第9話 ラーフの化身
シュティの村人たちは考える。
十数年前の襲撃も今回の襲撃もなぜ自分たちばかりが酷い目に合うのか。
しかし前の襲撃でも冒険者たちは果敢に立ち向かってくれた。
今回でも冒険者であるエルシアが一人で戦ってくれた。
透は冒険者に対する信頼は高めたと言える。
一部の地域では冒険者はその力を持って暴れたりもしており、嫌悪の目で見られることもあるのだが少なくともここでは違った。
エルシアの行動も悪魔のような所業ではなく、神の使いのような目で見つめていた。
ブラウスは傷ついているものの体に傷らしい傷もなく、返り血もないことがそれを加速させていた。
透は未だ知らないが、透にとってやはりゲームか、という感じだったのだが普通の場合には異なるのだ。
戦いを終え、村の中で剣を背に眠るエルシアに毛布をかけ、拝むようにその姿を見つめる。
家々をモンスターによって壊されたが命があればいくらでも作り直せる。
その生命を守ってくれたエルシアはシュティの村では語り継がれることとなるだろう。守護神のような存在として。
エルシアを見守る一部の人をのぞいて、シュティの人々は後片付けを始めた。
モンスターからドロップしたものを透に渡すために集める人たち。
壊された家を片付ける人たち。
再びの襲撃を警戒して村の周りを見まわる人たち。
透の知らないところですでに村は復興を開始していた。
透はそんな中、相変わらず剣を背に眠っていた。
村人は時折、作業を止めてその姿を見に来る。
エルシアを心配し、安心感を得るために。
昼過ぎになって透はようやく目が覚めた。
体の節々が痛いが、動かないほどではない。
剣を杖のようにして立ち上がる。体から毛布が滑り落ちて、誰かが掛けてくれていたことを知る。
ありがたかった。
透が起きたことに最初に気がついたのは、ずっとそばについていたウーリスだった。
「おはようございます、エルシアさん」
「もう大丈夫?」
再びの襲撃を警戒して透は尋ねる。
「それはこちらのセリフですよぉ。あんな無茶をして」
透はそれに苦笑を浮かべるしかない。
いろいろなところがゲームと変わらないがNPCといえど人は人、命は命である。
自分の強さを知っているだけにやらなければやらないことはやる。
それだけだった。
「エルシアさんはラーフ神の使いだったんですか?」
「ラーフ?」
「あそこまで戦えるなんて、ラーフ神の化身としか思えないってみんな話していますよぉ」
ラーフ神。
ゲームでは戦士の神だった。
戦士となるにはラーフ神の神殿へ行かなければならない。
そこで神託を受け戦士という職業となる。
神域に行けばラーフ神とも直接会うこともできるが、透にとってはただのNPCだった。
「いや、たしかにラーフ神の神託で戦士にはなったけど、化身とかそういうものじゃないよ」
「やっぱり神託は受けたんですね」
ウーリスは拝むように透に膝まずく。
「いやいや、そんなことをしないでください。冒険者で戦士なら誰でも受けるものだから」
そんな話をしている間にも村人たちが集まってきて、やはりウーリスと同じように拝み始める。
「やめてください、そんなことは」
透が慌てて言っても村人たちがやめる様子はない。
エルシアの戦いぶりを見ていた村人にとってはまるで神話に伝えられるラーフ神の戦いのようだったからだ。
神話では悪魔たちの神であるベルフ神が他の神々に対し、悪魔たちを率いて戦いを挑んだことがあり、そのとき他の神を先導し最前線で戦ったのがラーフ神であった。ラーフ神は大量の悪魔たちに囲まれても戦意を落とさず戦い続けたという。
ベルフ神は地下深くに追い込まれ、ゲームでは死ぬとベルフ神のもとに送られてから生き返るという、いわば閻魔のような存在となっていた。
冒険者が戦士という職業になる際にラーフ神の神託を受ける必要はあることは村人たちも知っているが、それでもあの戦いは神話を彷彿させるに十分であり、エルシアがうけた神託は普通の冒険者のものとは異なったものだったと思っていた。
まあ実際にゲーム上での神託とNPCの神託とでは異なるといえば異なるのだが、透にとっては同じものだという認識がある。
モンスターにしても数が多くて疲れはしたが、それだけのことである。
守る戦いはゲームでも戦士の重要な役割であり、戦闘開始こそ驚いたが初期段階では範囲攻撃が可能な魔法使いがいれば楽なのになぁ、などと考える余裕もあったぐらいだ。
