どん底の東雲斗馬
その日の放課後、アンディが国道沿いの遊歩道を歩いていた。
今まで繁華街のたまり場で時間を潰していたのだが、仲間と別れてひとり帰途へと就いていた。
既に陽の沈んだ薄暗い通り沿い、ポツリポツリと灯りだす車のヘッドライトが眩く光っていた。
不意にその傍らの路肩に、一台の国産車がハザードランプを灯して停車した。
怪訝そうにそれを見つめるアンディ。
車を運転しているのは二十歳前半程の女だった。面識はない、派手な化粧の女だ。
その後部座席ドアウインドーが下りる。
「よお、アンディじゃんか」
そこから顔を覗かせたのは東雲だった。
暫く後、東雲とアンディの姿が、国道沿いのファミレス内にあった。
「へっ、派手な包帯だな」
苦笑するように言い放つアンディ。
「まぁな。傷自体は大したことねーんだがよ」
その対面で煙草の煙を吐き出す東雲。
その鼻と頬には、山崎との死闘の激しさを刻むように幾多の包帯があてられている。
山崎と東雲の抗争の件は、学園内では公然の事実となっていた。
しかしそれが明るみになっても、東雲たちはなんら処分されずにいたのだ。
あの激しい争いが起こった間じゅう、ひとりの教師もその事実に気づくことはなかった。
生徒会執行本部は、校舎とは別の棟に建てられている。しかも会議中の携帯電話の使用は禁止。
それらが助長した結果ということだろう。
それらの諸事情を鑑みて処分が下されなかったらしい。
もちろん他にもなにかしらの力が働いたと考えるのが普通だろうが……
東雲の勢力は二割程が欠けた状態となっていた。特に痛手となのが蜂須賀と千家を欠いたこと。
蜂須賀は左腕を骨折、千家に至っては全治3ヶ月の入院を余儀なくされていた。
「なんだよ、俺をこんなとこに呼び出して?」
アンディが訊ねた。ソファーにふんぞり返り、覚めた視線を飛ばす。
「いや、あれだよ、今回の戦争のことなんだけどな…」
一方の東雲はいつもと違う神妙な面持ちだ。
「何だよ、お前にしてはしおらしい台詞だな」
それがアンディには意外に思えた。
「……参ったわ、流石にあれには」
窓の外に視線を逸らす東雲。
ガラス窓にその姿が褪めたように映りこんでいる。
既に外は闇夜に包まれている。ポツリポツリと灯りだしたネオンの輝きが、夜の世界へと誘っていた。
「悪いが、俺は参戦しないぞ」
その東雲の言葉を遮るようにアンディが言った。
大体の思惑は感じ取れた。
東雲は味方に引き込む為、自分をここに誘ったのだろうと。
ハッとしたように視線を向ける東雲。
「……馬鹿、そんなつもりでてめーを誘った訳じゃねーよ」
抑揚のない声だ。どこまでが本音か、知りようがない。
「ならいいさ」
アンディとて東雲の置かれた立場は理解している。理解していても協力出来ない訳があった。
……オーク学園のてっぺん争いに、時間を費やす余裕などなかったのだ。
「だけどよ、俺はあの湯田や古谷の奴がオークのてっぺんに立つのだけは許せねーんだ。おめーだって玉木が嫌いなんだろ?」
意味深に言い放つ東雲。
「ああ、嫌いだ。あのナンパ師、俺のシマ内で見境なくナンパしてやがる。……商売の邪魔なんだよ」
それでアンディの表情が強張る。
玉木を毛嫌いしている程ではないが、少しばかり煙たがっているようだ。
「あいつらは大野の影に隠れて調子こいてるがよ、いつか飛んでもねーことを仕出かす筈だぜ」
「まあ、それもそうなんだがな」
東雲の台詞も、もっともだった。
志士の会という集団は、入学当初の混乱に乗じて結成された集団だ。故に一枚岩の集団ではない。
特に湯田と古谷と鳳仙、この3人は東雲と互角な野望を抱いた者たちだ。
いつ箍が外れ、暴走しないとも限らなかった。
その時突然、アンディの携帯電話着信音が鳴り響いた。
上目遣いで東雲を見据えるアンディ。
「出ろよ」
その東雲の台詞と共に、通話しだした。
「……なんだよ、なにか急用か?」
淡々と話し出すアンディ。それから察するに仲間のようだ。
「……えっ? ……いったいどう言うことだよ?」
その表情が、徐々に強張っていく。
「分かった、直ぐ駆けつける!」
そして通話を終えて、立ち上がる。
そこに先ほどまでの穏やかさはない。困惑の中にも怒りの感情が見え隠れする。
「どうしたんだよ? ……急用か?」
問い質す東雲。
イラつき加減に視線を向けるアンディ。
「……リサが、誰かに襲われた」




