第15話 シュベル
予定していた1週間が過ぎ、それなりの加護付き武器防具、ワニの革鎧が出回り始めた。
地下3階で戦い始めるものも多く出始めて、地下4階へと進むものもそう時間がかからないだろうとされている。
地下3階の試練を乗り越えることが出来れば、地下6階までもすぐに行くことが出来るようになる。地下3階を超えられるかどうかが地下墓地の特徴だった。
ちなみに次の試練とも言えるのは地下55階、この階から上級魔法を使ってくるモンスターが登場する。地下墓地では中級魔法を使ってくるモンスターがいないため、上級魔法を使ってくるモンスターが出始めるところまでは比較的安全なのだった。とはいえ、そこまでたどり着くにはレベル60以上が必要となる。今の冒険者たちには遠い話でもあった。
そんな中、透はミールを離れシュベルへと向かうことにした。
上手く武器屋と防具屋が依頼を出していてくれたためエルシアとしてのランクは24となっていた。ミールを離れる際にはダニス達が「この武器を必ず使いこなし追いついて見せる」といって見送ってくれた。
シュペル。
シュベルは海に面した港街だ。
交易で栄えており、多種多様な品々が扱われる。ミールとは違った意味でしかも良い意味で混沌としている。多数の船が常に出入りし、人々がごった返し、商品をが飛び交う。
そしてシュベルには二つのダンジョンがある。
一つは海生生物が変異したモンスターが居るダンジョン。
正確には島というべきか。島の外側から内側へと道が繋がっており、島の中央へ近づくにつれモンスターのレベルが高くなっていく。
もう一つは悪魔が住み着いているダンジョン。
ここはかって神々の戦争の際にベルフ神の配下だった悪魔が封印されている。
透が此処へ来たのは、やがて来るであろう中級者へ向けての武器や防具を集めるためだった。
透がまず向かうのは島の方だ。
漁師たちに話を聞いてみると、島付近は魚がよく取れるものの、モンスターの出現率が高く誰も近づかなくなっているとのことだった。
透が行きたい旨を伝えても色よい返事がもらえるわけもなく、逆に行かないように諭されるだけだった。
だがひとりだけ連れていってくれるという漁師がいた。
「本当にいいんだな?」
「ええ、2週間後に迎えに来てください。もしその時にいなければ死んだものと判断してもらって構いません」
「ランク24と、聞いたことのないようなとてつもない強さを持っているんだ、大丈夫な気もするが、わかった。そうさせてもらうよ」
ランク24になっていたのが効いたようだった。
透は2週間分の食料と水を用意すると船に乗り込むこととなった。
船は小ぶりではあったが頑丈な作りになっており対モンスター対策として舷側に逆落しのような感じのものが施されていた。
「帰りはもう少し大きい船出来てもらえるとありがたいですね」
透のその言葉に船乗り-ジョハンと名乗った-は苦笑する。
「ほんとうに生きて帰ってくるつもりなんだな。いままであそこへ行って這々の体で帰ってきたものはいても、財宝とかを手に入れてきたものはいないぞ」
「多分、大丈夫でしょう。それよりも持ち帰ることができずに帰るはめになることのほうがもったいないですよ」
「わかった、それなりの船を用意して迎えに行くことにするよ。死ぬんじゃねぇぞ」
そんな会話がなされて透は島に降り立つこととなった。
島はゲームでは感じ取れなかった暑さがあった。
透は行ったことはないが、知識として知っている熱帯雨林のようだと感じた。
まずは宿営地の設置、と買い込んできたテントを張り食料や水を運び込む。
それらが終わるとまずは腕試しとしてボスモンスターのところへ向かう。
多分余裕で倒せるはずだが念のためソウルメイルを装備していく。
途中の雑魚は適当に倒しながら進んでいく。
ここのボスモンスターは巨大な魚だ。
しかも陸上で暴れまわっている不思議な魚だ。
透はボスモンスターを見つけると素早く近づき、麻痺スキルをかけアスカロンで切り裂く。
予想通り一撃では死なないが、ボスモンスターの麻痺が解ける前には倒すことができた。
