第12話 スコーピオンスレイヤー
地下墓地の入り口には結界が張られている。
しかしそれは鉱山のように入るものを拒むものではなかった。
透がそこへ入ろうとすると声をかけてくる男がいた。
「嬢ちゃん、大した装備だがここがどんなに危険だか分かっているのかい」
「あぁ、それは分かってるつもりだ」
戦いの前の高ぶりからか素の透の言葉が出てくる。
「じゃあ、何もいうことない、行って来い。そして帰ってこい。それだけだ」
「わかった。行ってくる」
そう言い残すと透は地下墓地へと足を進める。
地下墓地の入り口は六芒星で封印されている。当初こそ僧侶たちが作っていたものだろうが、それを永続的に行うために封印の形に石を敷き詰めたのだった。
その中に入ると瘴気が透を襲う。
(なるほど、これが瘴気ってやつか)
本来なら逆の効果を及ぼすはずの瘴気は高ぶっていた透を落ち着かせた。
地下1階、巨大ネズミも巨大ムカデも武器を取ることなく落ち着いて倒しつつ進む。
地下2階、ムカデもネズミもクモも相変わらず瞬殺。
そして地下3階へ。
目の前には傷ついた男の冒険者。もはや息も絶え絶えになっている。
すぐさま透はフルポーションをその冒険者に飲ませる。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、今の薬で怪我が治った。礼を言う」
そう言うと男はすぐに立ち上がりさらに先へと進もうとする。
「おい」
「引き止めるなこの先で仲間が戦っているんだ」
耳を済ませるとたしかに剣戟や魔法の音がする。
透も男の後ろ追いかけて行った。
そこはいくつかの棺桶が周りに配置されている大きな房室だった。剣で巨大サソリと戦う戦士たち、その背後には僧侶が控え傷つく戦士たちを癒し続ける。魔法使いはさらに後方からサソリに攻撃魔法をかける。
3人の戦士と2人の僧侶、2人の魔法使い。かなりうまいコンビネーションで戦っていた。
一進一退だった戦いが、先程の男が再び戦線に戻ったことで形勢はサソリにが不利になっていく。戦士たちがサソリを完全に取り囲み、僧侶はそれぞれ二人だけの回復に専念すし、魔法使いは相変わらず離れた場所から魔法を使う。
透はそれを見守る。
ゲームでは他人のターゲットを取るのはマナー違反だと考えたからだ。未だにゲームの感覚が抜けていない証拠だな、と苦笑する。
やがてサソリは倒れ、幾枚かの金貨とサソリの尾を残して消えていった。
「やったぞ、ついに俺達はやったんだ」
「うんうん、長かった」
「これで金貨500枚は俺達のものだ」
そういった声が冒険者達から聞こえてくる。
「そういえば、デーリス、お前最初にやられていなかったか? いつの間に戦線に戻ってきたんだ?」
戦士の一人がデーリスに尋ねた。
「あぁ、それはあそこにいる人がポーションを俺に飲ませてくれたんだ」
「ポーション!?」
「あんな高いものをか?」
「じゃあ、薬の代金を支払わないとな」
そう言うと一人の男性が透に近づいてきた。
「君がデーリスを助けてくれたんだって? 俺の名はダニスだ。よろしく」
「エルシアだ、よろしく」
「薬の代金を払うよ。吹っかけてくれないと助かるんだが……」
それもそうだろう、ようやく手に入れたお金を台無しにされたくはない。
「気にしなくてもいいですよ。たくさん持っていますし、いい戦いを見せてもらったお礼として」
エルシアのドッグタグを見てダニすは驚く。
「ランク1でここまで来たのか? それは冒険を通り越して無謀だぞ! だがそのおかげで俺達は助かったともいえるし、強く言うことはできないな。で、俺達の戦いはどうだった?」
「すごく連携が取れていて良い戦いだったと思いますよ。特にデーリスさんが戻ってからは完璧な布陣でしたね」
「それがわかるか。ランク1にしてはすごいな、君は」
透にとっては当然のことでしかない。敵の周りを取り囲んで後衛に攻撃が向かないようにする。常に指弾を打ち続けて敵の的を魔法使いに向かないようにしている様子も見て取れた。
「それじゃあ、これから依頼を受けて報奨をもらいに行くんですね」
「あぁ、君も一緒に行かないかい? 地上までは護衛するよ」
「いえ、私はここでやることがあるので」
「さっき見ていたとおりここは危険だよ」
それに苦笑いで答える。
「行かなければならない理由があるのかい?」
「そうですね。直接的ではないけど理由はありますね」
「本当に危険だから強引にでも止めるべきなんだろうけど、無理みたいだね」
「ええ、そうしてくれると助かります」
「わかった」
ダニスは首肯すると仲間たちのもとへと戻っていった。
(そういえばゲームではフルポーションって10,000金貨程度だったよなぁ。その支払をとか請求したらどうなるんだろう?)
