第4話:放流された「劇薬」
「――よし。タイトル、あらすじ、タグ設定。全部完了だ」
深夜2時。俺の心臓は、安物のエナジードリンクのカフェインと、得体の知れない高揚感でバクバクと脈打っていた。画面には、小説投稿サイト『小説家になれ』の新規投稿画面。
『乙女ゲーの攻略キャラに転生したが、性格終わってる聖女から悪役令嬢を護ります。』
リスナーたちと罵り合いながら、あえて「なれ」のトレンドを意識しつつ、その内側に俺たちの毒(思想)をたっぷりと詰め込んだタイトルだ。
「……軍師、剣呑、ポエム、親衛隊、ござる。お前ら準備はいいか。俺は、今からこの『劇薬』をネットの海にぶちまけるぞ」
【コメント欄】
:[軍師]:準備完了。各コミュニティの導火線に火は点けてある。
:[剣呑]:綴、お前は黙ってボタンを押せ。あとは俺たちがこの国を『せいまも』色に染めてやるよ。
:[ポエム]:エレオノーラ様の孤独を救えるのは、僕たちの妄執だけだ……。
:[ござる]:「いざ、出陣でござる! 拙者のキーボードが火を吹く時が来たな!」
:[親衛隊]:わたくしたちの『解釈』を世界に見せつけてやりますわよ!
「……ははっ。怖ぇ連中だ。いくぞ。投稿ボタン、ポチっとな!!」
マウスのクリック音が、静寂に包まれた部屋に響いた。俺の人生の歯車が、異音を立てて逆回転を始めた瞬間だった。
投稿から5分
「……ん? おい、なんだ。リロードするたびにPVが100単位で増えてるんだけど。……バグか?」
俺は困惑した。かつての俺なら、1時間待ってようやくPVが「3」増えるかどうかだった。だが今は違う。1分、2分と経つにつれ、アクセス数のグラフが垂直に立ち上がっていく。
【コメント欄】
:[軍師]:ふん、始まったな。俺のまとめサイトで『爆速で伝説になりそうな新人Vの小説がヤバい』って見出しで記事を上げた。今、そこから5000人単位で流れてきてるぞ。
:[ござる]:「拙者も掲示板の『なれ』本スレにてマルチ……否、熱烈な布教を完了! スレの勢いが一気に加速したでござる!」
:[親衛隊]:わたくしも『お嬢様部』のツブヤイターネットワークを駆使して、特定ジャンルのクラスタに爆撃いたしましたわ。
::通りすがりのモブ:まとめから来た。新人Vの小説? 宣伝うぜーよw
::なれ専読者:タイトルに惹かれて見に来たけど、これ……1話から文章の密度おかしくないか?
「お、お前ら、やりすぎだろ!! 工作ってレベルじゃねーぞこれ!!」
【コメント欄】
:[剣呑]:工作じゃねぇよ。『布教』だ。見てろ、ツブヤイターの方がもっとエグいことになってるから。
俺は震える手でスマホを取り出し、ツブヤイターのアイコンをタップした。検索欄に『せいまも』と打ち込む。……そこには、俺の想像を絶する光景が広がっていた。
『この新人、文章力と怨念が同居してて最高にキモい(褒め言葉)』
『聖女リリカルの腹黒さが生々しすぎて吐きそう。でも続きが読みたい』
『銀凪綴ってV、何者? 小説のレベルが底辺のそれじゃないんだが』
秒単位で増え続けるポスト。俺のフォロワー数も、1分ごとに10人、20人と、見たこともない速度で増えていく。
「……おい。……トレンド。……『#せいまも』が15位に入ったぞ。……お前ら、12人しかいないはずだよな? なんで日本中の人間がこのタグ使ってんだよ!!」
【コメント欄】
:[軍師]:12人が同時に、ネットの『燃えやすい場所』に火を放った。
:[軍師]:あとは野次馬たちが勝手にガソリンを注いで回ってるだけだ。これが『拡散』の本質だ。お前の小説が『火種』として十分な熱を持っていたから、こうなったんだよ。
::野次馬A:トレンドから来たけどこれマジ? 聖女がクズすぎて胸クソなんだがw
::古参読者:綴さん、ついに見つかってしまったか……。
::匿名希望:正直、今のなろうで一番尖ってる。このまま突っ走ってほしい。
アバターの銀髪イケメンは、目を見開いて硬直していた。中身の俺も、あまりの事態に全身の毛穴から冷や汗が吹き出している。
アクセス数は、投稿から30分で早くも1万PVを突破。
感想欄には、早くも100件を超える「続きは!?」「作者、生きてるか!?」という怒号が並んでいた。
「……これ、明日どうなるんだ。日間ランキング……1位、狙えるのか……?」
【コメント欄】
:[剣呑]:1位? 綴、お前は何も分かってないな。
:[剣呑]:1位を獲るんじゃない。俺たちは、このサイトのランキングシステムそのものを『破壊』しに来たんだよ。
:[ポエム]:見て、感想欄が『絶望』に飢えた亡者たちで溢れている……。僕たちの選んだ道は間違っていなかったんだ。
:[ござる]:「おおお! 拙者の立てたスレが、なれ運営に目を付けられる勢いで伸びておる! 綴殿、これが武士……いや、ネットの団結力でござる!」
:[親衛隊]:当然の結果ですわ。さぁ、先生。次の展開はどうなさるおつもり? この熱量を冷ますような真似をしたら、わたくし、承知いたしませんわよ。
不敵なリスナーたちのコメント。俺は、自分がとんでもない猛獣たちの檻を開けてしまったのだと、ようやく理解した。
俺が書いたのは、たった1話。
だが、12人の騎士たちが放流したその「劇薬」は、ネットという巨大な神経系を駆け巡り、世界を少しずつ、しかし確実に『せいまも』という狂気で塗り潰し始めていた。
「……あー、くそ。わかったよ。お前らがその気なら、俺も腹を括る」
俺は画面に映る、数えきれないほどの「モブコメント」を睨みつけた。
「最高」「胸クソ」「続きあく」「作者キモい」。
そのすべてが、今の俺にとっては最高のガソリンだ。
「……お前らが火をつけたんだ。……なら、俺は油を注ぎ続けてやるよ! 夜明けまでに第2話、書き上げるぞ!! お前ら、ディベートの準備しろ!! 第2話、さらに絶望を深める案を出せ!!」
【コメント欄】
:[軍師]:よろしい。まずは、聖女リリカルによる『精神的搾取』の具体策から詰めようか。
:[剣呑]:主人公を徹底的に孤立させろ。周りの騎士団も全員敵だ。
:[ござる]:「そこで拙者の考えた『和の様式美による切腹……』」
:[ポエム]:ござるは黙ってて。……綴、女王の瞳に写る、絶望のハイライトを消す描写を入れて。
::モブリスナー:え、待って、配信内で次話の会議してんの? 斬新すぎw
::なれ廃人:これリアタイで設定決まってるのかよw 参加させろ!!
::通りすがり:綴って奴、配信で泣きそうになってるけど文章は鬼だな……。
深夜3時。世界が眠る中、底辺VTuberの小さな自室だけが、異常な熱量で燃え上がっていた。
誰も知らない。この「悪ふざけ」のような夜が、2年後、日本中を熱狂させるアニメの原点になることを。
「……見てろよ世界。これが、俺たちが選んだ……最高の『ざまぁ』の序曲だぁあああ!!」
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