レアドロップ品はなし…………。
まあ、そんなものか、と苦笑して倒している間に近寄ってきたモンスターを倒し、宿営地である砂浜へと戻った。
翌日からが本番である。
シュベル沖合いの島の海生生物が変異した理由は今以て分かってはいない。
ただ周辺の海域をおびやかしていることだけ。
しかも一定の海域を離れるとまるで結界があるかのように全く出現しなくなる。
その変異生物たちは人しか襲わないため、島の周域は豊かな漁場となっていた。漁師たちは近づくの恐れながらも、襲われないギリギリのところで猟をするのが常だった。
その境目を見極めることができるようになるかどうかによって、一人前の漁師かどうかを判断するのがシュベルの漁師の常だった。
主に中級者向けの狩場で中央にはボスモンスターもいる。
今の透でも一撃では倒せず、数回の攻撃をする必要があるほどのモンスターだった。普通ならランダムに設定されている属性もこのモンスターは固定されている種類で、ある意味で戦いやすい敵でもあった。
ボスだけのことはありレアドロップ率は高い。ただ惜しむらくは中級者向けの装備だということだろうか。
また中級者以上の武器や防具以外に、ここでは神の加護が付いたアクセサリ類が多数手に入る。もはやレアドロップという程でもないぐらいに。
ゲームとしては単純にダンジョンの一つでしかない。前述のとおりアクセサリ系のレアドロップを落とす場所であった。指輪やイヤリング、ネックレスなど。
それらの加護付きアイテムが手に入りやすいところでもあったため中級者以上の冒険者が集う場所でもあった。
アクセサリ装備は元々が何らかの効果を持っているが、加護付きはそれをさらに増加させるため便利な代物である。
中級者は経験値稼ぎも兼ねてちょうどいい場所でもあったので、地下墓地の後に来るのがこの場所でもあった。
その入口付近にはモンスターが出現しない場所があり、そので同じぐらいのレベルの人とパーティを組む、そうして仲間を増やしていくのが常でもあった。
透が宿営地に選んだ場所もそこであった。
翌朝から透はレアアイテムを求めてモンスター狩りをする。
この島はそれほど広いわけでもないため、アイテムが一定量貯まったら宿営地へ戻り保管する。
毎日の最後にはボスモンスターを倒し、さらなるレアドロップを狙う。
それの繰り返しであった。
繰り返し作業は飽きてくるものでもあるが海に釣り竿をたらすと簡単に普通の海産物が手に入るので、結構楽しく過ごしていた。
モンスターの海生生物の種類が豊富な割に倒すとすぐに消えてしまうため食べることができないという欲求をそれで満たしていた。
1週間後にはそれなりの数のアクセサリ類が揃い、ボスモンスターとその周囲のモンスターだけを狙うことにした。
ボスモンスターは1時間ごとに現れるため、一日に何度も倒すことができる。
現れるまではその付近にいる雑魚モンスターを倒す。
それを3日も繰り返すとようやくボスモンスターからのレアドロップ品であるファルシオンを入手することができた。
透としては感無量な気持ちであった。
もう一本ぐらいはほしいと思いつつも結局、期限までに手に入れることはできなかった。
それでもアクセサリ系は合計で32個とかなりの数が集まっており、十分な数ともいえる。
後はテントを片付けて、漁師が迎えに来るのを待つばかりだった。
しかし漁師が訪れる気配はない。
釣りをして食料品も大丈夫だし、水が湧いている場所もあるから生活には困らないが、迎えが来ないことには集めたアイテムが無駄になる。
それ以前に帰る手段がない。
念のため筏でも作るべきか否か。
そんなことが透の頭の中をよぎる。
作ったことはないが、丸太をつなぎあわせることぐらいならできる。
その状態で剣を櫂替わりにして、境界線まで辿り着けば漁師に出会うこともできるだろう。
そう考えた透は、行動に移す。
宿営地近くの木を剣で切り裂き、蔓を引っ張ってそれで巻きつけていく。
STR201は伊達じゃない。
幾本もの丸太を軽々と持ち上げ浜場へと運び、蔓を根元から引っこ抜く。