やめるようにお願いしてもやめてくれない村人たちに透はもう諦めるしかなかった。
小一時間ほどしてようやく透は拝み地獄から解放されることとなったが、続くのはその恩恵をと子供をつれてくる親たちだった。
透はその子どもたちの頭を撫でてあげる。
子供たちは無邪気なもので、英雄が目の前にいると騒ぎ、頭をなでられると嬉しがっていた。
親たちも頭を下げつつ子どもを連れて家へと向かっていった。
残ったのは透とウーリス、ドルークだけだった。
ドルークは大量の毛皮を抱えており、その横にも大量の銀貨や金貨が置かれていた。
モンスターからドロップしたものらしい。
倒した数が半端ではないので、ドロップ品も半端じゃない。
「エルシアさん、こちらをどうぞ」
そうドルークは促してくる。
透は頭を抱えた。
(こんなモノ貰っても……)
透は十分すぎるほどのお金は持っているし、毛皮なんかは森に入り込めば簡単に手に入る。
「いえ、それはこの村の復興に使ってください」
透はそう決めた。
「そういうわけにもいきません。これはエルシアさんが倒して手に入れたものです」
ドルークもウーリスも、そしておそらく村人たちもそれらは全て透に渡さなければならないと考えているのだ。
(どうしよう……そうだ!)
「ではこうしましょう。私は行かなければならない場所があります。その為にも名を上げなければなりません。これからどんどん名を上げていくつもりですがこの村に訪れた人に私がいた事を伝えてください。その代金としてそれは受け取ってください」
そう透は伝えた。
透としては逆にさらなるお金を与えてでも名前を伝えて欲しいところである。
「そんなことでは恩返しにはなりませんよ。おそらく誰かが来るたびにエルシアさんのことは話すことになるでしょうから」
ドルークは苦笑する。
「いえ、これは重要なことなんです。確実に伝えてもらわなければなりませんので」
透としてもこれは引き下がれないところである。ランク11ではできないことをやってのけた冒険者の名前が伝われば、同じようにこの世界に来た人と出会える可能性が高くなる。
もう一人同じレベル99の人間がいれば深層へ潜ることも容易く、神域へも行けるだろう。
透のその剣幕にドルークも引き下がるを得なくなった。
「わかりました。これは預かっておきます。誰かが来るたびに伝え、その証拠とします」
「いや、それは盗賊に狙われる可能性が高くなりますから、村の復興と拡張に使ってください。それだけあれば十分にできるのではありませんか?」
「たしかに残しておいては危険ですね……。ではこの村を大きくしてエルシアさんのことを大きく伝えられるようにします。それでいいのですか?」
村が大きくなれば伝わる速度も早くなる。
「ええ、それでお願いします。私が行かなければならないところは名を上げたその先にありますので」
「それはラーフ神?」
ウーリスが尋ねてくる。
「そうかも知れませんし、そうではないかも知れません。今のところはわかりませんが、少なくともラーフ神にも会わなければならないと思います」
「そうですか、ではこれはラーフ神からの贈り物と思って受け取らせていただきますね。そしてラーフ神の化身が現れたとエルシアさんのことを伝えることにしますね」
ドルークはまだ納得していないような顔だったが、ウーリスは微笑みながら受け取ることを決めたようだった。
「化身というのはやめてほしいですけどね」
透は苦笑しながら答えた。
「決まったところで私は出発しますね」
「え、もう行かれるのですか?」
「ええ、少しでも早くミールへ行き、先ほど言ったように名を上げていかないとなりませんので」
「そうですかぁ、それじゃ引き止めるわけにもいきませんね。宴会の続きが出来る状態でもありませんし」
「はい、また来たときの楽しみにしていますよ」
透は微笑みつつ答えた。
そして集会所に向かうとラビリンスメイルを装備する。
集会所から出るとそこには村人たちが集まっていた。
見送ってくれるようだ。
「またぜひ来て下さい」
「次に来たときには村を大きくして驚かせてみせますよ」
「今度は飲み比べをしましょう」
等々、村人たちは透が見えなくなるまで手を振り、大声で叫んでいた。
透はシュティの村を出発し、改めてミールへ向かうのだった。