そんな意地悪を透は思いついていたが、ダニスが他のみんなを説得している隙に奥へと足を進め地下4階へと降りて行った。
地下4階では魔法を使うクモとムカデ、サソリがいる。
さらにはゲームで最も嫌われた巨大ゴキブリが出現し始める。
それらも透は素手で瞬殺する。ゴキブリは出来る限り触らないように……。
(戦いやすいのは6階だったかな。広い一部屋で見渡しが良く、湧く数も多い)
透がそんなことを考えている間、デーリスやダニスたちはパーティの女性陣から非難の嵐を受けていた。
地下墓地の地下6階。
モンスターは地下へ潜るごとに巨大化、凶暴化、魔法使用、魔法耐性、さらなる巨大化というように変化していく。これが5階ごとにモンスターが5階ごとに変わっていく理由である。
6階での透の狙いはさらに大きくなった巨大サソリ。毒液は飛ばす、魔法は使う、魔法耐性といった危険な場所だった。
だが使ってくる毒も透にとっては初歩的な物、すなわち自己治癒力を下回るものでしかなく、魔法についても同様だった。魔法耐性についても魔法を使わない透には関係がない。
新しいモンスターとして4階から現れる巨大ゴキブリ、5階から現れる巨大ヘビ、6階から現れるスケルトンがいる。
さらにここは見晴らしも良くモンスターが隠れる場所もない。そしてその全てがアクティブモンスターで絶好の狩場だった。
レアドロップ品を落とし始めるのがこの階からで、ゲームでは人が絶えない場所でもあった。
ここまで来れば先程の人たちが追いついてくることもないし、安心して狩れる。
透が持っている主に戦闘で使用するスキルは5種類。
前方にカマイタチを発生させて切り裂くウィングブレード。
剣を振り回して周りの敵を一掃するトルネードブレード。
敵の注意を引きつける指弾。
そして四連撃。
四連撃は斬り下ろし、斬り上げ、斬り払い、突きと一連の動作で行う技だ
最後の一つが相手を麻痺させる技である。
相手の神経のツボを的確に突き一定時間行動を不能にさせる技である。
それ以外のスキルは武具修理、セルフヒーリング(MPが低くINTも低いので大した効果はない)、アイテム鑑定、片手剣マスタリー、両手剣マスタリー程度だ。
相手の武器を壊す技などもあるがめったに使用することはない。武器を持つモンスターが少ないためだ。対人戦ではかなり影響があった記憶がある。
戦士としては十分だが魔法使いや僧侶などを見るとスキルの少なさに一種のあこがれを抱くことはあった。しかし盾となることを常とする戦士が透には性にあっていた。
透はアスカロンを装備し5階に降りるといきなりスケルトンが襲いかかってきた。
ちょっと焦りはしたが、ウィングブレードで一閃する。
スケルトンの後方からはわらわらとモンスターが透に向かってくるのが見えた。
透はそれに向かって突き進み剣を振るう。
ほぼ一撃でそれらのモンスターは消えていく。
しかしモンスターの数は減る様子が見えないので不思議に思った透は少し下がって様子を見ることにした。
それでわかったことがモンスターの出現方法だった。
モンスターは異空間というのだろうか、霞が実体化するようにしてどこからともなく出現してきていた。本当に「沸く」という感じだった。
(これがゲーム仕様ということか。まあ丁度いい、いくら狩っても問題ない)
シュティの村のように防衛戦というわけでもない。
移動しながら戦えるのでドロップ品に足をとられることを気にしなくてもいい。
透に気がついていないモンスターにも指弾を当てこちらに向けさせる。
小一時間もした頃には、そこらじゅうにドロップ品が転がっている状態となった。
「そろそろ拾わないと足を掬われるな」
そう独り言をつぶやくと、モンスターを避けながらドロップ品を集めていく。
全てのパラメータをSTRに振っていてもこのあたりのモンスターを避けられないほどの速度ではない。
同じドロップ品はアイテム枠では一つで済むのが助かる。サソリの尾、ゴキブリの触覚、蛇の皮、スケルトンの骨が結構な数でアイテム枠内に入っていく。
レアドロップ品である魔法の加護付き武器も2個あった。一つはロングソード、一つはレイピアだ。
「こんなものか」
集め終わると一旦戻ることにし、モンスターを避けながら上への階段を登っていった。
外に出るとすでに夕刻となっており、空が赤くなっていた。
