ヤバい奴ら
街に夕暮れが近づいていた。
西の空は夕陽で真っ赤に染まり、街並みを深い赤へと染め抜いている。
……まるで血に染まった荒野の如く……
~喫茶ヘヴン~
店の外にはクローズの札が掲げられている。
全ての窓が締め切られ、中の様子は窺い知れない。
その薄暗い店内では、異様な光景が広がっていた。
テーブルやイスが、店の端に片付けられていて、その殺伐とした室内、多くのオーク生徒達が床に正座していた。
その苦痛に満ちた表情、誰も彼もがなにかしらの怪我を負っていて、血の匂いとシップの匂いがプーンと鼻につく。
そしてそれをものともせぬ、強烈な悪臭。
「判ってんだべな? おめーらが牙剥いた相手が誰かさ」
それは東雲斗馬だ。
テーブルの上であぐらを掻き、覚めたような視線を放っている。
左手で模造刀を握り締め、右手には拳銃を構えていた。
そしてその傍を取り囲むように、その仲間と思しき人物が数人。
そのほとんどが、狂気に溢れる覇気を纏っている。
この男達は、中学時代からの東雲の兵隊。
東雲の為なら自らの命も厭わない、忠実なる子飼いだ。
「東雲さんです……」
正座している男が呟いた。
スキンヘッドに口ひげをたくわえた、剣呑な雰囲気の男だ。
その名は、明智光昭。
入学式で東雲相手に乱闘を繰り広げていた男たちのリーダー格だ。
その明智を覚めたように見据える東雲。
「聞こえねーな。俺は短気だからよ、そんな蚊の鳴くような声じゃ、聞き取れねーんだわ!」
恫喝するように吐き捨てた。
「岩城総合の東雲斗馬さんです!」
ありったけの声で叫ぶ明智。
「えっ?」
そして愕然となった。
目の前で東雲が、拳銃を突きつけているのだ。
「うるせーんだよ。鼓膜が破れたら、どうすんだよ?」
まるで獣の如き鋭い視線が、明智を捉える。
「ダーーーン!」
叫ぶ東雲。
「ぐっ!」
見えざる恐怖に瞼を閉じる明智。
刺すような痛みを、その腕に覚えた。
「グキャキャキャ!」
同時に響く狂気の笑い声。
「安心しろって、こいつはただのオモチャ。少しばかり改造してるが、マジモンの拳銃じゃねーからよ」
東雲の笑顔は、全てを強要されている明智からしてみれば不気味だった。
無邪気に笑っている子供のようだが、その裏に見え隠れするのはあからさまな悪意。
全ての良し悪しの判らぬ赤ん坊が、拳銃を構えているような、そんな漠然とした感覚が脳裏を過ぎった。
東雲のあだ名は堕天使。
一見すると、その見た目は幼いガキだ。下手すれば中学生と間違えられてもおかしくはない。ボサボサの髪の毛もその要因なのだろう。
だがその行動と頭の中は、ヤクザさながら。
彼に取って全ての善悪は関係ない。自らの欲望のままに、突き進むだけだからだ。
「……オモチャって。肉に食い込んでるし……」
明智の腕には、確かに弾が食い込んでいた。
本物のそれとは違うが、明らかに殺傷能力はあった。
その状況下、ヘラヘラと笑みを浮かべて、明智を見据える東雲。
「とにかくてめーら、今後一切俺に逆らうなよ。てめーらは俺の兵隊。戦争になれば、真っ先に飛んでもらう鉄砲玉なんだ」
躊躇いもせず言い切る。
「て、鉄砲玉って」
その台詞に、ワナワナと震える明智。理不尽過ぎる台詞だが、言い返すことも出来なかった。
「いいか、よく訊け。俺らの目的は学園制覇。その為には邪魔な存在がある。オークの覇権を握ってる山崎孝之」
バリバリと髪を掻き毟って話し出す東雲。
「確かに現在の覇者は、3年の山崎だ」
グッと頷く明智。
「キャキャ、山崎は今のオークを支配しうる男だ。だけどそれは俺たちが入学する以前の問題。つまり奴個人としては問題ない。だけど奴がいまだに脅威の存在として君臨してるのは、どうしてだと思う?」
東雲が握っていた模造刀の鞘で、明智の頭を小突く。
「それは、葛城誠が、その配下に納まったから」
