覚悟はあるか?
それでハッとなる太助。おもむろに自分の頬に右手を添える。
それで理解した、自分が泣いていることに。
「笑いたきゃ笑えばいい。だけど同じように、泣きたいときには泣けばいいだろ。それが普通だ」
そのシュウの一言ごとに、太助の目からは大粒の涙が溢れてくる。
正直シュウの言葉は、太助の本心を的確に捉えていた。
泣きたいけど我慢してただけ。笑顔という仮面で覆っていただけ。
確かに笑顔は人間が持つ最大の武器かも知れない。
だがその逆も然り、笑顔で武装することで、さらなる被害から逃れるだけの防御線。
人間という弱い生き物がする、最悪な行為だから。
既に太助の心の箍は外れていた。わんわんと大声を挙げて泣き続ける。
その傍ら、シュウはフェンスに背を預けて、そ知らぬふりで立ち尽くすだけ。
時折人々が高架橋を行きかい、不思議そうに見つめるが、それさえも気にしない。
こうして十数分が過ぎた。
「もう泣くのは飽きたか?」
シュウが訊ねた。
「うん」
制服の袖で瞼を拭う太助。
「知ってるか、あの西園寺って野郎、生徒会の犬だってこと」
「えっ?」
「あの手のやろーは嫌いなんだよ。誰かの加護の下、調子乗る奴」
「そうなんだ」
「それと俺様は、てめーも嫌いだぜ。いつもいじめられてるだけだから」
「えっ」
慌てて視線を上げる太助。
シュウは前を向いたままだ。おそらくだが、彼の前に嘘は通用しない。少なくても今の彼の前では。
「俺だって強くなりたいよ。自分が強くならなきゃ,なにも始まらないから」
太助なりにその意味は理解してる。
どんなに正義を振りかざそうと、どんなにいいことしようと思っても、どんなに誰かの力になりたいと望んでも、自分が弱くてはなにもできない。
そう思ったからこそボクシング部に入部した。弱いままじゃダメだと、最初から理解はしてる。
「野郎の新人戦、来週だよな?」
不意に言い放つシュウ。
「うん。来週の水曜日」
西園寺の新人戦は来週の水曜日だ。今日が火曜日だから、あと8日ある。
「つまりてめーは、来週の火曜日、また血祭りにされる訳だ」
「うん」
それも事実だ。来週また、同じようなスパーリングがある。
おそらくだが、その時は今まで以上に激しいものになるだろう。
新人戦前の最終調整、太助を壊すぐらいの覚悟はあるはずだ。
「それこそが狙い目だ。あのクソは本気でおめーを壊しにかかる。その隙をついて、野郎に一発拳をぶち込め」
「えっ、俺が?」
想いもしない台詞だった。スパーリングといっても攻撃を受けるだけ。こちらから仕掛けたことは一切ない。
「おめーにそれだけの覚悟があれば、俺も覚悟を見せる。西園寺含めて、学園の全部、ぶち壊してやる」
意味深に響くシュウの台詞。
その意味は太助には分からない。西園寺はともかく学園の全てという意味が。
「どうすんだよ小僧?」
「えっと」
慌てて愛想笑いを浮かべようとするが、すぐにやめた。
「出来るか分からないけど……」
一瞬だけ言葉を切る。
「やってみるよ」
はっきり言って自分でも無謀だと思う。
自分はいじめられっ子、相手は新人戦優勝候補。
完全に格が違う。無残にやられてお終いだろう。
だがそれをやらなければ、なにも解決しない、いや始まりもしない。
少なくともこの黒瀬修司との約束だけは、果たさなきゃと思った。
その表情をまじまじと見つめるシュウ。
「話はそれだけだ、俺様は帰るぞ」
言っていま来た道を戻っていく。
それで太助は気づいた。シュウの家は全然違う方向だと。
おそらく自分を気にかけて、ここまで付けて来たんだろうと。
ぶっきらぼうで口が悪い、世間では危険と揶揄される彼だが、本当は仲間想いで熱い男なんだなと。
そう思うと太助の目にまた涙が浮かんでくる。
とはいえ今度は悔しさや悲しさに溢れたものではない。
シュウの男気に触れた温かい涙。彼の為にも頑張ってみようと改めて思った。




