人は城 人は石垣 人は堀
「おらーっ! 吹き飛べよ!」
森の狂剣が、山崎の首筋を狙う。
「なんの、その程度で吹き飛ぶ訳にはいかんわ」
山崎が後方に飛び退いた。
「チッ、だったらこうだ!」
切っ先を逸らす森。木刀を両手で構えて、突きを繰り出す。
神経を研ぎ澄ます山崎。左手で木刀を掴み取り、森の顎に裏拳をぶち込んだ。
「ガァハッ?」
後方にたたらうつ森。
「こんな棒切れで、俺の首など獲れるか!」
すかさず木刀を奪い取る山崎。雪崩れ込むように左のストレートを叩き込んだ。
「な、なんてこった、竜丸が押されてるぞ?」
「有り得ねーだろ。……斗馬の方は油断してたから仕方ねーとして、竜丸がこんなことになるなんて」
それは、廊下を封鎖する東雲派閥の生徒にしても信じられない光景だった。
衝撃的なその光景に、廊下を封鎖していることも忘れてその様子を凝視する。
それに熱中するあまりに、彼らの間を縫うように歩いてくる人物のことにも気付くことはなかった。
一方で東雲の方は、なんとか態勢を立て直していた。
山崎の後方、死角となったそこから明智共々チャンスを窺っていた。
「クソッ、竜丸もヤバイぞ」
「……行くぞ。一気に集中砲火して叩き潰す」
そして2人、意気揚々と足を進める。
山崎は森に集中していて、それに気付く素振りはない。
溢れる怒号、悲鳴、それが2人の殺気をも掻き消していた。まさに一発逆転の瞬間だった。
「孝之、後ろだ!」
刹那、第三者の怒号が響いた。
「なに?」
咄嗟に振り返る山崎だが、時すでに遅しといった状況だ。
「ぶち殺したるわ!」
東雲の握る拳は、完全に山崎のこめかみに狙いを定めていた。
誰の目にも東雲の勝利は確実と思われた。
「させるか!」
怒号と共に、激しい凶音が響いた。
教室内が一瞬静まり返る。誰もが息をする事も忘れ、その光景を見つめていた。
「……へ?」
東雲の視線の先、山崎の身体が揺らぐ。まるで壊れたテレビ画面を見てるようにぐらりと動いた。
……いや違う。実際に揺らいだのは東雲の方。
右頬に焼け付くような感覚が走り、唇がバックりと裂けて血が滴っていた。
「……なんでだよ」
意識がおぼろげになり、よろめきながらも横に視線を向ける。
その空間に別の人物の姿があった。
黒いジャージを着込んだ小柄な生徒。右足を大きく宙に掲げている。
それは上原歩夢。
どうやら人混みをすり抜けて山崎の加勢に現れたらしい。
そして素早く東雲の頬を蹴り抜いた、そんな構図だ。
おぼろげな視線でそれを捉える東雲。
それでも自らの身体に気合いを籠めて、倒れ込むのを必死に踏ん張る。
「てめぇーーえ! よくも俺の邪魔をしたなーぁ!」
既に冷静さは皆無だった。
あと少しで勝利は確実だった。それを未然で奪われ、どこの馬の骨とも判らない人物にダメージを打ち込まれた。
憤怒の感情しか沸かなかった。
「山崎を討ち取る前に、てめぇは殺してやるよ!」
怒号と共に、上原の顔面目掛け拳を撃ち放った。
だがその拳は大きく逸れて、上原の胸元を掠めただけ。
「えっ?」
有り得ぬ違和感が、その脳裏に浮かぶ。
激しい衝撃音を発てて、その身体が床に倒れ込んだ。
それは東雲ならずとも、有り得ぬ光景だった。
その場の誰もが信じられぬものを見るように、床に屈伏す東雲を見据えている。
「……まいったわ。……平衡感覚を持ってかれたわ」
上原の一撃は、東雲の平衡感覚に大きなダメージを与えていたのだ。
もはや立ち上がることさえ儘ならない。
「ヤベーぞ、斗馬が倒れた!」
「斗馬を守るんだ! ここで斗馬を獲られたら、戦争に負けるぞ!」
「山崎を阻止しろ!」
そして教室内に、幾多の怒号が巻き起こる。
森を中心とした1年生が、教室内に雪崩れ込む。
「早く助け出せ、即座に撤収だ!!」
「ガッコーバックれんぞ、退却だ!」
急いで東雲の身を回収すると、即座に撤退作業にはいる。
そしてその情況は、廊下に集結していた多くの3年生も、知ることとなる。
「なに? あのガキが負けただと?」
「当然だろ、孝之に勝てる筈がない。俺らは最強だ!」
「だったらあのガキだけは逃がすな!」
「メチャクチャに殴り倒して、自分のしたことのケジメを付けさすんだ!」
「雑魚は逃がしても仕方ねーさ。だけどあの臭いガキだけは逃がすんじゃねーぞ!」
「当たり前だ! あの東雲って小僧の顔は、ちゃんと覚えてるんだからよ!」
山崎襲撃の件は、この地点で多くの者たちが聞き及んでいた。
故に山崎に加勢しようと、多くの3年生、及び風間たち1年生、及び永瀬たち2年生も駆け付けていた。
その数は東雲派閥1年生の倍には及ぶだろう。
既に辺りは、それら多くの生徒でひしめいていた。続く階段さえ埋め尽くし、1階エリアまで続くほど。
更に言えば、このクラスは階段で仕切られた閉鎖空間。
東雲たちがここから逃げ出すには、その敵対する生徒のいる空間を進むしかなかった。
奇襲攻撃が失敗した地点で、彼らは地獄とも呼べる居場所に置かれていたのだ。
こうして東雲たちの、命がけの脱出劇が始まったのだ。




