一発逆転の目
西園寺大輔は明日に新人戦大会を控えていた。
その日の午後からは、生徒会による壮行会として、部室でのお披露目が開催されていた。
1年生として、予選段階から壮行会を開いてもらうのは異例なことだ。
学園側、及び生徒会としても、西園寺には期待をしていた。必ず新人チャンプになるだろうとの思惑がそこにはあった。
だからこそ“ひとりの生徒を犠牲”にしてまで、西園寺のご機嫌取りをしていたのだ。
斎藤太助は西園寺を気持ちよくさせるためだけのオモチャ。スパーリングの効果などどうでもいい。相手の実力などなくてもいい。
ただ西園寺に殴る感覚を掴んで欲しい為だけの、肉のサンドバックに過ぎない。
そんな訳でこの日は、公開スパーリングが開催されることとなった。
ボクシング部の部室には、それ目的の生徒が大勢詰めかけていた。
生徒会からは今川という副会長。幾人かの教師の姿もある。
その誰もが西園寺の圧倒的強さと、派手に獲物を追い込む様子を見たい口だ。
ライオンの檻に迷い込んだ子ウサギ、それを喰らう瞬間を楽しみにしていた。
それを認め、太助はふーっと息を吸い込む。
太助の後方には一応のセコンドである足柄の姿。
ムカつき加減に反対側のコーナーを見ている。
もちろん対するコーナーには、悠然と構える西園寺の姿。
その後方セコンドは押尾だ。
「太助、今日のところは、あまり我慢しねー方がいいぜ」
足柄が言った。
「えっ?」
振り返る太助。
「これは本番に向けての実戦形式のスパだ。しかも相当数の観客が来てる。奴は普段より本気の拳をぶつけてくる。いちいちそれを受け止めてたら、身体が持たんだろ」
相変わらず足柄は西園寺を睨んでいる。
この男、西園寺が嫌いだ。1年の分際で、3年である自分を馬鹿にしてるから。
「俺は少しだけ、お前を見直してきてるんだよ。よくあの地獄を耐え凌いでいるもんだって」
「えっ?」
「とにかく早めにダウンしろ。セコンドとして骨は拾ってやるから」
そして太助に対してすまないとも思っていた。
自分を弱い人間だと思っている太助だが、幾人かの心を突き動かす力強さは培っていたようだ。
確かに太助自身、早めにダウンすればこの地獄から早く解放されるだろう。
明日から当分はスパーリングもしなくていいだろう。取り敢えずの地獄は回避できる。
だけど……
太助の視線が捉えるのは、自分の斜め下、リングの横に座るひとりの生徒。シュウだ。
真一文字に結んだ口元。ぐっと西園寺を睨んでいる。
「足柄先輩、タオルは入れないでください」
「えっ?」
その太助の台詞に、今度は足柄が戸惑う方だ。
「おいら、あいつを、殴らなきゃならないから」
「あいつって、西園寺?」
一瞬の沈黙。
それでも徐々に足柄の口元に笑みが浮かんでくる。
「だったらまずは、ガードを強化しろ。全身に力入れて、倒れるのだけは阻止しろ」
勝てると分かったゲーム程つまらないものはない。
だったらほんのわずかなチャンス、それに懸けるのもありかもしれない。
奢れるものも久しからず。いつの世も、下から這い上がる者の方が強いんだから。
どうせ勝負するなら、一発逆転の方が気持ちいいから。