ある程度の本数がたまると、それらをきつく縛り上げていく。
その日はそれだけで一日が終わった。
次は帆だ。
櫂だけでは動力としては大したことがない。やはり帆の必要性がある。
帆布ではないがテントが利用出来るだろう。
筏の中央付近に一本の柱を立て、そこから横に柱をつける。
その間に帆を張り、三角帆の完成となる。
この作業には難航しこれだけで一日を費やすこととなった。
見た目も悪いし、どこまで効果があるかはわからないが、とりあえずは大丈夫だろう。
剣だけで作業したとは思えいないような出来である。
それでも完成には違いない。
よっこらせ、と透は筏を持ち上げて海に浮かべる。
そして積荷を船に積み込んでいく。
風は幸い島方向から吹いている。
上手く行けばすぐにでも境界線へとたどり着くことだろう。
しかしそうはうまくいかないのが透の運の悪さかも知れない。
ボスモンスターが襲いかかってきたのだ。
足場は不安定。
しかもモンスターは海の中から飛び上がって襲いかかってくる。
上手く麻痺させれば倒すのも容易だと思われるが、足場にとらわれて思うようにいかない。
何度も繰り返すうちに、筏の端の方が崩れ始める。
それでも少しずつダメージを与えることによりなんとか倒すことには成功した。
レアドロップ品ファルシオンを残して。
運がいいのか悪いのか、正直なんとも言えない透だった。
やがて境界線近くにたどり着くと漁師たちが漁をしているのに遭遇した。
それに便乗させてもらうこととしなんとかシュベルへと帰還を果たす透だった。
話を聞くとあのボスモンスターが出没し始めて、かなり漁がしにくくなっているとか。
「…………」
透は自分が倒しすぎたかも知れないことを思うと、笑うことはできなかった。
おそらく1時間という出現は海から陸上へと移動するまでの時間だったのかも知れない。
ゲームでは単純に1時間ごとの出現でしかなかったが、現実として捉えればそういうことなのだろう。
悪いことをした……、そう透は思う。
送ってくれた漁師のジョハンも帰りの際に襲われて今も療養中とのことだった。
シュベルに戻ったら見舞いと謝罪が必要だろう。
そんなことを考えながらシュベルへの途につくのだった。
シュベルへと帰還した透が最初に向かったのはギルド。
どんな依頼が出ているのかを確認するためだ。
お金自体はどうでもいいがランクを上げるためには依頼をこなすしかない。
ギルドに入り依頼を見ると、加護付きの武器や防具を求む、という依頼が多数見て取れた。
しかも依頼主は冒険者だった。
かなりの金額で依頼が貼られている。
すでにシュベルにもミールでの話が伝わっているのだろう。
冒険者たちは大金を払ってもそのような武防具を手に入れたがっているようだった。
透はそれらの依頼を手に入れたアクセサリ類で一気にこなしていく。
それにより透は一気にランク56へと上がることとなった。
手に入れた武器ファルシオンは武器屋に下ろすつもりだ。
以前と同じように。
しかしそれは武器屋に入った時点で止められることとなった。
スミートの騎士団がちょうど訪れていたためだ。
透が出したファルシオンに目を奪われた騎士たちは、それを見るとぜひ譲ってくれ、いくらでもだすから、と懇願してきた。
それに透は答えた。
「あなた方にこれを使いこなすことができるのならば譲ってもかまいませんよ」
と。
「もちろん使いこなして見せる」
しかしやはり中レベル武器であるファルシオンは平騎士には使いこなすことができなかった。持つことすらおぼつかない騎士たちは悔しさに溢れていた。
「騎士団長ならあるいは使いこなせるかも知れない。呼んでくるから待っていてくれ」
そう言うと騎士のひとりは返事もまたずに勢い良く外へと出て行った。
その様子を見ていた店主は透に話しかけてきた。
「ミールでの話は聞いているよ。信頼できるものに渡せばいいんだろう?」
「話が早くて助かります。騎士団長なら信頼できますか?」
残った騎士たちの目がきつくなるのを気にせずに透は答えた。
