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第8話:深夜2時の「クーリングオフ」

「……おい、いい加減にしろよ。……お前ら、聞こえてるか?」


 深夜2時30分。

 ミーチュの配信開始から4時間が経過していた。

 画面右側のコメント欄は、もはや「製作会議」の体を成していなかった。


【コメント欄】

::犬耳派:女王の屈辱が見たいんだよ! 綴、書けよ!

::シリアス派:ふざけんな。そんなの『せいまも』じゃない。改悪だ!

::新参1:古参が仕切りすぎててうざいんだけど。

:[剣呑]:新参は黙ってろ。俺たちがここまで押し上げたんだよ。

:[軍師]:……剣呑、言い過ぎだ。だが、新参の安易な萌え豚案は看過できん。

::モブA:【¥10,000】犬耳実装しろおおお!

::モブB:【¥20,000】実装したらブラウザ閉じるわ。


 赤色のスパチャが飛び交い、それすらも「自分の意見を通すための弾丸」として使われている。

 同接は2万人を超え、チャンネル登録者数はついに1万人の大台を突破した。

 だが、綴の表情は、これまでの成功への歓喜ではなく、深い疲労と苛立ちに染まっていた。


「……黙れ。……黙れって言ってんだよ!!」


 綴がマイクを叩くように叫ぶと、一瞬だけコメントの速度が落ちた。


「軍師も、剣呑も、新参も……。

 お前ら、何のためにここに集まってるんだ?

 俺を札束で殴って、自分の理想の操り人形パペットにするためか?

 ……だったら、今すぐその金を返してやるから、消えろ」


【コメント欄】

::……。

:[ござる]:「……綴殿、それは言い過ぎでござる。皆、作品を愛するがゆえに……」


「愛してるなら、物語を殺すような真似はするな!

 ……いいか、今のコメント欄は最低だ。

 犬耳がいいとか、シリアスじゃなきゃ認めないとか……。

 そんなの、ただの『押し付け』だろ。

 俺たちが最初に誓ったのは、何だった?

 世界をあっと言わせる『最高の地獄』を作るんじゃなかったのかよ!!」


 綴は、新調したばかりのゲーミングチェアを激しく鳴らして立ち上がった。

 カメラの向こう、数万人の視線が自分を貫いているのを感じる。

 

「……今のままじゃ、第7話は書けねえ。

 ディベートじゃない。これはただの『戦争』だ。

 ……今日の配信は、ここで終わりだ。

 お前ら、一度頭を冷やせ。俺も冷やす。

 ……落ち着いて、『せいまも』にとって何が一番正しいのか、もう一度考え直してこい」


【コメント欄】

:[軍師]:……。

:[剣呑]:……。

::新参リスナー:……綴。

::モブ読者:……ごめん、熱くなりすぎた。


「……じゃあな。明日の同じ時間に、もう一度やる。

 その時は……また『共犯者』として戻ってこい。

 ……おやすみ」


 【ライブ配信が終了しました】


 プツン、という音と共に、画面が暗転した。

 静まり返った部屋。

 新調したPCのファンの音が、静かに、しかし力強く鳴り続けている。

 綴は机に突っ伏した。

 人気が出るということは、こういうことだ。

 12人の「円卓の騎士」だけだった頃の、あの密室の熱狂は、もう戻らない。

 

「……あー、くそ。……言い過ぎたかな」


 スマホを開くと、ミーチュの通知が止まらない。

 ツブヤイターでは『#せいまも』のタグで、リスナーたちが自省の声を上げ始めていた。


『綴に怒鳴られて、目が覚めた。俺たち、作者を追い詰めすぎてたかも。』

『確かに、自分の性癖を押し付ける場所じゃなかったよな……反省。』

『軍師さんと剣呑さんも、最後は黙ってたな。明日、ちゃんと謝ろう。』


 綴は、少しだけ口角を上げた。

 

「……なんだよ、お前ら。……意外と、物分かりいいじゃねーか」


 一度壊れかけたコミュニティが、綴の一喝によって、より強固な「集団」へと再編されていく。

 「作者とリスナー」という上下関係ではなく、「物語を完成させるための運命共同体」としての絆。

 

 これが、後の『伝説の製作委員会』の礎となる、深夜2時のクーリングオフだった。


 翌日。

 配信開始の通知を出す前に、綴の元へ一通の「円卓の騎士」からのDMが届いた。


『[軍師]:昨日はすまなかった。……次は、最高の提案を持っていく。

 ……覚悟しておけよ、綴』


「……ははっ。望むところだ、天才軍師様」


 綴は、再びキーボードに向き直った。

 嵐の後の静けさの中で、研ぎ澄まされた思考が、次なる「絶望」を紡ぎ出そうとしていた。



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