表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

encore03:Piano

「ライブ、一ヶ月後だから」

 開口一番そう言ったのはレイン。

「また唐突ですね」

「うん、イベントでバンド足りないんだってさ」

 そう言ってイベントのポスターを出す。

「……ガールズバンドナイト?」

 読み上げたアヤが疑問の声を上げる。

「となると、今回僕はお休みですか?」

 何故かフェイスレスは男が僕一人。

 別の所からベースを読んで来るのだろう。

 少し寂しいけど。

 でもアヤのステージ姿は見てみたいかな。

 そう思っているとアヤが頬を染めて上目遣いで睨んでくる。

 正直可愛い。

「……口に出てた」

 どうやら独り言を言っていたらしい。

「はいはい、お熱いですねー」

 げんなりと言ったのは、ミヤ。

 いつも通りポテトを摘んでいる。

「で、だ」

 咳払いを一つしてレインが言う。

「カイリには女装してもらうから」

 ……はい?

 ちょっと待て、何て言った、今。

 助走?

 いや、除草?

 ああいや、序奏か。

 もしかしたら助奏かもね。

「結構可愛くなると思うのだよ」

 そんな僕の現実逃避は、どうやら意味はなかったらしい。

「二重だし、目はぱっちりしてるし」

 そう言ったのはアヤ。

 何で乗り気!?

 一応彼氏ですよ?

「見てみたいよね」

 ニヤリと笑うミヤ。

 ……ああ、神よ。

「思いっきり飾れば分からないって」

「いやいや、別の所からベース連れてくればいいですよね?」

 危うく纏まりそうな話を途切る。

「ベースの人口は少ないのだよ?」

 確かに一利ある。

 ギター、ベース、ドラムは五十対五対一くらいなイメージは有る。

 でも。

「それに君が抜けてはフェイスレスの曲にはならないしね」

 そう言ってレインに額をつつかれる。

 そう言って貰うと嬉しいが、技術的に僕より上の人は多い。

 というか、忘れられがちだが、僕はまだベースを始めてそんなに時間は経ってないのだ。

「自信持って」

 何故か目をキラキラさせて言うアヤに丸め込まれて頷く。

 後から考えればベースじゃなくて女装についてかも知れなかった。

「……もうヤダ」

 鏡に映っているのはゴスロリ?って言うのか、フリルをふんだんに使った黒っぽい衣装を着た、少女?

