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最悪な斎藤太助



 その日の放課後、ボクシング部部室に太助の姿があった。


「まったくムカつくわよね。これで残り一匹よ」

 ぶつくさと呟く押尾。


「仕方ねーだろ、転校して逃げ出した、制裁加えようにも制裁出来ん」

 それをグローブをつけた足柄が、リングの上から見下ろしていた。


 それは太助と共に入部した新入生の話題だった。



 この頃になると、他の新入部員は太助を除ぞいて全部辞めていた。

 だが辞めるにしても、酷い制裁と共に辞めていた。

 それを恐れ、転校届けを提出する者まで現れる始末。


「ははは……」

 よろよろとその身体を引き摺るように、床を雑巾掛けする太助。


 太助とて、退部届けを出したいとは思っていた。

 だがその為には殺人級の制裁を加えられる。


 もちろんそんなことで、転校するなど出来はしない。

 なにより両親に迷惑をかける。自分のことで悲しい思いなどさせたくない。


 結局おとなしく従い、最小限の被害で済ませようと思っていたのだ。



「ムカつくわねー!」

 金切り声を挙げる押尾。


「最後の奴隷は、あのコゾーひとりか」

 足柄の非情なる視線が、太助を捉えた。


「うふふ。それじゃー、躾と行きますか」

 呼応して視線を向ける押尾。


「ちょっと太助、隅まで行き届いてないわよ! そこ、汗の跡が残ってる」

 そしてつかつかと歩き出した。



「あっ、えっと……」

 戸惑い視線を向ける太助。


「早くしないと、他の部員の邪魔でしょ?」


「すみません。……だけど、流石に俺ひとりだし」

 太助とすれば、精一杯やったつもりだ。

 だが現状、ひとりでは限界がある。



「俺ひとりだからってなによ? あんたひとりしかいないんだから、辞めた人数分、五倍早くやんなきゃ終わらないの」

 それでも押尾は躊躇う素振りを見せない。


「だけど」


「だけど、じゃねーんだよ、一年坊! 先輩命令は絶対命令!」

 足柄の怒号が響いた。



 こうして続く、足柄と押尾の執拗な虐め。


「やれやれ、あいつらも良くやるよ」


「県大会で、脆くも敗れた後だからな。憂さ晴らしも迫力がある」


「聞こえるぞ。こっちまで被害を食うって」

 むろんボクシング部内では、多くの生徒達が部活動に勤しんでいる。


 それでも他人事だ。足柄は曲がった正義感の持ち主、押尾は根に持つタイプで有名。

 下手に太助に同情すれば、火の粉を被るのは自分だからだ。



「一年坊なら、俺だって同じですぜ」

 不意に誰かが言った。


 それはシャドーに打ち込む西園寺だ。

 ウエットスーツを頭からかぶり、黙々とこなしている。



「馬鹿、余計なこと言うなよ」

「お前は特別待遇なんだからな」

 他の生徒達が言い放つ。


「がはは、勘違いすんな大輔。お前とじゃ、レベルが違うんだ」

 意気揚々と言い放つ足柄。


「そうですわ。生徒会長も期待してましたよ。新人戦、必ず優勝出来るって」

 黄色い声を挙げる押尾。



 ボクシング部の将来を引っ張るべき存在である西園寺と、ボクシング部の雑用をこなすしかない太助とは、その扱いが違うのも、当然といえば当然だった。



 だが西園寺の思いは別にあるようだ。


 シャドーする腕を止め、ゆっくりと足柄達に向き直る。

 フードの奥から見える鋭い眼光と、大量に流れる汗が異様だった。


「足柄先輩。……レベルが違うって、俺とあんたとですか?」

 そして意味深に言った。


 場が一瞬静まり返る。誰もが自分の耳を疑っていた。



 足柄の額に、ぴくりと青筋が立ち込める。


「……俺の、聞き間違い、だよな、大輔?」

 そして問い質した。


「馬鹿ね、金太。大輔くんの言い間違いよ」

 慌てて言い放つ押尾。


「そうだって、金太。お前に文句を言う奴はいない」

「落ち着けって。ほら、西園寺も弁明しろ」

 他の部員達も、流石に困惑気味だ。


 太助だけは意味が理解出来ない。


「足柄先輩。……西園寺くん……」

 あたふたとテンぱり、互いを見回すだけ。




 重苦しい空気の中、西園寺と足柄の睨み合いだけが続く。



