第1話:俺たちの黒歴史が、公共の電波に乗った日
新作はじめました。
よろしくお願いします。
「……よぉ、お前ら。準備はいいか。
VTuber兼、なれ作家の銀凪綴だ。
ついに、この日が来ちまったな……。
俺とお前らで深夜まで不毛なディベートを繰り返し、泥をこねるみたいに作り上げた『毒液』。
それが、全国放送という名の公共の電波に乗る時間がよ」
画面の中では、いつもの銀髪イケメンアバターが鎮座している。
月明かりを溶かしたようなサラサラの銀髪に、吸い込まれそうな碧眼。
だが、その中身(俺)は、前髪で目を隠したまま、震える手で特茶を煽っている。
今、俺の心拍数は恐らくマッハだ。
アバターのトラッキングが、俺の細かな震えを拾って、銀髪のイケメンが小刻みに武者震いしているように見せている。
【コメント欄】
:きたあああああああ!
:綴、心拍数150超えてるだろw
:おめでとう! 放送事故期待してるぞ!
:銀髪イケメンがガクブルで草。お前の遺作にならないといいな
:#せいまも アニメ実況会場はここですか?
「うるせーよ! 放送事故じゃなくて『神回』って呼べ!
いいか? 自分の書いた『王太子、テメーはダメだ』という魂の叫びが、
地上波で、しかもゴールデンタイムに流れるんだぞ?
察しろよ! 俺の心臓が今、バックバクで口から飛び出しそうなのを!」
SNS――通称『ツブヤイター』では、すでに公式略称である #せいまも がトレンド入りしかけていた。
『乙女ゲーの攻略キャラに転生したが、性格終わってる聖女から悪役令嬢を護ります。』――通称『せいまも』。
元々は、小説投稿サイト『小説家になれ(なれ)』の片隅で、
俺が配信のネタとして「お前ら、次はどんなクソ聖女をどうやってボコりたい?」と募った、
ただの悪ノリと、深夜のテンションから始まった物語だ。
それが、どうしてこうなった。
「待機カウントダウン、あと30秒か……。
おい、お前ら。画面の前で正座しろ。
俺が裏声でヒィヒィ演じて『オェェェ』だの『キモ』だの言われまくったあのセリフが、
本物のプロによってどう『浄化』されたか、その目に焼き付けろ!」
カウントがゼロになり、画面が切り替わる。
流れてきたのは、透明感あふれるピアノの旋律と、ため息が出るほど美しい背景美術。
そして、あの「最悪の女」が、煌びやかな舞踏会の中心で微笑んでいた。
『あらぁ? 貴女のような身の程知らずな悪女に、私の慈悲深いお言葉が理解できるのかしらぁ?』
その瞬間、俺は椅子から転げ落ちそうになりながら絶叫した。
「……っ、クソがぁあああ!! なんでだよ! なんで聖女の声が、
俺の最推し声優の『花守さん』なんだよぉおおお!!」
【コメント欄】
:wwwwwwwwww
:神配役すぎて草
:綴の絶望が最高の酒の肴だわwww
:俺の嫌いな女から神ボイスwww
:これが「ご褒美」ってやつか
:花守さんの無駄遣い(褒め言葉)
「あああああ! 嫌だ! 耳が幸せすぎて溶けそうなのに、
脳が『こいつは売女だぞ! 騙されるな!』って全力で警報鳴らしてる!!
俺の、俺の清らかな花守さんのボイスに、あんなドス黒いセリフ喋らせた奴はどこのどいつだ!!」
【コメント欄】
:お前だよwww
:書いたのお前だろwww
:ってかお前、アテレコ現場に見学行ってただろ! 今更何言ってんだよww
「現場ではプロの演技に圧倒されて感動してただけだろーが!
いざ完成品として、深夜の自室で耳元で囁かれると、破壊力が違うんだよ!
……っ、あああ! 今の『うふふ』って笑い方、最高に花守さんだけど、
言ってる内容は悪役令嬢を精神的に追い詰めようとしてる……! 地獄かよ!!」
そして、画面にはついに主人公――『俺』の姿が映し出された。
銀髪の短髪。切れ長の瞳。
アニメ制作側が「原作者へのリスペクト」として、アバターそっくりに仕上げたイケメンキャラだ。
だが、その口から流れてきたのは、俺の声ではない。
若手人気No.1、爽やかさと色気を兼ね備えた実力派声優の声だった。
『――そこまでだ、売女。貴様の茶番には反吐が出る』
その瞬間、コメント欄が別の意味で爆発した。
【コメント欄】
:うわぁ……イケメン(声)だ……
:見た目は綴なのに、声が綴じゃない……
:【悲報】綴、自分のアバターをプロに乗っ取られる
:そういえば、最初は綴がやる予定だったんだっけ?w
「……っ、その話はすんな! 禁句だっつったろ!」
俺は頭を抱えて、デスクに突っ伏した。
そう、アニメ化が決まった当初、プロデューサーから「原作者さんがVなら、主役を本人がやるのも話題性がありますね」という、甘すぎる誘いがあったのだ。
俺は舞い上がった。
「銀髪イケメンの俺が、俺の声で喋る。完璧じゃねーか!」と。
だが、現実は非情だった。
「……忘れてねーよ。オーディション形式のテスト収録。
俺が渾身の『地獄に落ちろ』を言った瞬間、スタジオが10秒間凍りついたのをな!」
【コメント欄】
:伝説の「大根役者事件」きたあああ!
