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 事件は唐突だった。

 正直、唐突ではない事件なんてものは少ないし、唐突な事件でも理由があるものだから唐突ではないとも言える。

 矢張り、事件として発覚するのが唐突と言うことか。

 いや、そも事件というものは……

 などと禅問答をしても仕様がない。

 ミヤと私、レインの話だ。

 アヤとカイリより一足早く高校を卒業したミヤと私は、家からもそう遠くない女子大に通っていた。

 フェイスレスは解散せず、ただ高校の軽音楽部は別のバンドに明け渡した。

 私からしてみれば受験の楽な女子大を受けたのは、そもフェイスレスを続ける為であったのだし。

 あの高校からほど近いここだから、偶に校門前でアヤやカイリが待っている事もあり、二人とも静かな、奥手な所が受けるらしく女子大のお姉さまにきゃいきゃい言われている。

 偶に胸が痛くなるのは秘密だ。

 その実私は諦めが悪いらしい。

 私は大学進学を期に一人暮らしを始めた。

 家に居てはアヤとカイリの邪魔だろう?

 それ以外は変わりなく、充実した日々が続いていた。

 そんな日々の最中。

 とある冬の日。

 ベースを担いだ、黒髪長髪のどこかで見たことある同級生を追い抜き、丘を上がる。

 同級生のバックにはシドチェーンが下がっていたけど、それは余談。

 いつもどうり授業に向かう。

 ミヤとは被る教科が……半分意図的に……被っているのでよく顔を合わせる。

 そうでなくてもバンドで顔を合わせるのだけど。

 その日のミヤは何か様子が変だった。

 なにより、マスクをかけていた。

 いつも花粉症だー。

 等と叫んでおきながら、マスクはうざったいから嫌ー。

 なんて言っているのにである。

「おはよう」

 と言って肩を叩くと、少しびくりとして、その後まなじりを下げた。

「おはよう。レイン」

 その声は弱々しく、少し不安になった。

 けれどもそうこう言っている内に、講義が始まってしまい、追及する暇はなかった。

 昼食の時でさえいつもは着いてくるのに避けているらしく、顔も合わせなかった。

 そして、夕方近く。

 私は校門でミヤを待っていた。

 夕方に赤く染まる空に冷え込む気温。

 トレンチコートの前をかき寄せる。

 程なくしてミヤが出てくる。

 彼女は少しギョッとしたように立ち止まり、その後こっちへ歩いてくる。

 何かあったと言っているようなものではないか。

 口を開こうとした彼女の機先を制して言う。

「何かあったのかい?」

 そう問うと、ミヤは顔を歪めた。

 泣きそうな瞳。

 いつも笑っている彼女の、そんな顔を見るのは初めてではない。

 ミヤは私の胸に飛び込んでくる。

 私の体に腕を回して。

 伝わって来る体温。

 少しの湿気。

「しばらく、このままで居させて」

「ああ」

 涙にしゃくりあげながら言う彼女の髪を撫でる。

 少し固めのハネた髪を。

 ミヤが落ち着いたところで工場地帯の一望できる公園に入る。

「はい、コーヒー」

 ミヤに温かいコーヒーを渡す。

 泣きはらした目で恥ずかしそうに彼女はそれを受け取る。

 いつもよりずっと口数が少なく、しんみりとした彼女は、こう言うと何だけどもずっと可愛くみえる。

 彼女だって女の子なのだ。

 受け取ったコーヒーのプルタブを開けて、少し逡巡してからミヤはマスクを、外す。

 私の予想通り、口元にアザがあった。

「父親に殴られたの」

 彼女の父親は酒を飲んでは彼女を殴ることが少なくない。

 今まで目立たない所だっただけで何度かこんな事があった。

 その度に私は何も出来ない自分に苛立ったものだ。

 彼女が親戚の店のスタジオに行ってはドラムを叩いている理由の一つはそれなのだ。

 少しでも、家に居たくない。と。

 当然彼女の母親はそんな父親を見限り、去っていた。

 シングルマザーの私の逆だ。

 私は暫く考え、言う。

「ミヤ、私の部屋に来い」

 二人で住もう。と。

「え、でも」

「いいから。まだ父親は家に帰っていないだろう?すぐ荷物を纏めて」

 バイクで行くから荷物は少なくね。

 そう言うと、またミヤは涙を流した。

「ありがとう」

 私はそれを抱きしめる。

 全く、仕様が無い奴だ。

 そう思いつつ、私は口元が緩んでいるのを感じた。

 一度別れてから私はバイクに跨る。

 中古で買ったSR。

 400の黒いやつに。

 ビッグシングルの鼓動を感じながらミヤの家の前に行くと、もうそこには彼女が立っていた。

 はちきれそうなリュックサックを背負って。

 もうそこに涙の余韻は無く、いつもの笑顔があった。

 やっぱり彼女の笑顔が好きだ。

「じゃ、行こうか」

 そう言うと彼女は後ろに乗る。

 スロットルを絞って加速。

 体に回された腕がキュッと、少し力が入れられた。

 二人乗りも悪くないな。

 そう、思った。

 心配していた学費や生活費の問題は楽に解決した。

 ミヤの父親が彼女の口座に振り込んでいたのである。

 彼も根っから悪い人ではないのである。

 残りの荷物をミヤが取りに行った時、彼女の机の上にはひとこと、“すまない”と書き置きがあったらしい。

 ミヤは“夢が一つ叶った!”と部屋に来た日に言った。

 何かと聞けば私との二人暮らしとのことだった。

 ……まぁ、キスくらいはプレゼントしてやろう。

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