「試合に負けて、後輩を虐めるなんて、下衆の所業っすよ」

 西園寺が言った。


「なっ?」

 愕然となる足柄。


「いや、元々下衆でしたね。……見てるこっちが反吐が出る」


 ワナワナと震える足柄。


「なんだとてめー! それが先輩に対する台詞か!」

 狂気に吠えた。



 西園寺の台詞は、明らかに足柄に対する嫌味が籠められていた。

 押尾を始めとした他の部員は、青ざめて見守るしか術がなかった。



「一応、敬語使ってんすけどね」

 上目遣いで視線を向ける西園寺。


「一応だって? ナメてんのか貴様?」


「なめてないっすよ。……それでも納得出来ないんなら、拳で勝負しますか?」

 ぐっと拳を手前にかざした。



 そして再び沈黙が支配する。


「やったるわ! 先輩なめんな!!

 足柄が吠えた。


 リングを飛び降り、西園寺に向けて歩き出す。


 先輩としてのプライドと、ここまでの流れが、その台詞を言わせていた。



「止めろ! そんなことするんじゃねー!!」

「同じボクシング部同士だぞ」

「スパならともかく、私闘は厳禁だ!」

 多くの部員が、足柄を拘束する。


 結論から言えば、足柄のレベルでは西園寺に勝てる訳がない。

 誰もがその事実を知っていた。



「離してくれ。俺のプライドが許さねーんだ」

 歯を食いしばり、西園寺を睨む足柄。


 その真っ赤に染まった表情は、まるで赤鬼のようだ。


「それともなにか? 俺じゃあいつに勝てないと思ってるのか!」

 言ってぎろりと辺りを見回す。


 誰もなにも答えない。『勝てる』と言えば明らかな嘘だし、『勝てない』と言っても怒りが収まる筈はない。


「馬鹿ね。生徒会の為でしょ」

 不意に押尾が言った。


「生徒会?」

 足柄が視線を向ける。


「大輔の新人戦優勝は、生徒会の目標でもある。それがあなたとの私闘で、怪我でもすれば叶わないものとなる」

 押尾の台詞は静かなものだった。


 興奮気味だった足柄の表情も、少しずつ冷めていく。



「もし仮に、そうなったとすれば部の活動費は削減される。それが“源平げんぺい”の耳にでも届けば、あなた事体も大変なことになる」


 西園寺大輔は、生徒会が県外から招いた特待生だ。

 新人戦で優勝し、オークの名前を一気に広める為の、いわば広告塔。


 つまり西園寺はボクシング部部員でありながら、オークの名をその背中に背負ったシンボル的存在。


 流石の足柄も、反論する気力が削がれていた。


 その脳裏に過ぎるのは、生徒会という絶大なる権力と、それを支配する絶対王者の存在。



「もういいんでしょうか、足柄先輩」

 西園寺が言った。


 それに反応し、無言で頷く足柄。


「だったら源平先輩からの言伝、言わせて貰います」

 西園寺が言った。


「源平って、生徒会長のこと?」


「お前、生徒会長と繋がりがあるのか?」

 押尾と足柄が問い質す。



 意味深な笑みを浮かべる西園寺。


「俺の新人戦、完全なものになるように呼び出されたんすよ。それで生徒会と契約を結び直した」


「契約?」


「それで、源平はなんて?」


「どうも最近、実戦練習が足りない。悪いが先輩方、腰が引けて練習にならないんですよ」


 それも確かな台詞だ。


 西園寺はこの部において、圧倒的強さを誇っていた。それ故に相手になる部員が居ない。


 多くの部員も、その威力に恐れ、スパーリングさえ容易ではなかった。


「そこで提案です」

 西園寺が向き直った。


 誰もが無言で、その姿を見つめている。


「斉藤太助。俺のスパーリング相手に下さいよ」


「えっ?」


 西園寺の視線が捉えるのは、呆然と床に座り込む太助の姿だ。


「先輩方のオモチャは卒業だ。斉藤太助、俺が必ず勝利する為に有効活用させてもらう。……それが俺と生徒会との契約」




 こうして太助のボクシング部での立場は変わった。


 足柄と押尾の執拗なる虐めの道具的役割を終え、西園寺のスパーリング相手となった。



 だがそれは、更なる悪夢を引き出すだけだとは、その時の太助には理解さえ出来なかったのだ。

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