学園の主
その刹那、グラウンドに一陣の風が吹き込んだ。
「うっ?」
「……寒くないか?」
「霧か?」
多くの生徒が寒気を覚えて、身を竦める。
いつの間にか、その近辺だけ霧が立ちこめていた。それが多くの視界をおぼろにする。
「虎、竜、助けるんだな……」
そして聞こえる、地の底から響くような低い声。
「宅ちゃん?」
「宅の兄貴!」
それで虎と竜の瞳に光が宿る。
虎が飛び退いて、竜が立ち尽くした。
「なに?」
同じくシュウの表情も真顔を帯びる。
そのシュウ目がけて、黒い影が駆け抜けてきた。
それはひとりの生徒だった。
身長2メートルはあろう、ひょろ長い痩せ型の男。
バサバサとした髪の間からは、片方だけくぼんだ目付きが見える。
そこに精気の欠片も皆無。恐怖感だけ撒き散らす。
「なんだぁ、てめーは?」
眉根を寄せて、竜の拘束を振り払うシュウ。
拳を振りかざして、痩せ型を待ち構える。
「それはこっちの台詞なんだな。エリザベートへの台詞、撤回するんだな」
しかし痩せ型は冷静だ。シュウとの間合いを詰めると、大きく拳を振りかぶる。
「宅ちゃんだ!」
「学園の生ける鬼神、宅ちゃん!」
「我らが宅ちゃん、その男に制裁を!」
「ぶち殺せ宅ちゃん」
同時に巻き上がる、住人たちの興奮の大歓声。
その人物の名は“宅ちゃん”、21歳。淀川十勇士のひとりでオーク学園の主。
「宅ちゃんだぁ? 邪魔なやろーだなぁ!」
怒りと共に上空に拳を突き出すシュウ。
「おいらは宅ちゃん。それ以上でもそれ以外でもないんだな」
同じく宅ちゃんも高い身体をしならせて、拳を振り落とした。
激しい凶音と共に拳同士がぶつかる。空気が震え、衝撃音が辺りに弾けた。
「てめー良くも俺様のパンチを!」
クルリと回転し、バックブローを放つシュウ。
「びっくりしたんだな、おいらの拳を跳ね返すなんて……」
宅ちゃんも困惑しつつ右の蹴りを放つ。
今度は拳と蹴りがぶつかり合った。そして2人、互いに後方に弾かれる。
それでも互いにたじろぐことはない。
「へっ、中々やるじゃんか。そのヒョろっとした身体、粉々にへし折ってやんよ!」
「お前こそ凄いな。いたぶる甲斐がありそうだ」
そしてまた攻撃を繰り出す。
それは、驚愕の光景だった。
鞭のようにしなる攻撃を繰り出す宅ちゃん。
それをシュウは尽く弾き出し、刃のように鋭い攻撃を繰り出す。
しかしそれを宅ちゃんは、風に漂う落ち葉のようにあっさりと躱していく。
激しい争いだというのに2人はほぼ無傷。
いつしか誰もが声を失い、食い入るように視線を向けていた。
魔王と呼ばれた伝説の男シュウと、オーク学園の生ける鬼神宅ちゃん、それぞれに存在する場所の違う2人。
その戦いは、あまりにも衝撃的な光景だった。
「もういい、止めるのだ、宅殿!」
突然エリザベートが吠えた。
「エリ?」
それで宅ちゃんがピタリと拳を止める。
「……」
同じくシュウも拳を止めた。
静かにそれを見つめるエリザベート。
「宅殿と威風堂々と相対すとは凄まじい男だな。……お主名をなんと申す?」
そして問い質した。
耳の穴をかっぽじるシュウ。
「俺様は黒瀬修司、通称シュウ。大阿修羅さ」
そして覚めたように答える。
その返答を訊き入るエリザベートの口元に、笑みが浮かんだ。
「成る程、山崎が言っていたことがあるな。今年入った新入生の中に、相当なる曲者がおると。確かその名が黒瀬修司、通称シュウだったな」
そしてゆっくりと神輿に腰掛けた。
「今日の所は許してやろう。だが、次に会う時はただでは済まんと思うがいい」
それは黒瀬修司という、一個人を認めた台詞だ。
そして同時にその存在を敵と見なした台詞でもある。
「へん、冗談。俺に構うなってんだよ」
こうしてシュウは踵を返し、去っていく。
一方でそこに宅ちゃんの姿もなかった。
どうやらシュウの邪魔をするという目的を果たせて満足したから、ねぐらに戻ったようだ。
「なんて奴だ、宅ちゃんと互角だぞ」
「有り得ねーよな」
「しかもどっちも本気には感じられなかった。本気でやったらどうなるんだ?」
「あの宅って奴、魔王相手に一歩も引かなかったぞ。やっぱヤバいわ、このガッコー」
そして場に再びうるさい雑音が舞い戻る。
もちろん太助も、驚愕のまなざしで、シュウの後ろ姿を見届けていた。
グダグダだけど、誰にも媚びないその姿。
それに妙に憧れる自分がいる。
不良という人種は苦手だが、それをも通り越した感情がそこにはあった。
一方のエリザベートも、複雑な心境にあった。
「どうじゃ、由利、猿飛、あの男は?」
覚めたように真っ直ぐ前を向きながら問い質す。
「ド派手なガキじゃのう。凄まじい覇気を纏っとるが、その覇気を敢えて封印しちょる。あのガキを仲間に出来れば、面白いじゃろうが」
「ムダだよ。彼はそんなつもり、全然感じられないもの。仲間って感情を嫌ってるみたいだもの」
それはうわべだけの派手さに惑わされぬ、深層を読み取ったような会話だった。
このエリザベートを含む数人の者たち、不良と呼ばれる存在とは別の戦いの中に存在していた。
それは学園の本質を現す真実の戦い。
オーク学園の影で暗躍する者としての、本当の戦い。
とにかくシュウと倶楽部の争いは、この時まさに始まったのだ。




