力の均衡
「おらーっ、 吹き飛べよ!」
「ザケンな、てめーこそ死ね!」
「俺たちゃ志士の会だぞ!」
「そいつがどうした! 志士の会なんざ解体してやんぞ!」
放課後の体育館内、東雲派閥の生徒と湯田率いる生徒が乱闘を繰り広げている。
その数は五分五分。互いに負けず引かぬ、激しい闘いだ。
「ファーッ、まったく目障りなゴミ共だ」
しかし指揮を執る東雲は覚めた表情だ。
舞台上方に胡座をかいて座り込んで見物しているだけ。
「ホントだな。俺たちも巨大になったが、相手も大きくなる一方。先が思いやられるわ」
その舞台の下に立ち尽くす森が、同調するように頷いていた。
そしてその目の前を、明智が縦横無尽に走り回っている。
「馬鹿、お前らなにを暢気にお喋りしてるんだ!」
とは言え単に走り回っているだけではない。東雲と森に襲いかかる敵を守護するように、返り討ちにしているのだ。
それは遠く離れた場所で争う蜂須賀と千家も同じこと。
覚めた東雲たちを余所に、力の限りの激しい闘いを演じていた。
「そう熱くなんなって、どの道あいつの首は、獲れっこねーんだ」
意味深に言い放つ森。
その視線が捉えるのは湯田の姿。
「なんだって?」
怪訝そうに後方をチラ見する明智。
「あの湯田って小僧は、てっぺんとか覇権なんてほざいてるが、薄汚ねー下衆なんだぜ。追い込んでも逃げるだけ、ムダな努力なんだよ」
「キャキャ、そう言うことさ。力の均衡ってのはそう言うことだ。強い奴も弱い奴もカンケーねぇ。マジになった奴が馬鹿を見るだけさ」
それに東雲が捕捉する。
確かに最近の抗争は、中身の無いうわべだけの抗争が多くなっていた。
バランスを重んじるあまり、ほとんどの生徒が本気で動かない。
本気で矢面に立てば潰される。そうなれば個人としてはお終いだ。一番大切なのは自らの保身だからだ。
「センセーだ! センセーが渡り廊下を歩って来るぞ!」
突然誰かが叫んだ。
「チッ、センコーか。今日は退却だな」
ボソリと吐き捨てて、踵を返す湯田。
言葉とは裏腹に、ほっとした安堵の表情だ。
「撤収、撤収! 逃げるぞ!」
「退却だ!」
「こっちも退却だ! 通用口から逃げるんだ!」
同時に両軍生徒が一斉に退却を開始する。
「やれやれ、今日も収穫なしだよ」
舞台をポンと飛び降りる東雲。
「あのクソ、内心ほっとしてんじゃねーか?」
その後を追う森。視線は湯田を捉えている。
「確かに本気になるだけ馬鹿かもな」
スキンヘッドの頭をつるりと撫でる明智。同じく東雲の後を追う。
その時、東雲たちの真ん前にある体育館用具室の扉が開いた。
「あん?」
怪訝そうに視線を向ける東雲。
「やれやれ、俺らがいい感じだってのに、センコーの見回りかよ」
そこから現れたのは短い金髪に、青い瞳の生徒。
アメリカ海兵隊の父親を持つハーフ。新開アンディだった。
そしてその少し後方から、気怠そうに続く女の姿。
派手な化粧と長い金髪。
アンディの彼女で、同じクラスの沢木リサ。こう見えて、チアガール部の部員。
短い丈の制服とスカートから、発達した胸元とはち切れんばかりの太ももが顕わになっている。
「なんだぁてめーら、俺たちが戦争してるってのに、こんな所でちちくりあいかよ?」
それを認めて、バリバリと髪を掻きあげる東雲。
「ちちくりあい?」
対照的に明智は、その東雲の台詞を微かに紅潮して聞きいる。
そしてリサの顔をチラ見して、益々紅潮した。
「ふん、戦争だとか、てっぺんだとか言ってる連中には興味はない。こうして愛の時間を育んでいた方が、よっぽど有意義ってもんだ」
アンディが言った。
「行こうよアンディ」
その背中を、リサが急かすように押し払う。
「ま、精々死なねーように頑張りな」
こうして通用口から去って行くアンディ。
その背中を東雲が、覚めたように見据えている。
「アンディか。このガッコーじゃ、中堅の勢力を誇る武闘派だな」
森が言った。
「ああ、奴さえウチに加わってくれりゃ、この戦況を打破することも可能だ」
グッと視線を向ける東雲。
「だけどその可能性はゼロだろ? 奴ら市街地での商売に余念がない」
「そう言うこった。残念だがな」
アンディはオーク内でもそこそこの勢力を誇る猛者だ。
しかし校内のてっぺん争いに興味を示しはしなかった。
その理由は、彼の居場所が街中にあったから。
それらに重点を置いていて、校内の争いにのめり込む余裕などなかったから。
「ち…ちちくりあい…」
そんな東雲達の思いとは裏腹に、明智はまだ紅潮したままだ。
「なんだてめー、あの女に惚れたか?」
それをチラリと窺う東雲。
「馬鹿、俺はだな」
明智が慌てて言い放つ。
「キャキャキャ、正直な奴だな」
「へっ、純情派ってでもなかろうにな」
それで東雲と森が爆笑しだした。
「ば、馬鹿、笑ってる場合じゃないだろ? センコーがこっちに向かってるんだぞ!」
「おっとそうだな」
その台詞に反応し真顔になる東雲。
「とにかく、このままじゃ手詰まりは確定だ。あの狂犬の謹慎も、もう直ぐ解けるだろうしな」
足早に歩き出す。
「それはヤバイよな。こっちの態勢は未だ固まってない。いきなりあいつと戦争になれば、負けは確実だ」
その後を森達が追う。
「仕方ないよな。全てのコマが揃う前に、王手とでもいくか」
「それしかねーだろな。ここが踏ん張りどころだな」
意味深な会話だ。
それを蜂須賀と千家も、神妙そうに聞き入っている。
「どう言う意味だよ、斗馬、竜丸?」
明智だけが理解できぬようで問い質した。
「戦争だよ、戦争。ここまでの小さな戦争なんかカンケーない、ド派手な戦争。気を引き締めろってことじゃんよ」
森が振り返り、無邪気に笑みを見せた。
彼らの野望は尽きることはなかった。
全ての流れを断ち塞がれて、身動き出来ぬ事態に追い込まれても、自らの意志で突き進む。
どんな真水でも、どんな名水でも、その流れを止めれば腐ってしまう。その真理を理解しているから。
こうして翌日のオーク学園、第一次オーク戦線前半の山場が訪れることと相成るのだ。




