覇王の証明
「うおらーっ!」
昂ぶるように右の拳を走らせる桜田。
「なんの!」
それを蜂須賀が左腕で払う。
返す刀で右拳を桜田の顔面に打ち込んだ。
「ぐっ!?」
桜田の顔面が弾ける。堪らず後方によろめく。
それでも必死に踏ん張り左のフックを放つ。
それが蜂須賀の頬を貫く。
そして2人、堪り兼ねたように互いの肩を握り締めた。
「流石っすね、桜田先輩」
「けっ、お前こそやるじゃんか」
蜂須賀と桜田の死闘は白熱を帯びていた。
その一撃一撃が重い本気の攻撃。
それを互いに喰らいながらも、引くことはない。
もちろん彼ら以外にも、1年生と3年生の死闘は繰り広げられていた。
とはいえそれは、ムカつき気味に相手を跳ね返す3年生と、本気で仕掛けることない1年生のちぐはぐしたもの。
多くの3年生は、明らかにその情況にイラついていた。
「……なに? ……嘘だろ。……分かった、至急出向く!」
その情況を余所に、ひとりの生徒が携帯電話相手に会話していた。
「ヤベーって、こいつらは囮だ!」
そして辺りに聞こえるように大声で叫んだ。
「東雲の小僧が、孝之を襲撃してるってよ!」
その場に緊張が走る。
多くの3年生が意味が判らず立ち尽くす。
それでもようやく気付く。これは自分たちの勢力を分断する虚偽の戦いだと。だから1年生は本気で仕掛けてこないんだと。
「とにかくこいつらに構ってる場合じゃねー、早くここを脱出するんだ!」
「クラスには山田や林、その他数人しかいないぞ?」
「そこを退きやがれこの外道がぁ!!」
こうして3年生たちは、山崎と合流しようと通用口に目がけて雪崩れ込む。
しかしそれを1年生たちは許そうとはしない。
「今更気付いたか、馬鹿野郎!」
「逃がす筈ねーだろ!ここは外からも封じてるんだ!」
「ここが貴様らの墓場なんだよ!」
こうして再び激しい戦闘が巻き起こる。
そしてその様子を桜田が静かに訊きいっていた。
「成る程、それがてめーらが画いた構図って訳だ」
ぐっと蜂須賀を睨む。
「ふっ、悪く思わんでくれよ。こういうケンカの仕方もあるってことだ」
それにさばさばと答える蜂須賀。
その2人の視線の端、3年生と1年生の死闘が再開されている。
今度は1年生も本気のようだ。
単なる時間潰しの演技は終わった。ならば今度は命懸けで3年生を足止めするのみ。
体育館内は入学式を彷彿させる程、修羅場と化していた。
「だが、なめてるのはお前らじゃねぇ?」
それでも桜田は笑みだった。ひどく自信ありげで、余裕の笑み。
「なんだって?」
それを察して、蜂須賀がピクリと眉をひそめた。
「キャキャキャ。残るはてめーだけだな」
口元から滴る血を拭い、剣呑な視線を向ける東雲。
その場の3年生はほとんど蹴散らしていた。残るのは山崎と林と田中のみだ。
「へへへへ、ゲームセットってとこだな」
その後方では、森が血に塗れた木刀を握り締めて林と戦っている。
「クソが。こんなとこでくたばって堪るか」
その森を睨みつけ、必死に立ち尽くす林。
しかしその身体は、木刀を穿たれた傷で完成に血まみれだ。
「早く始末するんだ斗馬。バリケードが破られる前に」
しかし明智だけは冷静だ。田中と大立ち回りを演じながら、必死に言い放っている。
廊下では多くの1年生が、他の侵入を拒んでいるが流石に限界もある。
「おら、小僧! そこをどけってんだ!」
「殺すぞこのクソが!」
「殺してみろよ、貴様に殺されるほど、俺はヤワじゃねーぞ!」
「おらおら、死ねよこのガキ!」
「ぐあーー、いてーよ!」
「3年をなめんじゃねーぞ!」
「ザカーしーぞてめー!」
「センコーはまだこねーのか?」
「ダメだってよ、風紀委員が生徒の立ち入りを禁止してる。中とは一切の音信不通だ」
騒ぎを知って、他のクラスからも山崎救出に多くの生徒が集結していたのだ。
故にそこも修羅場と化している。このまま全てを破壊尽くし、全ての決着を付けそうな様相を呈していた。
「確かにそうだな。3年の雑魚が集まってきてからじゃメンドーだ。そろそろ潰すか」
意を決したように、拳を構える東雲。
その視線が捉えるのは、正規軍大将、山崎孝之。
しかし山崎は無言だ。両手を下ろし、覚めた視線を放つのみ。
「なんだてめー、ケンカが怖くてビビっちまったか?」
嘲る東雲だが、やはり山崎は無言。
「そりゃーそうだろうな。なんせ俺たちは、県下始まって以来の超大物ルーキー。たまたま弱虫の集団の中で、たまたまてっぺんに君臨したてめーとは訳が違う」
その2人の様子を、その場に倒れ込む3年生、及び森と明智も食い入るように見つめている。
東雲の言い分には裏づけがあった。彼らの世代は最強と呼ばれる存在が多々あった。
堕天使東雲、狂犬葛城、悪鬼大野、魔王シュウ。それぞれが悪党の世界で名を馳せ、県下では知らぬ者がいないほどの悪名揃い。
もし仮に生まれる年や場所が違えば、それぞれが最強と呼ばれただろうことは間違いない。
グッと拳に力を籠める東雲。
「先ずは楽勝といくか!」
怒涛の如く、その身を走らせた。
大きく右の拳を振りかぶり、山崎の顔面目掛けて走らせる。
「……え?」
刹那、その眼前でなにかが閃いた。
違和感を感じて後方に飛び退いた。
その場の誰もが無言だ。
「……斗馬、お前」
しばらく後、明智が言った。
東雲の鼻からなにか生暖かいものが滴った。
それは血だ。鼻からボタボタと鼻血が噴出していたのだ。
「嘘だろ?」
森の方も愕然とした視線を向けている。
あり得ない展開に、手に持つ木刀を滑らせたくらいだ。
「な……」
しかし一番困惑していたのは東雲だった。
滴る血を右腕で拭い、それを眼前にかざして呆然と見つめていた。
ズバーーン! 今度は激しい痛みが、鼻頭を襲った。
鼻がひしゃげ、苦痛の表情で後方に吹き飛ぶ東雲。
脳髄まで響く、鈍くズッシリとした痛み。一瞬だけ意識が吹き飛びかけた。
「すまんな小僧」
その眼前、堂々と立ち尽くすのは山崎孝之。右拳を突き出し、その身から凄まじいオーラを放っている。
山崎孝之の実力、それは東雲たちが思っていた以上のものだったのだのだ。




