本音で喋れよ
太助が帰途についたのは、日もどっぷり暮れた時間帯だった。
電車が脇を通る遊歩道に、人の影はあまりない。時折ランニングする者や犬の散歩をする者とすれ違うくらいだ。
既に午後の七時。多くの者は家に帰って一家団欒を楽しんでいる頃だろう。
遠くに見える家々には灯りが灯り、楽しい時間の到来を予測させる。
人からすれば家族の団欒とは楽しみなものだ。『今日はなになにがあった』『明日はなになにがある』そんなありふれた会話が、明日への活力を与えてくれる。何気ない時間、それでも暖かさを感じる瞬間だから。
しかし最近の太助は、それらからも離れた場所に置かれていた。
家に帰っても『疲れたから寝るね』と言って部屋に引き籠っているからだ。
朝は朝で、朝練があるから早めに学校に行っている。多くの雑用をこなさなければならないからだ。
だからここ最近は、家族の団欒どころか、顏さえ合わせていない。
しかし太助は、それはそれでいいと思っていた。こんな顔を見せる訳にはいかないから。
顏といわず身体中、痛々しい傷やあざでいっぱいだから。
普段はマスクとパーカーのフードで隠しているが、全部は隠しきれない。
自分の為に、家族が悲しむ姿は見たくなかった。
だから帰宅する時間も、わざと遅くしていたのだ。団欒の時間をさけて、そっと部屋に戻る為に。
家に続く帰途の途中には、線路をまたぐ高架橋がある。
痛みと疲労と、躊躇いの籠る足を、少しずつ上げてその階段を登り始める。
その度に戸惑いが生じる。このまま帰って、ママにみつかったらどうしよう。パパに見つかったら心配するだろうな……
そんな家族に対する不安だ。
こんなことなら家になんか帰らなければいいのに。そんな歪んだ感情が浮かんでくる。
高架橋の真上に登って歩き出すと、その真下を電車が通過していく。
ガタンゴトンと、子気味いい音が響いている。
あれに乗れば、知らない場所に連れてってくれるのかな。そんな漠然とした思いに包まれる。
そこは幸せな場所ならいいな。笑顔の絶えない平和な国なら……
「なにしてんだよ」
その不意な声で我に返った。
「シュウくん……」
そこにいたのはシュウだった。
「どうしてここに?」
「てめーこそ、なにしてんだ」
不思議に思い訊ねる太助だが、シュウの方が怪訝そうな表情だ。
「そっから逃げる気、してんじゃねーだろうな」
それで太助も気が付いた。自分がいつのまにか、高架橋脇のフェンスによじ登っていたことに。
慌てて通路に飛び降りる。足がよろけて、地面にしりもちを付く。
「あはは、おいら、寝ぼけたのかな」
へらへらと笑みを浮かべて、後頭部に手を当てた。
気恥ずかしさはあった。変なとこを見られたなと、思った。
「なに笑ってんだよ」
それをシュウの鋭い視線が貫く。
「だって笑ってれば人生楽しいし」
正直、それが太助のポリシーだ。
笑う門には福来る。
この世界で笑うことができる生き物は人間だけ。人類が生き残るために手に入れた、最大の武器だと思っているから。
「ふざけんなよ、俺はまじめに訊いてんだ」
しかしシュウは頑なだ。太助の心の中、本心を引き出そうとしている。
「この期に及んで、作り笑いなんかしてんじゃねー。てめーは俺にもハッタリかます気か?」
「ハッタリって……」
「どこの世界に、それだけの怪我して、笑ってる馬鹿がいる」
「それは……」
「だから人間は下らねーんだ。なんでも笑ってごまかそうとするから」
「人間って……」
もはや太助には意味不明だ。どう返していいか分からず、頭がパニくる。
ちっと舌打ちするシュウ。意識を切り替えるように、バリバリと髪を掻き挙げる。
「人生楽しいなら、なんで泣いてんだ」
そして言った。