:スタッフ全員が「……あ、これ無理だわ」って顔したやつw
:綴「じ、じごくに、おちろー!(棒)」
:( ˙꒳˙ )「作者さん、執筆に専念しましょうか」
:即ボツとか前代未聞すぎて草
「うるせー!! 俺だって努力はしたんだよ!
でもマイクの前に立つと、喉がギュッてなって、エロゲのモブみたいな声しか出なかったんだよ!
プロの技術を舐めてた俺が悪かったよ! 認めるよ!!」
アニメの中では、プロの声優による『完璧な俺』が、
俺が裏声で演じてリスナーに叩かれまくったあのシーンを、芸術的なまでの完成度で演じきっていた。
『貴様の魅了は、俺が解除済みだ。……地獄に落ちろ』
冷徹、高潔、そして圧倒的な強者の響き。
コメント欄には「かっけえええ!」「これが本物の地獄か」という称賛が流れる。
「……あー、くそ。かっこいいな、おい。
見た目は俺なのに、声が良すぎて、もはや他人だわ。
……でも、いいよ。これでいい。
俺の声じゃ、この『聖女への怒り』を表現しきれなかったのは事実だ」
【コメント欄】
:綴、急に殊勝なこと言うなよ
:正直、今の配役で大正解だと思うぞw
:綴は配信でキレ散らかしてる時が一番輝いてるよ
:(´°‐°`)キモい裏声よりは100倍いいな
「お前らなぁ……。
いいか、お前らが案B(ハーレム遅延ルート)を選んで、
『聖女の魅了シーンを増やして綴を悶絶させろ!』って喚いたから、
俺の代わりに、この声優さんがその尻拭い(イチャイチャ演技)をしてくれてんだぞ!
感謝しろよな、プロの仕事に!」
【コメント欄】
:ナンノコトカナ( ᐛ)
:( ˙꒳˙ )シランケド
:相変わらずの丸投げ体質w
アニメ第1話のエンディングテーマが流れ始めると同時に、
俺のデュアルモニターの片側は、凄まじい速度で流れる通知で埋め尽くされていた。
ツブヤイターのトレンドは『#せいまも』が1位。
それに続いて『#王太子ボンクラ』『#花守さんの無駄遣い』。
そして何故か『#綴は大根役者』というワードも浮上していた。
俺は大きくため息をつき、背もたれに深く体を預けた。
モニターに映る銀髪アバターも、ふぅ、と肩の力を抜く。
中身の俺は、前髪をかき上げて額の汗を拭った。
「……なぁ、お前ら。
……ほんと、なんでこんなことになったんだろうな。
2年前、登録者数2桁で、お前らと『聖女をどう処刑するか』について
1時間以上もディベートしてたのが、まるで遠い前世のことみたいだわ」
俺の呟きに、コメント欄が少しだけ優しくなった――気がした。
:お前がバカみたいに、リスナーの意見全部拾って書いたからだろ
:設定厨と一晩中喧嘩してた回は神回だったなw
:正直、アニメ化まで行くとは思わなかったわ。おめでとう、綴。
「……おいおい。急にデレんじゃねーよ、お前ら。
気持ち悪いだろ。……あー、いや、サンキュな。
よし、しんみりするのはここまでだ!
お前らが忘れてるかもしれないから、今から思い出させてやるよ。
俺と、お前らが、いかにしてこの『狂気』を生み出したのかをな!」
画面がホワイトアウトし、時計の針が逆回転を始める。
物語は2年前――。
まだ登録者が50人足らず。
マイクのノイズも酷くて、銀髪アバターだけが虚しく浮いていた、
あの暑苦しい「地獄の執筆配信・初日」へと遡る。
「よぉ、お前ら。
今日から『なれ』で新作を書いていくぞ……。
とりあえず、ヒロインを処刑するか、ハーレムにするか。
……今からディベートで決めようじゃねーか!!」
これが、後に「伝説の共創」と呼ばれることになる、
俺とお前ら(リスナー)の、長い長い戦いの始まりだった。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします




