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Preface
欧州の中心に位置する小王国と、軍事大国の国境線沿いに、一人の男が立っていた。
目は伏せたまま、力も抜いたままという無防備極まりない姿で、男は風を受けている。風の中に、ごく微量の火薬の臭いが混じるのも、その中にわずかな血の臭いが混じるのも、感じ取っているが、動かない。
時が止まったようだった男が、初めて動きを見せた。伏せていた目を開く。組んでいた腕を解き、背負っていた剣を下ろす。鋼に輝く大剣を眺め、そしてそれに浮かぶ緋色の文字列を見つめた。
地響きが聞こえる。何かが近づいてくる気配を感じる。
男の後ろに控えていた、わずか千人足らずの軍隊が口を開いた。
男が頷く。向かい来る何万の軍勢を前に、怖気づくことなく両手を大きく振る。
進め、と。
∽
世界歴1659年、初冬の国境戦より、小王国に過ぎなかったこの国は目覚ましいまでの発展を遂げた。
それと同時に、世界中で“元素で構成された物質”とは違う、未知の物質が観測された。
そして世界歴1720年、現在――――
世界は、かつては夢物語だと笑っていた、魔法によって支配されている。