第10話 ドレス?
シュティの村を出発して半日。
街道が分かれている場所に出くわした。
「ここで間違えたのか……」
シュティの村をでたのが昼過ぎだったこともあり、すでに夜は更けようとしていた。
透はここで野宿をすることにし薪を集める。
ついでとばかり看板を建てることにした。
『ロックウッド』、『シュティ』、『ミール』と書き、シュティの村がわかるようにだ。
これでシュティの村に行く人も増えるだろうと。
それを終えると武具修理スキルでブラウスの修理をし始める。
かなりぼろになっているけど、よく考えればこのぼろさで戦っていたのはドラクロアのフランス革命の絵で自分が自由の女神役みたいだったわけか。
それなら拝むのもわかる気がする。
女としてはどうかと思うが……。
そんなことを考えながらブラウスを直していった。
鉱山でも確認したが透は自分自身の、いやエルシアの体のスペックの高さを再認識していた。
もとの透であればあんな戦いはできない。
あのときはとっさに取った行動だったが今更ながらにゾッとする。
良いことなのか悪いことなのか。
だがここで生きていくには良いことなのだろうと考える。
(生きていく? いや、俺は帰らなければならないんだ。元の世界に)
いつの間にかこの世界に馴染み始めた自分自身を嫌悪してしまった。
「神と会う方法は二つ、神域に行くか地獄門に行くか、か」
地獄門。
それはベルフ神のいるところだ。
途中には多数の悪魔がいて、レベル99でもかなり厳しい。
いや、一人ではほぼ無理だ。
だが地獄門は経験値を貯めなくても行くことができる。
そんなことを考えながら透は眠りについた。
翌日から歩きに歩いて、ミールへと向かう。
途中でのモンスターを倒してはドロップ品だがお金も不思議だ。財布にいくらでも入るのに重さがない。ドロップ品には重さがある。STR201の透にはほぼ関係ないがお金のもさがないというのはありがたいように思う。
この世界で使われているのは主に金貨と銀貨。
金貨はデュカート、銀貨はグロッソと言うのが正式なな呼び方だ。
1デュカート=10グロッソ。
だが大抵の人は金貨、銀貨と呼ぶ。
一時期、国ごとに呼び名があり、金や銀の含有率が異なったためややこしくなったためだ。それらが国同士の取り決めで統一された。
おかげで両替商という職業がなくなり失業率が少しだけ上がったのは皮肉な話だ。
とまあ、そういうことで人々は金貨、銀貨としか呼ばなくなった。
さらにそれ以外にもグロッソのさらに下の価値である銅貨もある。
それはともかく透の度は順調に進んでいく。
途中でロックウッドへ向かう馬車とすれ違うが、ミールまで後数日というところでもあったので、乗せてもらうことはしなかった。
やがて透はミールに到着する。
まずは宿屋の確保と衣服の確保。
そして銀行へ行って鉱山で使用したフルポーションの補充も行う。
その後は通常の衣服がブラウス1着だけというのは女の体の今となっては問題があると思ったからだ。
これが一番困った。
女性用の服など元の世界でもしたことがない。
衣料店に入って困っていると店員が声をかけてきた。
「よろしければ、コーディネイトしましょうか?」
「ええ、お願いします」
幸いとばかり、透はすぐ答えた。
店員は採寸を取りますのであちらへどうぞ、と女性店員の方を促す。
女性店員に連れられて透は個室へと案内させられる。
そこで下着姿となり採寸が計られる。
バスト、ウェスト、ヒップと自分のサイズが分かっていくのは透にとって恥ずかしいものでもあったが、自分がいいポーションをしていることだけはわかった。
STRが高いにもかかわらず筋骨隆々ではない。
やはりゲーム仕様だからだろうか。
採寸が計られ再びブラウスを着て外に出ると、外ではいくつかの服を用意して店員が待っていた。
用意されていたのはペティコートやバタデコーラなどのスカートとそれに合わせた服、どこかの舞踏会できるようなドレスだった。色も髪の色に合わせた紫系から赤や青、刺繍の入った手のこんだものまであった。
透は自分の頬がひきつっているのを自覚するほど焦ってしまった。
たしかに今は女だしスカートを履くのもおかしくはない。逆にズボンのほうがおかしいともいえる。
笑顔で店員に試着を促されると透は断りきれず、いくつか試着するはめになった。
そして気がついたときには2着を購入し、店の店員に笑顔で送り出されるところだった。
結局購入したのは花の模様入りのバタデコーラとたくさんの刺繍が施されたドレスだった。
「どこで着るんだよ、こんな服……」
ぶつくさとつぶやきながら透は宿屋へと向かった。
宿屋へ向かう途上には露天が多数あり、色々美味しそうな匂いが漂ってくる。
透はそれらの店をひやかし、時には購入しながら歩いて行った。
透は金貨や銀貨は持っていても銅貨は持っていなかったが、銀貨で問題なく購入することができた。
お釣りを見る限り銀貨1=銅貨10ということを透は初めて知ることとなった。
串焼き1本1銅貨、ドレス1着120金貨…………。
透の経済感覚は完全に麻痺していた。
透は入った服飾店が高級服のみを扱っていることを知らなかった。
宿屋に着いたときにはすでに夕方近くになっており、1階の食堂兼酒場はたくさんの人で賑わっていた。
冒険者たちもたくさん居たが、ラビリンスメイルを装備するエルシアの姿は異彩を放っていた。
剣を仕舞っていなかったらもっと驚いて見られたことだろう。
透がカウンターへ歩いて行くと途中の人は道を開けていく。
女将も少し引いていたが、以前に泊まっていたことを思い出した。
「い、いらっしゃい。また来てくれたんだね」
なんとか声を出す。
「ええ、今度は少し長期間になると思いますが、部屋は空いていますか?」
「あぁ、大丈夫だよ。どのぐらいの期間になるね?」
透の普通の対応を見て、荒れくれものに慣れている女将はようやく普通の対応ができるようになった。
「とりあえずは1週間。それ以降はその時に考えます」
「あいよ、205号室が空いているからそこを使っておくれ」
そう言って透に鍵を渡してくる。
「食事はどうするね?」
「朝食だけはお願いします。夕食はその時次第でお願いするかと思います」
「あいよ、今晩はどうする?」
「今日はここで食事をお願いします」
「そんじゃ、そこら辺に座ってておくれ。すぐに持ってくるから」
周りはエルシアのことをささやき交わしているが、それに気づかない透は適当に空いている席につき食事を待った。
しばらくして食事を運んできた女将に礼を言い、食事をする。
(やはり温かい料理は美味しい)
透は笑顔で食事をしていたが、周りはその笑顔が消えないように祈っているものまでいる始末だった。
食事を終えると、透は指定された部屋へ入ると鎧を脱いで楽な姿になってベッドへ飛び込んだ。