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魔導生活譚  作者: mikotoROID


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20/21

♠️縋っていたのは、俺だった

 了解。

 これは Web投稿向け(字下げなし/空行区切り/スマホ最適) に整形した本文。

 内容は変えてない。読みのリズムだけを意識して改行を整理してる。


 ※元ファイル参照:


 ♠縋っていたのは、俺だった‗20


 重い足取りで、家の玄関の前にたどり着く。ドアノブの甲に親指を当て、決まった手順で魔力を流し込む。ガチャという解錠音が、握ったノブ越しに伝わる。扉を開けて家の匂いを肺一杯に吸い込む。


 帰ってきた……。


 なのに、その実感が胸のどこかに落ちきらない。


 玄関のたたき部分に腰を下ろし、靴を脱ぐ。リビングの扉から漏れ出る光が薄い……。その淡い光が、逆に心を静めてくれる。


 確かな足取りで廊下を進む。その歩みに重なるように、リビングの向こうから、ぱたぱたとスリッパを踏み鳴らす音が聞こえてきた。


 ……菜月?


 いつもより少し速い。その急いた気配が、何かあったのではと思わせる。


 リビングの扉を開け、薄暗いキッチンでこちらに背を向ける菜月に声をかける。


「ただいま。ちょっと遅くなっちゃったけど、頼まれてたもの買ってきたよ。それと、菜月の好きなレーズンサンドも買ってきたから、また後でお食べ。それに、そんな暗い手元だと怪我するから明かりを点けなよ」


「おかえりなさい。わざわざありがと。たった今魔力切れで明かりが消えたところだったの。お父さんが帰ってくるまでは包丁もほとんど使わなかったから、このままでいいかなって思ってね」


 言い方も、声色も、いつもの菜月だ。


 そう判断している自分の思考だけが、少し遅れている気がした。


「買ってきたものは机に置いておくね。父さんはお風呂掃除でもすることにするよ。今日はドタバタしてて、きっとやってないだろ?」


「ありがと。……お風呂掃除は午前中のところでやってあるから大丈夫よ。お湯は張ってないけど、直ぐに張れば入れると思うから先に入っちゃって。今日は雨に濡れてスーツもしわくちゃでしょ。明日にでもクリーニングに出すから、洗濯機の横にでも置いといてくれる?」


 背を向けて喋る菜月は、手元の作業に集中しているのか、こちらに向き直って話すことをしない。


 ――何かがずれている……。


 そう認識したとたん、鈍化していた思考が少しずつ形を取り戻していく。


 菜月はどんな時でも、話すときは相手の顔を見て会話をする子だ。


 その菜月が、背を向けて話している。


 日が落ちて手元が暗いはずなのに、魔光灯の魔力切れとだけ言って、魔力の補給をして明かりを点けようとしない……。


「少し喉が渇いたからお茶でも飲もうかな」


「そう」


 俺が近づいて冷蔵庫へ向かおうとすると、それを止めるかのように菜月が麦茶をコップに入れて机の上に置いた。


 その足で、ひったくるようにレジ袋を手に取り、キッチンへと戻る。玉ねぎを取り出して上部を切り落とし、皮をむき始める。


 ……一度も、こちらに顔を向けなかった。


「飲み終わったコップはそこに置いておいていいから、早くお風呂に入っちゃって。いくらお父さんが丈夫だからって、湿ったままの服で体が冷えてるでしょ」


 俺を遠ざけたい、そんな雰囲気を感じた……。


 俺は一歩、キッチンの奥へ踏み込んだ。


「コップは自分で洗うよ。流石にそこまでさせるわけにはいけないからね」


 菜月は何も言わず、三角コーナーのある流し場を俺に譲り、玉ねぎを切り始めた。


 コップを洗いながら視界の端で菜月の動向をうかがうが、キッチンは薄暗く、前髪が垂れているせいで表情が見えない。不規則な水の音に、規則的な包丁をまな板に打ち付ける音だけが耳に届く。


 俺は視線をキッチンの魔光灯へやる。


 自分の視線と魔光灯の間に、一本の油の沁みた縄をイメージする。こちらから熱を送るように、縄の端に火を点ける。


 同時に、魔光灯の明かりが灯る。


 とたん、灯された明かりから逃れるように、菜月が「お手洗い」と言って去っていこうと一歩を踏み出した。


 ――予測したくなかった行動。


 俺は菜月の手首を捕まえた。


 掴んだ手は弱く、振り払おうと思えばいくらでもできたはずだ……。


 でも菜月は、振り向きもせず「どうしたの」と問うてくる。


 俺は言葉を用意できなかった。


 代わりに菜月を胸に手繰り寄せ、優しく抱き寄せた。


 小さな体。背負わせてしまった役割。


 あの日から、今日までどんな思いで過ごした?

 何を感じた?

 怖かっただろう。不安だったろう。


 不甲斐ない俺を罵ってもよかった。もっと、自分勝手にふるまってもよかった。


 それなのに気丈にふるまって、俺を――俺たち家族を安心させるために笑ってくれた。


 ――縋っていた。


 誰よりもしっかりと地に足を付けていないといけない俺が……。


 ――浮いていたのだ。俺は。


 菜月を地に這わせ、自身は浮ついて、ふらふらと漂っているだけだったのだ……。


「どうしたの」


 沈んだ声で、再び問いかけられる。


 抱きしめる体が、冷たい両手で少し押し返される。


 俺はその空けられた距離を保ち、両手を包み込むようにして握る。腰を落とし、ふさぎがちな菜月の顔を覗き込む。


 泣きはらしたような赤い目元は、ぎゅっと閉じられて、俺を見ていなかった。下唇を噛み、必死に涙をせき止めているように見えた。


 なんと言葉をかけてやればいいだろう……。


『すまない』

『ありがとう』

『大丈夫』


 どれも違う気がした。


 この期に及んで、言葉を持ち合わせていない自分自身に嫌気がさす。


 唇をかみしめる。握る手は冷たく、震えを含み始めていた。それでも、包み込んだ手を菜月は引きはがそうとはしなかった。


 ――言葉では足りない。


 これまでのことも、これからのことも、その全部を言い表すのには、多くを任せすぎてしまった。


 ――いつまでそうしていただろう……。


 やがて菜月は、ぎゅっと閉じられていた瞼を持ち上げて、「ごめんなさい」と呟いた。


 その瞳はどこか虚ろで、暗く沈んでいた。


 その瞳で俺をまっすぐ見つめ、「ごめんなさい」とまた呟いた。


 菜月の言葉を待っていたわけではない。自分が何をしたいか、何をするべきかわからなかったのだ。


 先の一歩を、またしても菜月に踏み出させてしまった。


 かける言葉も、それ以上抱き寄せることも出来ず、俺は「ごめんなさい」と続ける菜月の手を、菜月が葵にしていたように、撫でることしかできなかった。


 いつしか菜月の声は、しゃくりを上げ、涙をぼろぼろとこぼし、俺の手の甲を何度も打ち付けた。


 零れ落ちた涙は、あの日穿たれた傷口を熱くする。その熱はじわじわと傷口を炙り、凍っていた記憶が現実との境界線を溶かしていく――――――

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