第7話:カオスの極み、製作委員会(仮)と「赤色の暴動」
「……あー、テステス。聞こえてるか、お前ら。……クソ、またノイズが乗ってやがるな」
配信開始と同時に、俺は安物マイクの端子を指で弾いた。
画面右側のコメント欄は、今日も秒速で流れる濁流だ。同接は安定の1万5千人。
だが、その豪華な数字とは裏腹に、俺の配信環境は限界を迎えていた。
「……おい、綴。お前のアバター、さっきからカクついてるぞ。スライドショーか?」
「ファンの音がうるさすぎて、聖女の台詞がヘリコプターの音にかき消されてるんだがw」
リスナーからの容赦ない指摘。
無理もない。中古で買った3万円のPCで、高画質なL2Dモデルを動かしながら、ブラウザで『なれ』を開き、さらに数万人のコメントを処理しているのだ。
俺のPCは、今まさに親の仇のように熱風を吹き出し、断末魔の叫びを上げていた。
【コメント欄】
:[軍師]:綴、いい加減にしろ。お前のPC、いつ発火してもおかしくないぞ。
:[剣呑]:プロット会議の途中で落ちたら、俺はお前の家を特定して直接続きを書かせに行くからな。
:[ござる]:「ぬおお! 綴殿の動きが残像のようでござる! これぞ忍術……ではなく、単なるスペック不足でござるな!」
::野次馬A:日間1位の作家がボロPCで配信してるとか、夢がねーなw
::新参リスナー:収益化まだなの? スパチャ投げさせろよ。
「……うるせーよ! 収益化なら昨日、ようやく審査のメールが来たんだよ!
でもな、実際に金が入るのは来月なんだ。俺の財布は、今もモヤシ生活なんだよ!!」
俺が叫んだ、その時だった。
画面の中央に、見たこともないほど巨大で派手な通知がポップアップした。
【システム通知:MeTubeパートナープログラムへの登録が完了しました。】
一瞬、俺の思考が停止した。
そして、それを見逃さなかった「騎士」たちが、一斉に動き出した。
【コメント欄】
:[軍師]:――ほう。通ったか。
:[軍師]:お祝いだ。……とっておけ。
【軍師様が¥50,000のスーパーチャットを送信しました:『これでマイクを買え。ノイズは悪だ』】
「……は!? ご、5万!? おい、軍師!! お前、何者だよ!?」
それが、暴動の合図だった。
【コメント欄】
:[剣呑]:負けてられねーな。……おい綴、グラボ新調しろ。
【剣呑様が¥50,000のスーパーチャットを送信しました:『RTX 4090の一枚も積んでねー奴に、地獄は描写できねぇよ』】
:[親衛隊]:あら、殿方たちは下品ですわね。わたくしからは、先生の健康のために。
【親衛隊様が¥50,000のスーパーチャットを送信しました:『高級オフィスチェアを買いなさい。腰を痛めては執筆に障りますわ』】
:[ござる]:「拙者も続くでござる! 和の心、ゲーミング盆栽……は高いから、とりあえずこれでお菓子でも買うでござる!」
【ござる様が¥10,000のスーパーチャットを送信しました:『拙者のへそくり、受けてみよ!』】
画面が赤、青、緑、黄色のスパチャで埋め尽くされ、虹色の噴水のように吹き上がる。
日間1位の爆発力。そして、溜まりに溜まったリスナーたちの「投げ銭欲」が、収益化解禁というトリガーによって一気に決壊したのだ。
「……ま、待て! お前ら! 止まれ!!
画面が見えねえ! 虹色の光で俺のアバターが消えてるぞ!!」
【コメント欄】
::モブA:赤スパ祭りだああああああ!!
::新参B:【¥1,000】お祝い! 聖女もっといじめて!
::なれ専読者:【¥5,000】これでサーバー代の足しにしてくれw
::通りすがり:【¥500】綴、泣くなよw
「……っ、泣いてねーよ!!
……あー、クソ。お前ら、分かったよ。
これだけ貰っちまったら、もう逃げ隠れできねーな」
俺は鼻をすすり、熱を帯びたPCのモニターを強く見つめた。
今この瞬間、俺の「趣味の延長」だった活動は、終わった。
円卓の騎士たちが投じた数十万円の「投資」。
そして、数万人のリスナーが見守る中での、公的な『製作委員会』の成立だ。
「……軍師。お前が送ったパーツリスト、今すぐ注文する。
明後日には、俺の『新生・銀凪綴』を見せてやるよ。
……そして、肝心の第6話の展開だが……」
俺は、震える手でマウスを操作し、プロットのメモを画面に映した。
スパチャの嵐は、いつの間にか熱い議論へと姿を変えていた。
「……今回のテーマは『救いの拒絶』だ。
聖女の差し出した偽りの救済を、アルベルトが踏みにじるシーン……。
そこで新参から『せめてヒロインに犬耳を付けて和ませろ』って意見があったが……」
【コメント欄】
:[軍師]:却下だ。世界観の冒涜だ。
:[剣呑]:綴、お前、そのスパチャで犬耳買うつもりか? 殺すぞ。
:[ござる]:「拙者は……拙者は、少しだけ見てみたい気もするでござるが……!!」
::新参勢:【¥2,000】犬耳アンケート希望! 絶対面白いって!
::犬耳派:【¥500】犬耳! 犬耳!
「……よし、お前ら。……民主主義の力、見せてやるよ。
アンケートだ。……これで決まったら、俺は本気で描写するからな」
【アンケート:エレオノーラに犬耳(幻覚魔法)は必要か?】
[A] 不要。硬派なシリアスを貫け(42%)
[B] 必要。ギャップ萌えこそ至高(58%)
「……は? 58%……?
おい、お前ら! まともな奴はいないのか!?
シリアスな自決寸前のシーンで、氷の女王に犬耳を生やせってのか!?」
【コメント欄】
:[親衛隊]:……あら。わたくし、うっかり[B]を押してしまいましたわ。
:[親衛隊]:ふふ、屈辱に震えるエレオノーラ様に犬耳……。……悪くありませんわ。
「親衛隊、テメー!! エレオノーラ推しじゃなかったのかよ!!」
阿鼻叫喚のコメント欄。
札束が飛び交い、性癖がぶつかり合い、誰もが「俺の考えた最強の物語」を綴に押し付けようとする。
カオス。まさに製作現場は、地獄の様相を呈していた。
だが、俺のタイピングは、これまでになく軽やかだった。
「……いいだろう。犬耳だろうが何だろうが、俺が書けばそれは『呪い』に変わる。
屈辱で耳を垂らす女王、そしてそれを見て鼻で笑う聖女……。
……よし、見えてきた。……最高の第6話、書き上げてやるよぉおおお!!」
新しいマイクも、椅子も、PCも、まだ届いていない。
だが、俺の自室には、確かに「伝説」の熱気が充満していた。
深夜。
虹色に輝くスパチャの残光の中で、銀髪のVは、狂ったように笑いながら、
読者の期待と悪意を、一つの物語へと練り上げていった。
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