修羅場のシュウ
同日~3時限目前休憩時間~
「ハァー、メンドくせーな。なんで俺様がこんなこと」
シュウが廊下を移動していた。
着込むのは学園のジャージ、気怠そうにぶつくさと呟いている。
「へへへ、仕方ないでしょ、体育の準備係なんだから」
その後方からは太助が、チョコンと付いて来ている。
彼らは体育の準備係。次の授業でのバスケの前段取りをする目的があった。
その太助の台詞をウザそうに訊きいるシュウ。
耳の穴をかっほじって立ち止まった。
「だったら、てめーが全部やっててくれや」
振り向いて答えた。
戸惑うように身動きを止める太助。
「別に構わないけどね」
ヘラヘラと笑い答えた。
休み時間の廊下は、他のクラスの生徒達でガヤガヤしている。
その空気の中、シュウと太助は黙って見つめあうだけだ。
「あーメンドくせー。冗談だわ」
そしてシュウ、バリバリと髪を掻き上げ歩き出す。
ホッと小さなため息を吐く太助。シュウの後を追って歩き出す。
「おめーよ、そんなヘラヘラしてちゃ、他の奴らに馬鹿にされるだけだぜ」
「えっ? 別に構わないし」
「構わねーって、おめー」
太助の顔は、相変わらず痛々しい青あざとシップが目に付く。
それなのにニコニコと笑顔でいる気持ちが、シュウには理解不能だ。
「ま、いいやそんなこと」
それでもやはり他人事だ。意に介さず淡々と歩き続ける。
そしてそれは1年G組の前を歩いていた時だ。
「黒瀬、修司。……シュウやな?」
不意に誰かが声を掛けた。
「あぁ? 誰だ、俺様のフルネーム語る奴は?」
訝しげに視線をくれるシュウ。
「ホンマ、とぼけたツラしとるのう」
それは窓際に背を預けた生徒だった。
緑色のモヒカン刈りで、頬のこけた細い眉毛の生徒。
その頭の上には黒い小猿が乗っかっていた。
「ヴァ? てめー俺様にケンカ売ってんのか。そんなペットなんざ引き連れてよ」
堪らず言い放つシュウ。
「おっと、悪いな、自己紹介が遅れたわ。ワイの名は由利征四郎、そしてこいつの名は猿飛。同じ1年生なんでヨロシクな」
モヒカンが言い放つ。
男の名は由利征四郎。
そして小猿の名は猿飛。共に1年G組の生徒だった。
一瞬、言葉に詰まるシュウ。
「馬鹿だろてめー?」
呆れたように吐き捨てた。
「1年生って、猿じゃん」
同じく太助も見つめてる。
しかし由利の表情は真面目だ。
「馬鹿とはなんじゃ? 猿飛はワイらのクラスメート。学園側も、同じクラスの奴らも承知しとる事実じゃ」
堂々と言い放つのみ。
「はん、ますます馬鹿じゃねーか。猿がクラスメート? ガッコー側も承知してる? ……んな訳ねーべよ」
「仕方ないじゃん。事実なんだから」
不意に第三者の声が響いた。
「……」
「……」
思考の吹き飛ぶシュウと太助。
「……誰だ、いま喋った奴?」
シュウが辺りを見回した。
「ボクは十六歳なんだよ。高校くらい、通っても普通じゃない?」
再び声が響く。
……それは明らかに猿飛のようだ。
「ハンギャーーーーッ!!! 猿が喋った!!!!」
愕然と後方に後ずさる太助。
「嘘だべ、てめー」
シュウも愕然と猿飛を見据える。
状況から考えるに、喋ったのは猿飛以外に考えられない。
そこには多くの1年G組の生徒がいるが、猿飛の様子など気にする素振りも見せない。
まるで当たり前のように、それぞれ会話を繰り出している。
「嘘だ、いくらなんでもエテ公が高校に入学するなんて……」
「エテ公?」
愕然と言い放つシュウを、猿飛が睨む。
「おいおい、あまり猿飛を怒らせんのが賢明やぞ」
堪らず助言する由利。
しかしシュウはその台詞には反応しない。
「……考えろ、考えるんだ俺様」
必死に頭の中をフル回転させて、答えを見いだそうとする。
「……そうか、てめー着グルミだべ、中に人が入ってんだべ」
やがて導き出した答えはそれだ。
「アホかお主、こんな小さい猿飛に、人が入ってる方がおかしいやろ」
それに由利がつっ込んだ。
