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第9話:再始動、磨き上げられた「絶望」

「……あー、テステス。聞こえてるか、お前ら。……よし。ノイズ、なし。ラグ、なし。……準備、完了だ」


 深夜2時。

 昨日、怒号と共に配信を強制終了させた「あの日」と同じ時間。

 綴は、新調した高性能コンデンサーマイクに向かって、静かに、しかし決意の籠もった声を放った。

 画面右側のコメント欄。同接は配信開始からわずか3分で3万人を突破していた。

 だが、昨日のような罵声や、赤スパチャによる意見の押し付け合いは、そこにはなかった。


【コメント欄】

::待機。

::綴、おかえり。

::昨日はごめん。

::正座して待ってた。

:[軍師]:……。

:[剣呑]:……。

:[ござる]:「拙者も、一晩中、滝に打たれる思いで反省したでござる……。綴殿、準備はできているでござるよ」


「……おう。全員、揃ってるな。

 昨日は俺も言い過ぎた。……だが、今日からまた始めるぞ。

 『せいまも』第7話……その、本当の『絶望』の形を、俺たち全員で見つけ出すんだ」


 綴がマウスを操作し、ブラウザで『なれ』の執筆画面と、自身のメモ帳を画面中央に並べる。

 昨日の混乱の種だった「犬耳案」や「過剰な萌え要素」は、すでに綴の頭の中で昇華されていた。


「まずは、昨日の懸念点だ。

 エレオノーラに『犬耳を生やせ』ってアンケートが58%だったな。

 ……あれを、どう物語に組み込むか、俺は一晩中考えた。

 単なる萌え要素として出すなら、俺はこの小説を今すぐ消す。

 ……だが、もしそれが『聖女による、徹底的な人間性の剥奪』だとしたら、どうだ?」


 綴の言葉に、コメント欄が一瞬で「考察モード」に切り替わる。


【コメント欄】

:[軍師]:……ほう。なるほどな。

:[軍師]:幻覚魔法で無理やり獣の特徴を付与し、高貴な氷の女王を『家畜』として民衆の前に晒す……ということか。

:[剣呑]:それだ。それなら文句はねぇ。

:[剣呑]:可愛いとか萌えとかじゃねぇ。それは『辱め』だ。最高じゃねぇか。

::考察勢A:うわ、エグ……。聖女、マジで性格終わってる。

::なれ専読者:単なるギャグ案を、ここまで重厚な地獄に変えるのかよ。

:[親衛隊]:……わたくし、震えが止まりませんわ。エレオノーラ様が、家畜のように扱われる……。ああ、なんて酷くて、なんて美しいのかしら。


「……よし。方向性は決まった。

 次は、アルベルトの行動だ。

 目の前で『家畜』にされた彼女を見て、彼はどう動く?

 ここで剣を抜いて突撃させるのは、テンプレすぎて面白くないだろ」


 ここからが、真のディベートだった。

 昨日までの「俺の性癖を反映しろ」というエゴのぶつかり合いではない。

 「物語として、どうすれば読者の心を最も深く抉れるか」という、クリエイターとしての共闘だ。


【コメント欄】

:[ポエム]:アルベルトは、動けない。……いや、動かないんだ。

:[ポエム]:今ここで動けば、エレオノーラは『反逆者の共犯』として処刑される。彼は、エレオノーラを救うために、あえてその屈辱を黙って見守るしかない。

:[ござる]:「……ぬう! 忠義ゆえの静観! それはまさに、武士の切腹にも勝る苦しみでござるな!!」

::モブ読者:え、それ辛すぎない? アルベルトの心が壊れちゃうよ……。

::新参1:でも、その後の反撃がめちゃくちゃ熱くなる予感がする。


「……いい案だ。……採用。

 だが、ただ黙って見てるだけじゃ、読者のヘイトが聖女に寄りすぎる。

 アルベルトの『内面の狂気』を一欠片だけ、ここで見せておきたい。

 ……軍師、どう思う?」


【コメント欄】

:[軍師]:……アルベルトに、自らの掌を爪が食い込むほど握り締めさせろ。

:[軍師]:血が滴り落ちているのに、表情一つ変えず、聖女に対して『流石は聖女様、素晴らしい慈愛の魔法です』と……賛辞を贈らせるんだ。

:[剣呑]:――ヒッ、最高だ。吐き気がするほど気持ち悪い忠誠心だぜ。


「……ははっ。……お前ら、マジで最高だわ」


 綴は、狂ったように笑いながら、キーボードを叩き始めた。

 タイピング音だけが、マイクを通じて数万人の耳に届く。

 昨日までの迷いは、もうない。

 画面には、これまで以上に冷徹で、鋭利な文章が刻まれていく。


 【劇中劇:『せいまも』第7話より】


 『――それは、慈愛という名の蹂躙であった。

 聖女リリカルの振るった杖から放たれた光は、エレオノーラの頭上に、醜悪な獣の耳を形作る。


 「あら、お似合いですよ、エレオノーラ様。……まるで、従順な子犬のようですわ」


 聖女の冷ややかな声が、広場に響く。

 民衆は嘲笑い、エレオノーラは屈辱に唇を噛み切り、血を流した。

 その光景を、一歩後ろで見ていたアルベルトは。

 ……彼は、微笑んでいた。

 掌から滴る鮮血を、誰にも悟られぬようマントで隠しながら。


 「……左様でございますな。……流石は聖女様。この国の家畜だれよりも、美しいお姿です」


 その声は、深淵よりも深く、冷たく。

 ……復讐の火を、その瞳の奥に完全に封じ込めていた。』


 綴が文章を書き終え、エンターキーを強く叩くと、コメント欄は一瞬の静寂の後、爆発した。


【コメント欄】

::……。

::鳥肌立った。

::綴、お前、天才かよ……。

::今の、リスナーの意見を全部乗せた上で、想像の斜め上を行きやがった。

:[軍師]:……100点だ。文句の付けようがない。

:[剣呑]:これだ。俺が見たかったのは、この『絶望』だ。

:[親衛隊]:【¥50,000】……先生。わたくし、もう貴方以外の物語では満足できませんわ。

:[ござる]:「【¥10,000】感服つかまつった! 拙者、この小説のために一生を捧げるでござるよ!!」


「……ふぅ。……まだ終わってねーよ。

 ここから、聖女の次の『一手』を考えなきゃならねえんだ。

 ……お前ら、夜明けまで付き合ってもらうぞ。

 俺たちの『せいまも』が、なろうの歴史を塗り替えるその瞬間までな!!」


 配信開始から5時間。

 東の空が白み始める中、綴と3万人の「共犯者」たちは、一度も足を止めることなく、物語の深淵へと潜り続けた。

 機材も、環境も、リスナーとの関係も。

 すべてが一度壊れ、再構築されたことで、彼らは「真の製作委員会」へと進化したのだ。


 これが、後に『神回』と呼ばれる第7話が誕生した、運命の夜。

 綴の目の前にあるモニターには、もはや一人の人間では決して到達できなかったであろう、

 緻密で、残酷で、あまりにも美しい「物語」が、脈動を始めていた。


「……よし。第7話、脱稿!! 投稿するぞ!!

 ……お前ら、拡散の準備はいいか!!

 ……ネットの海を、また俺たちの色に染めてやれ!!」


【コメント欄】

:[軍師]:言われるまでもない。

:[剣呑]:……いくぞ、お前ら。

:[ござる]:「突撃でござるぅうううう!!」

::共犯者一同:了解!!!!


 クリック一つ。

 放たれた『劇薬』は、昨日を遥かに凌駕する熱量で、世界を侵食し始めた。



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