心だけは誤魔化せない
リサは病院付近のバス停で立ち尽くしていた。
バス停には屋根がかかり、雨はしのげる。それでも横殴りの雨で、少しばかり濡れそぼった状態だ。
その右手にはバックを携え、赤い傘を持っている。
堕胎処置は思ったより簡単だった。父親である欄には、友達に頼んで偽のサインをしてもらっていた。
他にもバスを待つ人々の姿もある。誰もが寒そうに、身体を丸めてバスの到着を待っていた。
「リサ!」
そこに聞き覚えのある声が響いた。
しらばむ光景、そこを誰かが進んでくる。よくは見えないがアンディだと思えた。後ろには別の誰かの姿もある。
「リサ!」
それはやはりアンディだった。後ろの人物は明智。2人とも雨でびしゃびしゃ状態。
「アンディ」
俯くリサ。
後ろめたい感情はあった。勝手に子供をおろしたんだから。
「なんでおろした。おいリサ!」
アンディの大きな手が、リサの腕に食い込む。
「痛いよ!」
堪らずそれを払いのける。
多くの人々が、何事かと目を丸くして見つめていた。
それでもアンディの表情は強張ったままだ。
「お前は神の意志に背くつもりなのか?」
まるで能面のような覚めた表情だ。バリバリと空が光を放つ。
それがリサの心を激しく揺さぶった。
「神ってなんだよ!」
堪らず声を荒げる。
「あたしは神様の子供を産むんじゃない。……あんたの子でもない」
苦痛に苛まれるように、歯を噛みしめる。
「これはレイプ魔の子供なんだよ。産んじゃいけない子なんだ!」
彼女は元々、この子を産むつもりなどなかった。すぐにでも堕胎させたかった。
だが彼氏であるアンディはそれを許さなかった。神様というありもしない存在に脅えて、それを良しとしなかった。
もし仮に、アンディが自分の子として、愛情を注いでくれるなら、産んでも良かっただろう。
だが彼にはそのつもりはない。敬虔なクリスチャンとして、ただ単に堕胎を良しとしなかっただけ。
そんなので、この子が幸せなのだろうか。なによりリサ自身が、この腹の子に愛情の欠片さえ感じ取れなかった。
「それがどうした、どんな子だろうと子は子だ!」
それでもアンディは頑なだ。親ではなく敬虔なカトリックの面持ちしか見えない。
クリスチャンとして、神の意志に楯突いた。そんな怒りの感情しか見えはしない。
そして同じく、沸々と怒りの感情に燃える存在がもうひとり。
「なんでおろしたんだ!」
それは明智。
アンディの腕を振りほどき、代わりにリサと向き直る。
「明智くん?」
それはリサとしては意外なことだった。
明智はアンディの仲間だ。仲間として彼の思いをくみ取っての行為ならそれも仕方ない。友情のなせる業だろうと捉えるから。
だが明智の表情を見てるとそうは思えなくなってくる。アンディ以上に怒りに震えているから。
「大切な子供だろ。せっかく授かった子供なんだ。こんな奇跡二度とないんだぞ。この子は唯一無二の、かけがえない存在」
「明智くん?」
「すくすく育ってたんだろ? お前はそれをあっさり捨てたのか!」
こうしてみると、誰が本当の親かも分からない状態。
流石のアンディもそれには困惑状態だ。
「ありがとうな明智。俺の為に怒ってくれて」
言って明智の腕に手を伸ばす。
「だけどこれは、俺らの問題だから」
「よくねーんだよ!」
しかし明智は完全に怒りモード。
「俺の子なんだよ。俺の子なんだ!」
それで一瞬、誰もが言葉に詰まる。
「お前、なに言ってんだよ?」
顔をしかめるアンディ。
「ちゃんと冷静になれよ」
流石に聞き間違いだと思った。
自分の為にリサを叱ってくれて、感情がこもって言葉を間違えただけ、そう思うよう努めた。
だが明智の表情は揺るがない。
「俺の子だ。俺とリサの子だ」
それでアンディの表情が徐々に強張っていく。
ズダーンとひときわ大きな爆音が轟いた。




