第10話:小説内パート『せいまも:決別の序曲』
「……よし。準備はいいか、共犯者ども。」
深夜3時。ミーチュの配信画面には、これまでのような「設定メモ」ではなく、真っ白な原稿用紙のテクスチャが映し出されていた。
同接はついに4万人を超え、静寂の中に異様な熱気が立ち込めている。
「今から、俺たちがディベートで練り上げた『真の第1話』……その改訂版を、一気に書き上げる。
……茶化すなよ。これは、俺とお前たちの、魂の結晶だ」
【コメント欄】
:[軍師]:……ああ。黙って見ていてやる。
:[剣呑]:お前の指が止まったら、その瞬間に俺が引導を渡してやるよ。
:[ござる]:「……固唾を呑んで、見守るでござる」
::モブA:ガチの執筆モードだ……。
::なれ廃人:呼吸するのも忘れる。
綴は深く息を吐き、キーボードに指を置いた。
もう、迷いはない。
頭の中には、冷酷な聖女、狂った王太子、そして孤独な氷の女王の姿が、鮮明に浮かび上がっている。
『乙女ゲーの攻略キャラに転生したが、性格終わってる聖女から悪役令嬢を護ります。』
第一章:泥に咲く白百合
「――ああ、リリカル様。貴女の瞳は、まるで朝露に濡れた宝石のようだ」
その言葉を口にした瞬間、アルベルトの喉の奥には、焼けた鉄を飲み込んだような激痛が走った。
目の前にいるのは、愛らしい微笑みを浮かべた聖女、リリカル。
だが、アルベルトの視界には、彼女の背後に渦巻くどす黒い悪意と、彼女が放つ「魅了」の悍ましい魔力の奔流が、はっきりと見えていた。
(……反吐が出る。殺してやりたい。今すぐその喉笛を掻き切ってやりたい)
脳内では罵詈雑言が渦を巻く。
だが、アルベルトは魔法の天才だ。
彼は自身の魔力を脳内に固定し、聖女の魅了を強制的に中和し続けている。
もし、今この瞬間にリリカルへの「愛」を否定すれば、彼女は即座に異変に気づくだろう。
そうなれば、彼女の毒牙は、まだ魅了に抗う術を持たない「彼女」へと向かう。
「……嬉しいわ、アルベルト様。貴方だけは、私を理解してくださるのね」
リリカルが、アルベルトの頬に白く細い指を這わせる。
その感触に、アルベルトは全身の毛穴が逆立つような嫌悪感を覚えた。
奥歯を噛み締め、溢れそうになる血の味を飲み込んで、彼はさらに甘く、毒に満ちた声を絞り出す。
「もちろんです。……貴女のためなら、私は神をも裏切りましょう」
その視線の先。
王宮の回廊の隅で、冷徹な仮面を被り、一人佇む公爵令嬢がいた。
エレオノーラ。
氷の女王と揶揄され、婚約者であるマクシミリアン王太子からも疎まれる、孤独な令嬢。
「……見なさいな、アルベルト様。あの方の、あの冷え切った目。
王太子殿下をあんなに困らせて……本当に、可愛くないお方だわ」
リリカルがクスクスと笑う。
その隣で、魅了に当てられたマクシミリアンが、憎々しげにエレオノーラを睨みつけた。
「全くだ! エレオノーラ、貴様のその傲慢な態度には反吐が出る!
リリカルのような慈愛の欠片も持たぬ貴様など、王妃の座に相応しくない!」
王太子の怒声が響く。
エレオノーラは、ただ静かに目を伏せた。
彼女の指先が、微かに震えているのを、アルベルトだけは見逃さなかった。
かつて、ゲームの画面越しに愛した、気高くも悲しい推しキャラ。
(……待っていろ、エレオノーラ。今は、耐えてくれ)
アルベルトは一歩前へ出た。
リリカルの機嫌を損ねぬよう、そして王太子の信頼を繋ぎ止めるために。
彼は、自らの魂を削るような「演技」を上書きする。
「殿下、仰る通りです。……エレオノーラ様、貴女のその態度は、リリカル様の清廉さを汚す。
……目障りだ。今すぐ、我々の前から去れ」
冷酷な言葉。
エレオノーラの瞳に、一瞬だけ、深い悲しみの色が走った。
だが、彼女が踵を返し、誰にも見られぬように回廊を去る際――。
彼女のドレスの裾に、アルベルトが密かに放った「癒やしの微風」が触れた。
王太子の怒鳴り声で傷ついた彼女の心を、僅かばかり温める、誰にも気づかれない魔法。
「……アルベルト。貴方、本当に素敵だわ」
リリカルが満足げに彼の腕に抱きつく。
アルベルトは、内側で血を吐きながら、世界で一番幸せそうな顔で、その悪魔に微笑み返した。
(……護る。この泥沼の中で、俺だけが汚れていればいい。
例え貴女に、世界で一番憎まれる男になったとしても……。
俺は、貴女を絶望の淵から救い出してみせる)
タイピング音が止まる。
画面には、綴が書き上げた入魂の1話が、圧倒的な存在感で鎮座していた。
【コメント欄】
::……。
::言葉が出ない。
:[軍師]:……完璧だ。
:[軍師]:リリカルへの言葉の裏にある『殺意』が、文章の端々から滲み出ている。
:[剣呑]:アルベルト……お前、かっこよすぎるだろ。
:[親衛隊]:【¥100,000】ああ……ああ……!! エレオノーラ様へのあの微風!
:[親衛隊]:先生! 貴方は神ですわ! 救済なき絶望の中の、唯一の光……!!
:[ござる]:「【¥50,000】泣いたでござる。拙者、画面が見えないほど泣いているでござるよ!!」
「……ふぅ。……お前ら。……見ててくれたか」
綴は、椅子に深く沈み込んだ。
同接は驚異の5万人。
コメント欄には、これまでの「工作」を超えた、純粋な読者としての感動と興奮が、津波のように押し寄せていた。
「……これが、俺たちの作った『せいまも』だ。
……もう、誰も『工作』なんて言わせねえ。
この文章で、なれの頂点を獲りに行くぞ」
【コメント欄】
::行ける。
::いや、もう獲ってるだろ。
::綴、お前がナンバーワンだ。
:[軍師]:……ああ。伝説は、ここから加速する。
深夜の静寂。
銀髪のVTuberは、画面の向こうにいる5万人の「共犯者」たちと共に、
確かな勝利の予感に震えていた。
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