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魔導生活譚  作者: mikotoROID


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19/21

♠家族の顔が浮かぶ頃

 ポケットの携帯端末が震えた。開いてみると、菜月からのメッセージだった。


『夕食はチキンカレーにするので、人参、玉ねぎ、鶏もも肉、市販のカレールー、ターメリック。コリアンダーがなくなりそうだったはずだから、それも追加で買ってきてくれると助かります』


「……っふ」


 笑みが漏れた。


 張りつめていた緊張の糸が、わずかに緩む。


 家族のために動ける。その事実が、まだ自分は間違えていないと教えてくれる。


「了解」と短くメッセージを返す。


 沈みかけた夕日が、空を赤く染め上げていた。湿ったしわくちゃの上着を脱いで、腰に巻き付けると、肩口にまとわりついていた雨の臭いが薄れた。


 気持ち早足に、最寄りのスーパーに急ぐ。


 ――スーパーへ着くと、寒いくらいの冷房が俺を迎え入れた。惣菜の匂いと、野菜のほんのり土っぽい香りが現実へ引き戻してくれる。


 夕食の買い出しに来た主婦層や、仕事帰りのサラリーマンが店内の商品を品定めしている。俺も買い物かごを手に取った。品ぞろえをざっと見渡し、頭の中で最短ルートを組む。


 まずは玉ねぎだ。手に取った時の重さと、表面の乾燥具合で判断する。次に人参。色が濃くて、切り口が黒ずんでいないやつをかごに入れる。


 精肉コーナーへと行き、鶏もも肉の前で逡巡する。さて、ここは悩みどころだ。皮付きか、そうでないものか……。


 優や俺は皮付きを好むが、菜月は皮無しがよかったはずだ。……尚理くんはどうだろうか。今日の主賓は彼だ。


 ――ふと、家を出る前に見た玄関の光景がよぎる。雨合羽と箒。あれは優のために、雨の中を飛んで駆けつけてくれた証拠だ。


 最大限のもてなしをしなくてはいけない。菜月もそれは理解してくれるだろう。


 尚理くんの好みがどちらかはわからない。だが、皮付きは好みが分かれる。主賓に出すなら皮無しが無難だろう。


 ひとつ手に取って、かごへ入れる。


 カレールーの棚へ向かう途中、お菓子コーナーで足を止めた。


 ……今日いちばん頑張ったのは、菜月だ。なにか好物を買って帰ろう。たしか、菜月はレーズンサンドが好きだった。


 箱を二つ取る。


 優や尚理くんにも何か買って帰ったほうが公平だろう。優はラムネが好きだ。尚理くんも甘いものは嫌いじゃなかったはずだ。


 尚理くんにも同じものをかごに入れる。


 足早にカレールーの棚へ向かい、いつものルーを手に取ってかごに入れる。続いて、調味料の棚へと向かう。ターメリックとコリアンダーのパウダー状のものをかごに入れる。


 以前、加工前のやつを買って帰って、菜月に大笑いされたことがある。今回は間違いなく、パウダー状のものを購入する。


 頼まれていたものやお菓子も、すべてかごに入れた。


 入店時と比べて重たくなったかごを持ち、会計の列へと並ぶ。ネクタイを緩めたサラリーマン、老女、子連れの夫婦、ベビーカーを押すママさんなど、客層は様々だ。


 気づけば、学生の姿がないことだけが妙に目についた。学生の買い食いなら、もっと別の場所だろうか……。


 あたりを見渡しながらどうでもいい分析をしていると、「次の方どうぞ」とレジの店員から声がかかる。


 ピッ、ピッ、という一次元コードを読み込む電子音とともに、会計電子版の金額メーターが上がっていく。


 会計を済ませ、レジ袋に硬いものから順に積んでいく。


 店を出ると、店内の冷房とは違う種類の寒さが肌に触れて身震いした。


「さて、帰るか」と、ひとりごちる。


 やや速足気味に家路を急ぐ。食材がなければ、菜月もどうしようもない。


 箒があれば家へ直線的に帰れるのだが、あいにくと今日、俺の手で駄目にしてしまったばかりだ。本当に悪いことをした……。


 袋を持つ手に力がかかる。不甲斐ない。


 ……過去に囚われ、今いる家族のことすら、まともに見れていなかったのかもしれない。


 気付けば歩く速度が落ち、下を向いていた。影ばかりが前に伸びていく。自分だけが取り残されているような気がした。


 ――無理やり顔を上げ、歩く速度を早くする。


 上げた顔の先、コンビニの駐車場の縁石には男子学生が座り、部活終わりの空腹を満たしていた。


 袋を持つ手にさらに力が入り、傷の薄皮が裂けた。汗が沁み、痛痒さに眉間にしわを寄せる。


 持ち手を変え、コンビニへと向かう。入店の電子音、やる気のない店員の呼び掛けを無視して、トイレ前の洗面器で手を流す。


 流しても、流しても滲んでくる血に諦めを覚え、ハンカチで手を拭く。


 そのまま店を出ようとして、絆創膏が横目に映る。それを手に取り、レジへ向かって千円を出し会計をする。おつりは募金箱に入れた。


 再度やる気のない呼び掛けが背中にかけられるが、そのままコンビニを出る。


 縁石では男子学生がまだ座っていた。とうに空腹は満たせたようだった。何をしているのか不思議に思ったが、その疑問を頭から追い出し、歩きながら手の傷に絆創膏を貼る。


「兄さん!」


 ふいに後ろから声が聞こえた。びっくりして振り返ると、さっきの男子学生が片手をあげ、手招きをしていた。


 その方向を見ると、女子学生が男子学生の方に駆け寄っていった。


 ……兄妹か……。


 あの兄妹の距離感が、いまの俺には少し眩しく見えた。


 ふいに、家族の顔が浮かんだ。


 ――夕食の時間が遅くなってしまう。尚理くんをあまり遅くまでうちに置いておくのはよくないだろう。ご両親の帰りが遅いとはいえ、子どもを早く帰らせるのは大人の義務だ。


 俺も早く帰らないとな……。


 レジ袋を右手に、早歩きでその場を去る。


 レジ袋の重みが、傷を痛みつけた。

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