ハンバーガー
開いていただきありがとうございます。短いのでさらっと読めるはずです。よろしければ感想お願いします。
大腸内視鏡検査を始めて経験した。麻酔を体に流されて、検査台に横になったまま画面に映される大腸の内壁を眺めていた。麻酔のおかげで痛みもなく、腹の中に異物感があるだけだった。検査を終えると、車椅子で休憩室まで運ばれて、そこで2時間ほど寝て過ごした。
病院から出ると、何か腹に入れたい気分だった。前日から食事制限で食べ応えのある肉や魚を取っていなかった。今朝も水とジュース、腸内洗浄薬しか飲んでいない。とにかく肉が食べたい。胃が弱って脂っこいもの、それから大量に食べることはできない。脂っこくない、手頃な量の食べ物…そうだ、ハンバーガー。ハンバーガーにしよう。マクドナルドのハンバーガー。
俺は病院に最寄りの駅から電車に乗って、3駅先のショッピングモールに向かった。幼いときから何度も訪れたショッピングモール。一階にレストランが並び、一番大きい入り口のすぐ横にマクドナルドの店舗がある。時刻は15:30、他のレストランには人の出入りが見られないが、マクドナルドの客席はほぼ満席だ。カウンターの前には注文を終えて商品を待つ人だかりができて通路まではみ出している。
カウンターで注文する。
「ハンバーガーを単品で…店内で食べます」
1つ170円のハンバーガー。中学、高校とハッピーセットを頼まなくってからはビッグマックやえびフィレオなどの大きく食べ応えがあるものしか頼まなくなっていた。シンプルなハンバーガーを食べるのはいつ以来か、小学生だったか。
ハンバーガーは支払後、すぐに出てきて受け取った。トレイには下敷き代わりのマクドナルドのチラシ、その上に紙ナプキンが2枚と紙に包まれたハンバーガー1つ。端っこの席に座り、一息つく。
一瞬何をすべきかを逡巡して、手をトレイの上で迷わせる。いつも最初に食べるはずのポテトとドリンクにストローを刺す作業はしなくて良いことに気づき、ハンバーガーに手を伸ばす。壊れ物を扱うような手つきで包み紙を広げていくと、ついにそれと対面する。小ぶりな体にほどよい焼け色のパンズ…バンズ?恥ずかしそうに控えめな中身を隠そうとしている。しかし茶色のパティがはみ出して見えるのが艶やかさをまとわせている。俺は目の前の官能的な食物のせいか、もしくは検査後で弱っているせいなのか、手に収まってしまいそうなほど薄いそれを持つ手が小さく震えていた。
バンズに挟まった物はパティだけ?いや確かピクルスもあったはずだ…子どもの時は嫌いだった。
慎重にかぶりつく。表面をサクッと焦がしたバンズは噛んでみると、ふわふわして永遠に上の歯と下の歯が出会うことはないのだろうか…と錯覚させる食感だ。パンズを噛みしめると純粋な焼けた肉の香りが広がる。肉が肉であることを訴えている。私は肉でありそれ以上でも、以下でもない、と。
俺はこの肉の味を知っている。俺が好きな肉の味。最近このハンバーガーを食べることがなくて、無意識に肉料理を食べる度にこの味を探すようになっていた。そして俺はこんな味の肉は、記憶が作り出した幻想だと思うようになっていた。でも今ようやく思い出した。これはマクドナルドのハンバーガー、そのパティの味と香りだったと。
一口目を飲み込み、二口目をかぶりつく。バンズとパティのビーフに酸味が加わる。コリコリとした刻まれた食感と鼻を通すような香り。噛みに対する一瞬の固い抵抗がツンデレの二次元少女のような防衛と愛情による決壊を表現しているように思えた。これはタマネギ?
さらに口の中で甘さと舌を刺激する粘性の液体が肉と絡みつく。これは…ケチャップ!
噛む行為を繰り返していくと、バンズとパティ、タマネギの持つ普段は見せない甘さがケチャップのすべてを飲み込む酸味で強調されていく。柔らかいバンズが堅いパティを包み、さらにタマネギの香りが肉の臭みを消して肉のうまみだけを残す。そしてすべてがケチャップと混ざり、飲み込んだ後にはほんのりと甘さだけが残る。
気づくとハンバーガーの半分が口の中に消えていた。俺はこの刹那的な楽しさを長く味わいたかったので、先ほどより軽くなってしまったハンバーガーをトレイに置いた。
美味い…大腸検査がなければ俺はこのハンバーガーを食べることもなかったんだろうか…
少し目を閉じて口に残った食感を思い出す。ハンバーガーの素材それぞれを口の中で再現したところで目を開けて再びハンバーガーにかぶりついた。そこから食べ終えるまで5分くらいだったか。
うまい…うまい…うまい…!と頭の中で繰り返す。時折目を閉じながら口の中に集中した。最後の一口は惜しみなく飲み込んだ。
俺の脳みそは満足という2文字だけを繰り返した。数秒の余韻の後、俺は空になったトレイを持って席から立った。トレイを片付けてから、自分の座っていた席を振り返るともう別の人が座っていた。
ありがとう…なぜかマクドナルドのレジカウンターに向かって小さくつぶやいてから。おれは自分の家に帰るために歩き出した。
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