しかしシュウにはどうしても納得出来ない。
「背中見せろ! チャックはどこだ!!」
声を荒げて、猿飛に手を伸ばした。
「ボクに触るな!!」
呼応して飛び上がる猿飛。
由利から赤い縄を受け取り、シュウの周りを駆け抜けた。
「グオーーーッ!?」
突然の事態にたじろぐシュウだが、あっという間に縄で封じられ、天井に吊り上げられた。
それは逆えび縛りだ。まるでSMを彷彿させるように、シュウの身体が拘束されたのだ。
「な、な……」
もはや言葉もないシュウ。
多くの生徒の前で見世物のように晒されて、紅潮するのみ。
その眼前で、由利は呆れたように額に手をあてている。
その頭上で、猿飛が何事もなかったように座り込んでいた。
「じゃから言うたんじゃ。猿飛はこのオークの生徒。入学式の時、担任のセンコーも納得出来ず喚いておったわ『どうして我が校に猿が入学出来るの? 面接の時、猿が来たなんて話、訊いてないわよ』なんてな。その女教師、猿飛に亀甲縛りにされて晒しもんにされたがな。だから猿飛の素性を暴くのは、禁止事項なんじゃ」
淡々と言い放つ由利。
その台詞も事実だ。1年G組のクラス担任は杉田彩、女王様張りのお高い女だ。
この杉田、入学式が終わったクラス内で、猿飛を指差してそんな風に喚いたそうだ。
だがそれが猿飛の逆鱗に触れて縄で拘束され、亀甲縛りで大勢の生徒の眼前に晒し者にされたのだ。
それを知っているからこそ、G組の生徒は猿飛の素性を詮索しないのだ。
心の中ではおかしいと思いつつも、ごく普通に接するだけ。
「ふふふ、情けない姿だね」
シュウに顔を近づけ、卑下たように言い放つ猿飛。
「ザケンなこのエテ公! この縄を解けってんだ!」
ギャァギャァと喚き散らすシュウ。怒りより、恥ずかしさの方が倍増していた。
「キミのこと、ずっと観察してたけど面白いよね」
それでも猿飛の態度は変わらない。
「なんだとてめー?」
「キミは、魔王と呼ばれる程、とてつもないカリスマ性を持ってた人物なんだってね」
訝しがるシュウを余所に、淡々と言い放つ猿飛。
その魔王とのあだ名は、太助も興味があった。故に漠然と聞き入っている。
「だけどある日、通り魔に刺されてその存在を消した。もちろん実際は死んでいないし、回復も早かった。だけど神奈川の統治者たる能力を封じた。その有り余る闘争心を封じ込んで仲間を拒否し始めた」
淡々と言い放つ猿飛。
その台詞を聞き入るシュウの表情も、少しだけ真顔になっていく。
「多くの者達は、影で囁いた。『シュウは通り魔に刺されてビビッちまった』『怖くてしり込みして、覇権争いから逃げ出した』『死神に怯えて、自らの死に場を求めてる』とか、本気ともしれない誹謗中傷を」
「へっ、そんな話、勝手にしてればいい。仲間なんざウゼーだけだ」
堪らず言い放つシュウ。
「そんなぶっきら棒にしないでよ。本当は違うんだろ?」
猿飛の眼光が鋭さを増す。
「なんだと?」
「キミはビビッたり怖がったり怯えたりしてない筈だ。本当は別のこと、大切なものの為に仲間を拒否してるだけだ」
シュウの視線が宙を泳ぐ。
猿飛の台詞は、正解とは言えないが粗方間違いとも言えない微妙なもの。
「シュウくん……」
その様子に、太助も神妙な面持ちで視線を向けた。
「どうやら図星のようやのう。猿飛の洞察眼には呆れて言葉もないわ」
サバサバと言い放つ由利。
「図星じゃねーぞ!」
声を荒げるシュウ。
「とにかく、男のSMなんざ見たくもないわ。解放したれよ」
「そうだね」
由利の台詞に、猿飛が飛び上がりシュウの拘束を解き放つ。
「ふんぎゃーっ!?」
地響きを発てて、シュウの身体が床に転がり落ちた。
「とにかく今日のとこは挨拶までだ」
「授業が始まるから、失礼するね」
こうしてその場を立ち去る由利と猿飛。
「てめーら! 待ちやがれ!」
ワナワナと身体を震えさせて立ち上がるシュウだが、とき既に遅しだったのだ。