「あぁ、人柄も良く使いこなせるなら、今、シュベルにいる中で一番信頼が出来る人物だと思うよ」
「なら、後は使いこなせるか、だけですね」
やがてドタドタとした音と共に一回り大きな騎士がやってきた。
「こんにちは、いや、こんばんは、かな?」
「こんばんは、でしょうか」
「早速で悪いが私にしか使えない剣があると聞いてやってきたのだが、見せてもらえるかな?」
「こちらですよ、騎士団長殿。そちらにいる冒険者のエルシアさんが持ち込んだものです」
騎士団長は透の方を向くと礼をして、剣を見つめる。
「これは…………。試しに振ってみてもいいか?」
「裏に試す場がありますので、そこでどうぞ」
店主が案内が裏を指し示す。
「わかった、試させてもらう」
そう言って騎士団長は移動していく。
透や店長、騎士たちも付き従って裏庭へと向かう。
まずは横に置かれた木に対する袈裟切り。
一刀のもとに斬れる。
「驚いた、これほどのものとは」
透も驚いていた。まさか使いこなせるレベルの人がいるとは思っていなかったからだ。
あとで知るのだが騎士団員のほとんどは冒険者登録をしておらず、冒険者としてのランクでは11が最高峰なのだったが騎士たちではそれを上回るものがいるのだった。
「これは幾らだ、言い値で買おう」
そう騎士団長は店主に告げる。
「いえ、それは今日そちらの冒険者さんから持ち込まれたものですので値段交渉はそちらとしていただいたほうがいいですね」
「そちらの女性が手に入れたのか……。驚いた冒険者でここまでの武器を手に入れるとは聞いたことがない。先程も言ったように良い値で買おう、幾らだ」
「値段は特に設定していません。出来ればその力を民衆のために、そして冒険者達の支援をお願いしたい」
「民衆のために使うのはわかるが、冒険者たちにというのがわからんな」
「今のところ私と肩を並べる冒険者がいません。演習と称して冒険者達とともにダンジョンなどに潜れば冒険者たちも育つことでしょう」
「たしかにそれは一理あるな。だが国の守りはどうなる」
「私が色々と品物を仕入れ、少数精鋭の部隊を作り上げることができるようになれば問題ないのではありませんか?」
「最近、加護付きの武器やアクセサリが出まわると思ったら君だったのか……」
「噂になってましたか?」
「あぁ、十分すぎるほどにな。そういう事であれば平騎士たちの訓練と称して冒険者たちと組ませるのはいい経験かも知れないな。最初から騎士として育ったものは野営とかに慣れていないものもいるからな」
「ええ、お願いします」
「いや、逆にお願いしたいところだ。ところで君は王家に仕官するつもりはないか? 君ほどの腕なら十分に騎士団長クラスになれるとおもうのだが」
「それはやめておきます。今のところは加護付きの武器防具を広めることで精一杯ですよ」
「優先的にこちらに回してもらうということは可能か?」
「依頼としてであれば多少は融通もききますが、民衆に直結するのは冒険者ですので個人としては冒険者を優先的に渡したいですね。治安の問題もありますので最上級のものは騎士団に卸してもそれ以外は冒険者に頑張ってもらおうと思います。目指す先がかなり遠いものですから」
「それは何か聞いてもいいかな?」
「神域、もしくは地獄門の最下層ですね」
「神域!? 地獄門!? そんなところに人が辿りつけるのか?」
「たどり着かなければならないんですよ。私にとっては。一人では無理でも複数人であれば可能だと考えています。ただし先程のように肩を並べるぐらいのランクがなければ無理な話ですけどね」
「そうか、遥な高みを君は目指しているのだな」
苦笑で透は答える。
「ところで、話は戻すがこの剣は私が貰っても構わないのか?」
「ええ、十分に使えているようですから構いません。簡単に手に入るものでもありませんので大事に使ってもらえるとありがたいですね」
「もちろんだとも」
「もう一本は武器屋に預けておきます。使いこなせるような人がいたら渡してあげてください」
そういって透は武器屋を後にして、宿屋へと向かった。