価値観なんて人それぞれ
「キャキャキャ、ようやく終わりだな」
東雲が言った。
目の前の樹木の幹には、上原が背を預けて座り込んでいる。
かなりの時間に及ぶ捕獲劇だった。
逃げ惑い、間を縫って攻撃を仕掛ける上原を、ようやくここまで追いつめていた。
「斗馬、ぜってー逃がすんじゃねーぞ」
頭を押さえ言い放つ森。その額からはだらだらと血が流れている。上原を押し倒そうとして、頭に大きな石をぶつけられたのだ。
かなりのダメージは受けていた。現状立っているのもやっとの状態。
「ホント、手癖も足癖も悪い女だよな」
東雲は上原の太ももの上に馬乗りになり、その両手を左手一本で木の幹に押し上げている。
東雲の受けたダメージは皆無。
上原は右瞼が腫れて、口角が切れて血が滴っている。その上東雲の蹴りで、右アバラを負傷していた。
そして一番致命傷なのは右額が大きく切れていること。
そこから血が滴り、右目まで真っ赤に染まっていた。
「悪いか、これが性分なんだよ」
それでも上原は冷静。覚めたように東雲を見据えるだけ。
「ふざけた女だな」
その上原の表情をじっと見つめる東雲。
「そもそもてめーは女だろ」
化粧っ気もなく、すっぴんの上原だが、その整った顔つき、澄んだ視線。
いわゆる美人の類。髪を整えて化粧でも施せば、その辺のモデル真っ青の部類だろう。
「それともてめー、自分が女だってこと、教えて欲しいのか!」
東雲の残された右手が、上原の胸元に伸びる。
そして黒いジャージのジッパーを下にずり降ろした。
「てめぇ……」
堪らず声を漏らす上原。
ジャージの下から出てきたのは黒いタンクトップ。その下の胸は、白いさらしでがちがちに巻かれている。
「なるほどな、さらし巻いてたから、胸が小さかったんだ」
流石の東雲も、顔がにやけてくる。
元々上原の胸はかなりの大きさを誇っているようだ。だがさらしで巻いてそれを感じさせないようにしてあった。
故にその巻きはじめの部分からは、胸元が大きくはみ出していた。
「けけけ、こりゃー飛んだ上物が釣れたってことだな」
いつの間にか、そこには森も歩み寄って上原の腕をぐっと拘束していた。
「なにするんだ。卑怯だろ!」
声を荒げる上原。さすがにこの状況はまずい。
「こんな布切れ、俺が取ってやるよ」
東雲の方は両手が自由になっていた。
上原のタンクトップに手を伸ばし、それを引きちぎろうとしている。
ブチブチと音を発てて、それは引きちぎれる。真っ白いサラシだけが視界に飛び込んだ。
「さてと次は本丸を落とすだけだな」
東雲の魔手が、上原の胸に伸びてくる。
「やめ……」
気丈にも言い放つ上原だが、恥辱感から声が出せない。いつの間にか涙目になっていた。
バキッ! 音が響いた。
続いて森が、横になぎ倒される。
「なんだ?」
怪訝そうに振り返る東雲。
「つくづく外道だな」
いつのまにか東雲の後方になにかの影がそそり立っていた。
「てめー、葛城!」
慌てて言い放つ。
それは葛城誠だった。森はそれに殴られて、意識を失ったようだ。
慌てて立ち上がろうとする東雲だが、そうはいかない。何故なら上原によって上着を掴まれていたから。
葛城の強烈な蹴りが、東雲の頬を貫いた。
もんどりうって、数メートル吹き飛ばされた。
「くそっ、油断した」
口から血をだらだら流し、四つん這いで立ち上がろうとする。
今度はその腹部に強烈な蹴りを叩き込まれた。
身体をくの字に折り、後方になぎ倒される。
激しい痛みが身体を襲い、動くこともままならない。
それを横目で窺う葛城。
「酷い怪我じゃねーか」
上原に寄り添い問いただす。
「あたしは大丈夫。それより奴らにとどめを」
これは勝機だ。ここで東雲にとどめを刺せば、東雲派閥は戦線から離脱するだろう。
「そんなの放っておけばいい」
しかしそれを葛城は拒否する。
「今はあんたを病院に連れてくのが先決だ」
言って上原を両腕で抱き上げた。
「大丈夫だって歩ける」
「わがまま言うな、このまま病院に行く」
微かに紅潮する上原だが葛城は至って真面目。
それを上原も仕方なく受け入れる。気づいたようにジャージのチャックを上にあげた。
「しかしよくここが分かったな」
それよりも不思議なのは、ここに葛城がいること。
上原の家と葛城の家は別方向だ。たまたま通りかかった筈はない。
「何度も電話してるんだよ。あんたに限って、返信もしないのはおかしい」
その葛城の返答に上原は自分のスマホを確認する。確かに三回、着信がある。
いつのまにか東雲たちはそこから消えていた。
「早く処置すりゃ、傷跡も残らんだろう」
「どうかな。これであたしも傷物だ」
「そんなの気にせんでいいだろ。それぐらいじゃ、あんたの価値は変わらん」
「馬鹿」
上原の頬が赤く染まった。