「そうだ、その通り。狂ったケンカ馬鹿、狂犬葛城誠。あいつが山崎と同友関係にあるからだ。俺らの当面の敵はあいつらだ。だが流石に今の現状じゃ、奴らの勢力には敵わないだろう。つまり奴らに対抗しうる、足場を固める必要があるんだよ。それがなにか判るか?」
東雲が再び明智を小突いた。
「校内の、人員の掌握?」
その答えに笑みを浮かべる東雲。
ストンとテーブルから飛び降り、明智たちを食い入るように見回す。
「そうさ、理解力あんじゃん。そう、学園内の小さなゴミの一掃だ。新入生だろうが、2年だろうが3年だろうがカンケーね! 少しでも多くのゴミを一掃して吸収合併していく。そうすりゃ俺らは自ずと巨大化していく。学園を怒涛の如く飲み込んでいけば、山崎も葛城も怖くない」
そして模造刀の鞘を振りかぶって、テーブルに置かれたグラスや食器を、メチャクチャに薙ぎ倒していく。
ひどく不快な音が、その場の男たちの耳にこびり付く。
不快だが、妙に感情を刺激するものがそこにはあった。
「ゴミを多く一掃した奴は、俺の兵隊として買ってやる。俺についてくれば、てめーらだって名前が売れる。名前が売れれば、俺達の好き放題だ!」
そして東雲、感情を叩きつけるように叫びを挙げた。
「いいか、こいつは戦争だぞ、死ぬ気でかかって、オークの覇権一気に制覇する!」
それはまさに的確な言葉だ。
“強者が弱者を支配する”。
単純な理屈だが、男達の血の滾りを刺激するには充分だ。
「そうだよな、力こそが全てだ」
ガクガクと震える明智。
「まさにこの世は、戦国乱世! デカかろうが、足元をすくわれたらお終いだ。てっぺん掴めるチャンスは、誰にだってある! てめーらの力で、俺を最強の高みに押し上げてみろや!」
「ウオーーーッ!」
その東雲の激に反応するように、明智を含めた男達が、雄叫びを挙げた。
東雲の話し方には特徴があった。己の力を鼓舞して、身振り手振りで場の空気を昂揚させる。
だから訊き入る方も、自然と昂揚していく。
まるで場がひとつに同調したような、一種のトランス状態に陥るのだ。
それこそが東雲斗馬の圧倒的カリスマ性だった。
こうして一致団結した東雲の集団。
ほとんどの生徒が帰宅し、場にいるのは数人の男だけ。
「それより斗馬、流石に臭いぞ。髪の毛だってボーボーだしよ風呂と散発にでも行った方がいいって」
金髪の男が、投げ掛けた。
少し長めの金髪の、一見ホストと思しき整った顔立ちの男。
彼は東雲の参謀役。名前を森竜丸。
東雲とはガキの頃からの悪友で、爽やかな笑顔と裏腹にかなり凶暴な性格の持ち主だ。
「そうか? ずっとこのままだったからな。自分じゃわかんねーんだわ」
ヘラッと笑う東雲。
彼はヤクザを追い込むため、数週間闇に籠もったままだった。だから風呂にも入らず、顔も歯も洗っていない。
獣臭の原因はその為だ。
「金は出してやるから、いってこい」
財布から現金を差し出す森。
森の家庭は、裕福な環境にあった。
父親は繁華街にいくつもの店舗を経営している、いわゆる夜王。
因みにこの喫茶店も彼の父親の持ち物で、彼らがアジトとして利用することが多かった。
「足りねーじゃん」
東雲が言い放った。
「一万あれば、お釣りがくるだろ?」
怪訝そうに答える森。
「そんなんじゃ風呂は入れねー。銭湯でも行かすつもりか?」
「はぁ? 風呂ってソープかよ?」
その東雲の台詞に、呆れたように腕をかざす森。
「当たりめーじゃんよ。誰が男の裸なんか見に行くってんだ。女の裸を拝みに行くんだよ」
「やれやれ、この前女を紹介したばかりだろ? もう飽きたのかよ」
「あんなガバガバ、すぐ飽きるって。なんならてめーんちで経営してるヘルス、タダにしてくれよ」
「馬鹿。あそこは本番行為禁止の良店なんだぜ。それがてめー、無理やり本番強制するから、店の女が辞めてく一方だ。……親父にどやされるのはこっちなんだぜ」
東雲にはもうひとつあだ名がある“精子製造工場”。
本人には知られていない、影のあだ名だ。




