちながらエリーがうなった。

「そろそろ術式のランク落としますね」

「いっつも思うけど、それどういう仕組みで動いてるんだ?」

「……リト。君一つも魔術系の授業取ってないの?」

「うん」

「うわー脳筋(ノーキン)まっしぐらですね。今時前衛でも強化系魔術の一つくらい覚えるのが常識ですよ」

「う、うっせぇな!」

 正直言って、魔術担当の教師が嫌いなだけなんだが。

「術式はですね。こうやって、鍵盤で命令文を打ち込んで、大気中の霊子に干渉させることで起きるってことくらいは知ってますよね?」

「知ってるよそれくらい」

「まあ、頭が良いんですね!流石サボりで学年主席を逃した不良ですね!」

 褒めてるのか、貶してるのか分からない感想をどうも有難う。

「じゃあ、ランク下げますね。えいや」

 エリーが右手に持った杖で打ちこんだ文字をなぞった。浮かび上がっていた金の文字が空に溶けて、体を包んでいた温かい感覚が少し遠のく。

 今までずっと黙って何かを考えていたアリスが、ピンクのマカロンを口に放り込んだ。もごもごと呟く。

「術式的には問題なかったと思うんだ」

「いや大有りだろ……」

「解除術式を加えようね、アリス」

「無論だ。と、いうわけで付き合え、リト」

「アリスちゃん?また俺で実験するの?」

「お前以外にだれがやるんだ」

 アルを見る。目をそらされた。エリーを見る。笑って返された。

 友情とは何だったのか。

「だいたいなぁ、何でいっつもいっつも俺ばっか……」

「一番いじりやすい性格だからだろうな。エリーにまた治癒術かけてもらえばいいだろう。減るもんじゃなし」

「減るだろ、いや……」

 肩をすくめたアリス。常識的に考えてくれよ。

 治癒術だって、無限に使える訳じゃない。ゲームなんかで無限に魔法が撃てるわけじゃないのと同じだ。術を使えば使うだけ体力を消費する。だから、だろうか。魔術師(ヘクセ)は総じて小柄だ。

 そこにいるエリーだって、ただでさえ二年飛び級だから他の面子に比べて小さいのに、その年の平均身長を大きく下回っているのだ。

「よく考えたら、私達って相当不真面目だな」

「よく考えなくてもそうだね」

「そんなんで、三年生になれたのが不思議だけどな」

 ようやく起き上がれるようになった俺が身を起こすと、アルが無言でスペースを開けてくれた。そこに腰を下ろすと、クッキーを一枚拝借する。

「極東らへんでは、授業に出席する日数で進級できるかどうか決まるらしいな」

「うわ……俺ここに生まれてよかった」

「ですね。リトさんなんて確実に退学ものですからね」

「さて、みなさん集まったところで、授業でもしますか?」

 アルが鞄から教科書類を取り出して言った。毎日恒例の独自授業だ。先ほど言った通り、俺達は授業には出ない。出られない。授業に出たとして集中できる環境には程遠いからだ。

 だから、こうして俺達は勝手に“授業”と称する勉強会をしている。ここら辺はマジメだと主張できるだろう。

「じゃ、今日は世界史から始めよう」

教室より、学ぶことは多いと思わないかい?

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