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encore01:nothing but love

 きっかけは些細な事だった。

 他人から見ればそうかもしれないけれど、僕にとってはそうでは無い。

 もしかしたらアヤにとっても。

 他人にとってはなんでもない。

 よくある、そんな話。

 夏に入った。

 僕等はもう二年生で、僕とアヤの関係は、付かず離れずのぬるま湯みたいな関係で“寒い冬ならさて置き、夏にはさっぱりした方がいいんじゃない?”とはミヤの談。

 正直、僕は今の関係に妥協してアヤの隣でベースを弾く只一人というポジションに満足していた。

 クラスメートの男子と夏服のワイシャツから透ける下着のラインについて熱く(僕は生活委員としての見解ですよ?)語っている時に、ふとその話題になった。

「結城って最近学校きてるよな」

 クラスメートの言葉に一瞬どのユウキかと思ったけど、話の流れ的にアヤだろう。

「そうだね、皆勤じゃない?」

 今の所。

 と付け足す。

 彼女の持病である所の喘息は、台風の来る、秋口に辛くなるらしい。

 去年もそうだった。

「向坂って、結城と付き合ってるの?」

 いつの間にか黙考していた僕は、酷く狼狽した。

「いや、そんな関係じゃ」

 血が顔に登る。

 真っ赤になっているのが自分でも解る。

「あれ?じゃ、聞いてない?」

 何を?

「結城、三年に告白されたんだってさ」

 ガタンと、大きな音がした。

 何かと思えば自分が椅子を蹴り飛ばして立ち上がった音だった。

 一瞬で血が逆流し、今度は顔が青くなっているだろう。

 心臓を直に握られたような気になって、心配するクラスメートの声も耳に入らず、僕は足早に教室を出た。

 教室を出たその足でアヤの元へ向かう。

 二年生のクラス編成で、クラスが別れたのだ。

 他クラスの教室に入るのは気が引けたが、そんな事を考える余裕はどこかに飛んでいった。

 幸い、生活委員の腕章を付けた生徒が生活態度の巡察に回るのはよくある話で、シャツを出していた生徒が慌てるくらいで何事もなく、教室に入れた。

 アヤは、居なかった。

 折り悪く予鈴が鳴り、僕は仕方無く教室へ戻る。

 もやもやとした気持ちを抱えて。

 気持ちの入らないまま放課後になる。

 部室へ向かおうと、荷物をまとめて立ち上がると廊下から声を掛けられる。

「向坂君、今日臨時で生活委員会議あるって」

 そこには同じ生活委員の腕章を付けた女生徒。

 気持ちばかり逸る僕は溜め息をつき、その女生徒の後に付いて行く。

 またタイミングを逃した。

 結構遅れて部室に入ると、すでにみんな揃って軽くセッションをしている所だった。

「委員会お疲れ」

 労うレインの言葉に軽く頷く。

 あの屋上の日からもレインは変わらない。

 ともすれば夢だったのではないかと思う程。

「お疲れ様ー」

 ミヤは何時も通り笑って、スティックを上に投げる。

 取り損ねて、落とし、あちゃー、といった顔。

「あちゃー」

 本当に言う。

 期待を裏切らない反応には流石としか言えない。

 そして、アヤはこっちを気にするようにちらちらと見る。

 心が揺れる。

 本当に心臓が震えるように思えた。

 視界が僅かに揺らぐ。

 いつの間にか、その大きさを広げたアヤへの思いは、重く頭を殴るように響く。

 なんとかそれを押し込め、ケースからベースを引きずり出す。

 純白のプレベに指を這わせチューニングするが、どうにも合わない。

 動揺がこいつに伝わったようで、苦笑しようとしたが、うまくできたか分からない。

 正直、最悪と言っても良い練習だった。

 レインの眉は顰められ、ミヤは苦笑している。

 アヤは無言のままムスタングを下ろし、僕もそれに倣う。

 原因は明らか。

 僕のベースが他のパートから離れて走り、或いは止まり、アヤのギターはそんなベースに反発するかのようにリズムを刻んだ。

 最終的にミヤがベースになんとか合わせようとドラムを叩いている内にスティックを取り落とし、レインが遂に待ったをかけた。

 最悪だ。

 自己嫌悪に顔を上げられず、レインが近づいて来たのに気付くのが遅れた。

「何か悩み事かい?」

 レインが耳元で囁く。

 正直に言うわけにも言わず、僕は僅かに顔を上げる。

 直ぐ目の前にはレインの顔。

 既視感を覚える。

 あの屋上の時を。

 けれど、その瞳の奥には燃え上がる焔ではなく、寂しさ悲しさに沈む、凪の水面があった。

「ねえ、あの日、屋上で言ったことを覚えている?」

 そう問い掛けるレインに、僕は頷くしか無い。

「私じゃあ、君の支えにはならないのかい?」

 そう言って、頬に触れる手。

 そして、その向こうに見えたのは、酷く傷付いた顔をして走り出したアヤ。

 ドアをこじ開け、叩きつけるように閉める音が部室に響いた。

 まるであの日の繰り返し。

 でも、違うことが一つある。

「ありがとうございます」

 レインに、礼を言う。

 彼女は体を静かに離す。

「ほら、良いから追いかけなよ」

 もう一度軽く礼をして、走り出す。

 アヤを追って。

 着いた先は、屋上だった。

 アヤは一人、給水塔に寄りかかる。

 僕が出てきたことに気付いて、少し気まずげな顔をした。

 もう、迷うことはない。

「先輩に、告白されたって?」

 そう切り出すと、アヤは目を見開き固まった。

「何でそんな話……」

「返事はどうしたの?」

 畳み掛けるように言う。

 少し意地が悪いかと思い、心が痛む。

 アヤは顔を赤く染め、目に涙を浮かべていた。

 やがて、意を決するように強く瞼を閉じる。

 茜色の空に、涙が輝き、散った。

「断ったに決まってる。だって私が好きなのは……」

 続きは言わせなかった。

 距離はゼロ。

 唇が重ね合わされている。

 想い続けた時を埋めるように。

 アヤは驚きに一瞬硬直したが、たどたどしく腕が背中へ回される。

 万に一つだが、別に好きな人がいる。

 という事は無かったようで、安心した。

 後で“ばか、遅すぎるよ”と涙目の上目遣いで言われたのは、余談。

「レインも不器用だよね」

「うるさい」

 レインは唇を尖らせる。

 その姿はいつものクールビューティーではなく幼く見える。

 そんなとこも好きなのだけど。

「ああするのが一番手っ取り早いと思ったんだ」

 そう言って、つんとそっぽを向くレイン。

 正直じゃないなー、と苦笑する。

「笑うな、ミヤ」

 そう言うレインも笑っている。

 私達は顔を見合わせて笑った。

 後輩の、いや仲間の恋路を暖かく見守って行こうじゃないか。

 多くのバンドの解散理由は恋愛関係のもつれだけど、私達の関係はそんな事で壊れたりしない。

 そのためのフェイスレス……不信の名。

 信じなければ裏切られない。

 臆病な、名。

「そろそろ、行こっか」

 背中から抱きしめる形になっているアヤに、言う。

「うん」

 涙の後は、もう少し腫れた目の周りにしか見えない。

 体を離して歩き出す。

 急に手を引っ張られて何かと思えば、手を繋ごうと言う事らしい。

 顔を赤くして、下を向くアヤのいじらしい姿に笑ってしまう。

 僕等は、歩く。

 横に並んで。

 そこにはいつもあと二人、頼りになる仲間が居る。

 たどり着くどこかまで、どこまでも。

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