 長い黒髪がさらりと後ろに流れ、首もとを隠すようにこれまたフリフリな首輪みたいなのを着けてる。

 そして留めはミヤの化粧。

 うまく顎のラインを消してやがる。

 そしてカールした長い睫毛。

 ……うん、女の子だ。

「もうヤダ」

 何か、色々と。

「似合ってる似合ってる」

 アヤがニコニコと笑っている。

 珍しい事に。

 こんなアヤの顔が見れるなら……良くない。

 危うく騙される所だった。

「いや、身長的にも声的にも無理があるでしょう?」

「それは私に対する嫌みかね」

 綺麗なハスキーボイス。

 スラッとした長身のレイン。

 ……たしかに僕と身長もそう変わらないし、声は彼女の方が低いかも。

 何かに打ちひしがれた気分で、引きつった笑みしか出ない。

「私より胸あるし」

 詰め物の胸をつつきながら言うミヤ。

 因みにライブハウスで衣装合わせしてたのでは間に合わないから、と今居るのはレインとミヤの部屋。

 つまり、ここから移動しなくてはいけないのだ。

 ……この格好で。

「まぁまぁ、バイクには乗せて上げるから」

 ニヤニヤとレインは笑う。

 ミヤはミヤで何かため息吐いてるし。

「急にカイリが魅力的に見えてきたよ」

 今まで僕はミヤにどう見られていたのだろうか。

 そんなこんなで時間を使ってしまったので、ライブハウスに向かう。

 ロングスカートで乗るバイクがどんな感じだったかは、言うまでもないだろう。

「おはようございます」

「あ、おはようござ……あれ?」

 一目見てそう言ったのは今日一緒にやるバンドのメンバー。

 何度か一緒にやったことのある人で、一度はステージ上で煙草吸おうとして退場になったパンクな人。

「これ、サポートメンバー」

 ミヤが僕の肩に手を回して言う。

「あ……ミノリって言います」

 ミノリなら女の子でも通るだろうというレインの一言で、今回は本名で行く事になった。

「あ、そうなんだ。よろしく」

 恥ずかしがり屋さんだね。

 そう言って笑うパンクな人。

 因みにパートはボーカル。

「顔、赤いぞ」

 からかうのはミヤ。

「ミノリちゃん」

 アヤが不思議な呼び方をして歩いてくる。

 パンクな人はメンバーに呼ばれたようで帰って行った。

「はい、ベース」

 そう言って渡されたのは木目が見える程の赤が綺麗なSGベース。

 この色は好きだ。

 ベースまで一緒じゃバレるとの事で急遽、宇都木さんのコレクションから出してきたもの。

「SGベースってピックで弾かないと申し訳無い気になるんだよね」

「気持ちは分かる」

 現実逃避気味に言った事に相槌をうってくれるアヤ。

「……やっぱりミノリちゃん可愛いよね」

 でも一言余計。

 SGベースを肩に掛けた時に言うのには何か理由ある?

「ほら、お嬢ちゃん方、リハやるよ」

 馴染みのPAさんの声。

「あれ?新しい子かい」

 どうやら彼にも分からない様子。

 余りに念入りな化粧と体のラインをごまかす服だから仕方ないのだろうか。

「そ、ミノリちゃん」

 レインがニヤニヤしながら言う。

 さあ、行こうか。

 そう言ってレインはステージに上がる。

 狭い控え室からすぐステージは繋がっているのだ。

 僕も肩からSGベースを提げてステージに上がる。

 アンプ直だから、用意と言っても余りする事は無い。

 明るい照明に照らされて、尚の事恥ずかしくなってくる。

 リハが終わって本番になれば他人の目に入るのだ。

 いつもとは違う緊張がある。

 ……正直リハは最悪だった。

 もともと無い自信が更に限りなくゼロに近づき、何時も以上に技術不足が浮き彫りになる。

 それでもアヤや、みんなは笑っていたけれど。

 つまりはネタだから、あるいは知らない人から見たら借り物のベーシストだから。

 ちょっと複雑な気分をしながらステージを降りる。

 これじゃ、駄目だ。

 スリーコードの力強いナンバーが気密扉越しに聞こえる。

 一つ前のバンドの最終曲。

 パンクらしい単純さの中に高い技術が時折伺える。

 何よりリズムを外さないリズム隊は凄い。

「さて、覚悟はいいかい?」

 レインの声に頷く。

 前のバンドが終わり、遂に出番。

 流れる入場曲。

 ドアを開けた先には、ライトと、観客の熱気。

 そうだ。

 ここが、僕らの立つべき場所。

 吸い寄せられるようにアンプの前に陣取る。

 何人か見知った顔もある。

 フェイスレスのファンだ。

 やってやろうじゃないか。

 MCも無く、一曲目からベースで始まる。

 目配せをする。

 頷くアヤ。

 背中に回した手で親指を立てるレイン。

 ミヤは軽くフロアタムを叩いた。

 ピックを思い切り上げて、弦に叩きつける。

 吹っ切れた。

 ベースの違いだけじゃない、確かな音の違い。

 いつもより動くライン。

 アグレッシブに。

 いつものカイリでは無い、今だから。

 今見られているのはカイリではない。

 “ミノリちゃん”なのだ。

 だから、もう関係ない。

 失敗を恐れず突っ込んでいく。

 動きまわるベースライン。

 案の定幾つか音を外したけど。

 後ろを見ると全員が楽しそうに笑っていた。

 観客もちょっと引いてたけど、段々とノッてくる。

 楽しくなって首を支点にベースを回す。

 ロックピンだから出来る芸当。

 最終的に曲はいつもと全然違うアレンジになり、強引にアヤのギターが軌道を戻したり、何か、互いに音をぶつけ合うみたいな事になっていた。

 ステージから下がるときにミノリちゃーんと叫んだ声が聞こえて複雑な気分になったのは秘密だ。

 後でアヤに

「カイリのベースの重要性がよくわかった」

 と言われた。

 滅茶苦茶だったもんね。

 ただ客受けは悪くなかったらしく、後々フェイスレスのベースは二人居る。とか噂になった。

 曰わく、カイリの時は正にフェイスレスらしい、世界観のある曲を聞け、ミノリの時にはノリのある激しいステージパフォーマンスが見れると。

 そんなこんなで希望が多かったので、女装が一回で済まなかったのも、秘密だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