「無事帰ってきたんだな。無茶をしそうに見えたんだがそうでもなかったみたいだな」
そこには地下墓地に入る前に声をかけてきた男がいた。
「ええ、大丈夫でした」
「何匹ぐらいネズミを倒せたよ? 結構な時間潜っていたんだからそれなりの数だろうがな」
「ネズミとは戦っていませんね。サソリとかスケルトンとかですよ」
「なっ、サソリ!? スケルトン!?」
「そうですよ、地下6階で戦ってました」
「…………冗談はやめろよ。昼前に最強と呼ばれるパーティがやっと1匹のサソリを倒してきたんだぜ? 嬢ちゃんにはムリムリ」
「これが証拠ですよ」
透はサソリの尾とスケルトンの骨を懐から取り出すようにしてアイテム枠から一つずつ取り出して、男に見せた。
「おいおいおい、本当なのか? たしかにあのパーティが持ってきたサソリの尾と同じものだ……。嬢ちゃん本当に潜ってきたんだな?」
「理解していただけました?」
透は微笑みながら答えた。
そしてさらに続く言葉に男は驚くことになる。
「明日はさらに地下深くに潜る予定です。このぐらいで驚かれたら困りますよ」
男はもはや声が出せなかった。
透はそれを見届けると武器屋に向かうことにした。
魔法の加護付き武器を渡すためだ。
街の中を通り、武器屋を目指す。
「そんな防具は役に立たねぇぞ、飾りなら飾りで部屋にでも置いておけ」
それが武器屋に入った透にかけられた第一声だった。
透はそれに苦笑し、手に入れた武器を見せる。
その途端、店主は目の色を変える。
「どこで手に入れた、これを」
「地下墓地の6階ですよ」
「6階……その防具は伊達じゃないってことか?」
「そのつもりです」
「で、これをいくらで売るつもりで来たんだ?」
「いえ、これは売りに来たのではなく渡しに来ました」
売るのではなく渡す。
それに意味がある。
「店主がこの武器にふさわしいと思った人に安い値段で売ってください。それが渡す条件です」
「暴利をむさぼるかも知れないぞ?」
「もしそんな噂が聞こえてきたら次からは別の武器屋に行くようにするだけですよ」
店主は透の真意を確かめるようにしたあと答えた。
「わかった、ふさわしいと思える冒険者には心あたりがある。そいつに渡すようにしよう。その代わり次も手に入れたら持ってきてくれるな?」
「条件が守られる限り」
透のその言葉に店主はまかせろ、と胸を叩いて答えた。
「あぁ、あとその人に伝えてください。『追いついてきてくれ』と」
「そうだな、今のあんたに肩を並べることができるやつを俺は知らねえ。伝えておくよ」
「では、失礼します」
「あぁ、またな」
その言葉を聞きながら透は店を後にしてギルドへと向かった。
ギルドでは外にまで響くような騒ぎが起こっていた。
ついにサソリの針を手に入れる冒険者が出たからだ。
透はそんな中に入っていくことになった。
「これで、解毒剤が作れます。ありがとうございます、ありがとうございます」
低頭し、何度も感謝を捧げるローブ姿の男の姿がそこにあった。
ローブの男の前には地下墓地で出会ったデーリスたちがいる。
(あぁ、あれが依頼主だったのか。しかし解毒剤? 店で売っている解毒剤じゃだめなのか?)
この世界の相場では安いとはいえないが、ゲームでは金貨500枚もするものではなかったはずだ。
透はその疑問を解決するために低頭する男に話しかけた。
「そのサソリの尾でどんな解毒剤を作るんですか?」
「あぁ、あんた、あのときの」
答えたのはデーリスだった。
「あの時は助かったぜ。おかげでたんまり金も手に入ったし、子供たちも助かる。いいこと尽くめだ」
「子供たち?」
「知らなかったのか? 亡者の襲来で瘴気を浴びた親から生まれる子どもは生まれつき病弱でサソリの針から作る解毒薬じゃないと助からないって言われているんだ」
「そうなんです。本当は国が騎士団を派遣してくれれば何とかなったのかも知れませんが、騎士団も各地の騒動を収めるのに必死でこの件では動いてくれなかったんです」
低頭していた男がデーリスの言葉を補足する。
「そういう事なら、これも使ってください」
透は今日手に入れたサソリの尾24本全部を取り出してその男に渡した。
沈黙がその場を支配する。
「スコーピオンスレイヤー…………」
そんな中、誰かの口からこぼれたその言葉は瞬く間にその場に広がっていった。
これ以後透はスコーピオンスレイヤー・エルシアと呼ばれることとなる。