オーク戦線 夏の陣
こうして2人、廊下を抜け、グラウンドを渡り、校門を抜け、遊歩道を行き、商店街を潜り抜けた頃には緑鮮やかな場所にたどり着いていた。
そこは神社へと続く階段の入り口。
ここまで来る途中で集めた情報では、倶楽部の面々はこの上の神社にいるとのこと。
空は灰色の雲に包み込まれつつあった。風も強くなり、境内にある木々の梢を揺らしている。
2人、大きな石の鳥居をくぐり、石階段を登っていく。
長く続く階段。最後に残された、狛犬が見守る鳥居を潜り抜けると、玉砂利が敷き詰められた境内が見える。
右手方向に社務所があって、反対側には手水舎。
そして真ん前にある本殿の階段付近に、目的の人物たちは揃っていた。
一番真ん中にはエリザベート。その左右にはエリ女。その右側にいるのは由利。
淀川ファン倶楽部の重鎮たちだ。
「お主、シュウではないか。いかが致した?」
訊ねるエリザベート。
辺りではエリ女、イソノとノハラも怪訝そうな表情を見せている。
「おめーらのせいで、こっちは散々なんだよ」
言い放つシュウ。
「俺様の金太マン、壊したよな?」
そしてそのシュウの一言で、エリザベートを始めとした女たちが、はっと顔を赤らめる。
「おいおいおんし、ここに来て下ネタか?」
堪らず言ったのは由利だ。
腕を組み、仁王立ちでシュウを睨みつける。
「下ネタじゃねー、金太マンだ。おめーらの誰かが壊したんだろ」
それでもシュウは気負わない。敢然と言い放つ。
やれやれとばかりに両腕をかざしてジェスチャーする由利。
「それで、仲間従えて、殴り込み掛けた訳や」
その視線が捉えるのは、後方のゴン太。
「……あ、いや、拙者はその」
ゴン太は少しばかり戸惑う様子だ。わずかに顔が赤くなってる。
「まぁええや」
由利が言った。こきこきと首と腕をストレッチしている。
「黒瀬修司、どうせ貴様とは、いつかはやらなきゃダメだと思ってたしな」
鋭い眼光だ。それがシュウを突き刺す。
「そうこなくっちゃな」
対するシュウも隠していた覇気を開放する。
吹き込む風が強くなり、木々をざわざわ揺らす。
「じゃが、さすがに2人相手は適わんぜ」
意味深に言い放つ由利。
それはおそらく、ゴン太のことを指しているのだろう。
「待て、拙者は別にあれだ」
それにはゴン太も困惑した様子。
自分は生徒会の悪政を糾弾しに来ただけであって、倶楽部と争うつもりはない。
しかし由利の狂気は解かれることはない。
「おもしれーよな。サムライ相手にするなら、“忍びの者”ってか?」
何故だろう、辺りがかすかに揺らめいた気がする。少しばかり寒気を覚える。
「ゴン太、上だ!」
シュウが吠えた。
それと共に、ゴン太も醜悪な覇気を感じ取ったようだ。
手にする鉄パイプを真上にひき上げる。
ガキーン! 激しい狂音が響いた。
「よく弾いたんだな」
淡々と響き渡る声。
それは宅ちゃんだった。いきなり真上から現れ、ゴン太に奇襲をかけたのだ。
宙をくるりと回転する宅ちゃん。そのままゴン太の数メートル先に着地した。
「なんて野郎だ」
その様子をわなわなと震え、呆然と見つめるゴン太。
おそらくゴン太と宅ちゃんは初対面。基本宅ちゃんは表に姿を現さないから。
それでも徐々にゴン太の表情が引き締まっていく。
「成る程、忍びの末裔ってことじゃな。面白い、この勝負引き受けようぞ」
戸惑いよりも興味の方が勝ったか、ぐっと鉄パイプをかざす。
しかし対する宅ちゃんは覚めた様子。
「さっきはシュウのお陰で助かったみたいだけど、次はそうはいかないんだな」
両手をだらりと下げて、飄々と言い放つ。
その身から、かすかに霧が生じ始める。徐々にその姿が消えていく。
「……霧隠れの術、ということだな」
ぐっと気を引き締めるゴン太。
ざわざわと木々の梢がうごめく。辺りは夕方のように暗くなりつつあった。
分厚い雲の上で、稲光がゴロゴロ轟いている。
「チェストー!」
ゴン太が吠えた。
「はんぎゃー!」
続いて響き渡る、宅ちゃんの悲鳴。
それには暢気に見物していたエリザベートたちも驚愕した様子だ。
「嘘だろ、宅殿が?」
「初めて見た、宅ちゃんの術が、あっさり解かれる姿」
「マジもんのサムライなのか?」
誰もがゴン太の見えざる潜在能力に度肝を抜かれていた。
そしてもちろん一番驚いているのは宅ちゃん。
「びっくりしたんだな」
地面に尻を付き、目を大きく開いてゴン太を見つめている。その額にはうっすらと血が滲んでいた。
「どんなに姿を消そうと、本当に姿を消した訳じゃなかろう。心の目で見れば、容易いことよ」
佐藤ゴン太。姿格好や話し方はサムライ、新選組だが、その心もサムライ。完全にサムライになりきっている。
完全なる変態だ。
「こうなれば、おいらも本気になるんだな」
地面に足をつけ、立ち上がる宅ちゃん。
「望むところよ。戦場で命を懸けん者がどこにおる!」
「サムライ殺すんだな!」
こうしてサムライもどきと忍者の末裔の、激しい戦いの火蓋が切って落とされた。
そしてその戦いを、シュウと由利が横目で窺っていた。
2人間合いを取って、戦闘態勢にある。
「なんやあの男、宅ちゃんを本気にさせるなんて、恐れ入ったわ」
さばさばと頭を振る由利。
足を前後に開いて中腰。右手は手前に構え、左手は背骨の位置。
「当然だろ、俺様に勝手に付いてきたんだ。少しぐらい戦力になってもらわなきゃ」
シュウの方は、ゴン太には興味を示していない。両拳を前にかざし、真っすぐ由利を見つめるだけ。
「あのムカつくサルはどうした?」
「サルって、猿飛か?」
呆れて問いただす由利。
「猿飛は寝てるわ」
「やっぱサルだな」
「訊いたら怒るぞ」
淡々と会話しながら、じり足で間合いを取っている。
最初に動いたのは由利。低い体勢で、シュウの懐に飛び込む。
その拳がシュウの脇腹を狙う。
しかしシュウはそれを左ひざを立てて弾き出す。
由利の顔面目掛けて右の拳を走らせる。
それを由利は上体を逸らして回避する。そのままサマーソルトキックの要領で、シュウの顎を掠める。
「ちっ!」
僅かに身を逸らしてそれを凌ぐシユウ。臆することなく走り出し、由利の背中に回し蹴りを打ち込んだ。
そして両者、互いに後ろに飛びのき、態勢を構え直す。
「成る程、魔王シュウ。噂通り、相当なる実力じゃのう」
飄々と言い放つ由利。
「俺様は修羅だ」
ぐっと睨みを利かすシュウ。
第一次オーク戦線の裏で行われたこの戦い、後に“オーク夏の陣”と呼ばれる戦役だ。
黒瀬修司と由利征四郎、現状力の均衡は互角。互いに長期に及ぶ死闘は覚悟していた。




