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宵闇の狩猟


 闇夜に包まれていた。


 住宅街に続く遊歩道は、行きかう車の姿も少ない。街路灯が数機灯っているだけて、ほの暗くて妙に寒々しい。



 そこを上原歩夢がひとり歩いていた。着込むのは相変わらず黒いジャージだ。


 この道は幼いころからの通いなれた道だ。どこになにがあって、どこに段差があってと、事細かく理解はしている。


 あと三メートル進めば、大きな邸宅が面していて、ガレージには高級そうな外車が停められていて、横には繋がれたシェパードの姿がある。


 上原が帰ってくると、門の隙間から鼻先をのぞかせて、上原が差し出した左手をなめてくる。お帰り、のあいさつだ。



「ただいま」とぼそりと呟いて、そのまま歩いていく。



 そして十メートルほど歩くと左方向に公園の姿がある。


 昼間は多くの人々でにぎわう場所だが、夜になると少しばかり物悲しい。周りに植えられた広葉樹の影が、黒くうごめいている。



 その公園入口付近に何者かの影があるのに気づいた。



「上原歩夢だな」

 闇の中に、ギラギラした視線だけが浮かびあがる。


「誰だ?」

 ハッとして後ずさる上原。


 それで気づいた。後ろにも誰かがいることに。


「わりいけど、ここで消えてくれねーかな」

 後方の人物は、街路灯の光でかろうじて姿を確認できた。金髪の男、森竜丸だ。


「まさかお前?」

 ぐっと前方に視線を向ける上原。

 おそらくだが前にいるのは東雲斗馬。葛城とも互角に相対する非情な男。



「待ち伏せしてたか」

 流石にこの状態では不利だ。これだけの手練れ、2人相手はキツイ。


 すかさず逃げ出す。




 やはり公園内は、暗闇が支配していた。ところどころに街路灯はあるが、それはやけに心もとない。


 必死に逃げる。しかし森の素早さは思った以上だった。


「逃げんじゃねー!」

 後方から上原の肩目掛けて腕を伸ばす。


「くっ!」

 仕方なくその場で振り返り、右のバックブローを飛ばす。


 それは森の頬に当たり、森は後方に弾かれる。


「てめー!」

 だが間髪入れずに東雲が襲い掛かる。


 上原は身を低くして、ハイキックを東雲の脇腹に打ち込んだ。


 東雲が後方にたたら打つ。


 こうして反撃したはいいが、致命傷には至らない。逆に追いつかれ、左右を囲まれていた。



「くっ、闇討ちとは卑怯だぞ」

 堪らず言い放つ。


「冗談、頭いいって言えよ」

 ほほを擦り、にやけたように言い放つ森。


「“相手を騙す”、って意味で言えば、てめぇも同類だろうが」

 東雲が意味深に言った。



「なんだって? どういう意味だ」


「自分の胸に訊いてみろよ」


 上原が訊ねるが、東雲はせせら笑うだけ。


「とにかく俺らは、てめぇが邪魔なだけなのさ」

 森が言った。すかさず駆け出す。


 上原の攻撃範囲に踏み込むと、左右の乱打を繰り出す。


 対する上原は、腕を使ってそれを外に弾き出していく。


「マジ、ちょろちょろとうるせー野郎だな!」

 くるりと回転する森。振り向きざまの回転キックを放つ。


「ぐっ!」

 両腕を駆使してそれをガードする上原だが、その身体ごと、後方に弾き出される。


「ひゃはは、もろい身体だなぁ!」

 間髪入れず踏み込む森。


 後方に弾かれてままならぬ態勢の上原だが、地面に右手を付けて態勢を確保する。


 それを起点に、上に向かって足を大きく振り払う。


 それで森の鼻先に蹴りを叩き込んだ。


「ぐおっ!」

 堪らずそれをバックステップで回避する森。


「相変わらず、躾の行き届いてない“女”だな!」


 刹那、目の前に殺気を覚える上原。


 咄嗟に後方に飛びのくが、不意な力でこめかみに痛みを覚えた。


 被っていたキャップが、宙に浮いた。黒髪がばさりと街路灯に煌めいた。



「マジで騙されたさ。山崎なんて猛者とコンビ組んでるんだからな。だから先入観で男だと思ってた」

 さばさばと言い放つ東雲。


 それを上原は黙って聞き入るだけ。



「上原歩夢、学園側じゃ性別は記載されてないが、戸籍の方じゃ、ちゃんと区分けされてる。女だよな」


 街路灯に照らされ、上原の表情が克明になる。

 切れ長で大きな目。筋の通った鼻、凛とした構えの唇。うりざね顔の整った顔立ち。風に揺られ、ショートの黒髪が揺れる。


 上原歩夢、その性別は女性だ。


 東雲が違和感を感じたのは、山崎を襲撃したあの時だ。不意に現れて山崎を救った上原。

 そのとき東雲は、上原の胸に触れていたのだ。それで女ではないかとの疑惑を持った。


 その上で興信所を雇い、身辺調査をした。その結果女であることは間違いないと確信した。


 だからこそ、その弱い部分を攻撃して、自らの勢力を高めようと画策したのだ。



「くそっ」

 ジーンズの後ろポケットに手を伸ばす上原。


 そこからスマホを取り出し、腰の位置で確認する。

 時刻は午後の七時半。



「おーっと、電話なんかさせるかよ」

 森が言った。勝手なことはさせぬとばかりに走り出す。


「くそっ」

 仕方なしにスマホをポケットにしまう上原。

 

 こうして一方的に不利な抗争が開始されたのだ。

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