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魔導生活譚  作者: mikotoROID


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12/21

♦️古い匂いと、まだ知らない味

 僅かの名残惜しさを残し、母と、さっちゃんのいる座敷を父とともに後にする。


 帰りがけに、飯島さんのところにより、母のことについて話す父を横目に窓の外に視線を逃がした。


 さっきまでの会話の余韻がまだ耳の奥に残っている。


 先ほどの雨はどこへやら、雲の隙間から斜陽が差し込み、濡れた庭の飛び石のへこんだところに水たまりを作っている。それは淡い光を跳ね返し、私の視界を小さく焼いた。


 それから私たちは祖父母への挨拶もほどほどに、お屋敷を出た。


 先ほど私たちを乗せてきてくれた運転手さんが、先ほどと同様に恭しく一礼し車の扉を開けてくれる。それに甘え私たち二人は後部座席へと乗り込む。


 大きなエンジン音とともにゆっくりと出発する車。少しずつ遠ざかっていくお屋敷を見送っていると、不意に運転手が口を開いた。


「菜月様、先ほどは大変失礼しました。無理やりこちらへ連れてくる形になってしまったことについて、改めてお詫び申し上げます」


「いえ、私の方こそこちらへ連れてきていただいて感謝しています。ちょっと怖い思いもしましたけど、母に適切な処置を施してくださるよう采配してくださったおじい様には、改めて感謝の言葉を伝えておいてもらえますか?」


 運転手は深く頷き、短く「かしこまりました」とだけ答えた。


 その後、車内にはエンジンの低い唸りとタイヤが路面を滑る音だけが残る。


 やがて車は自宅の前に滑り込み、停車した。


 運転手にお礼を言い車を降りる。発進していくのを見送り、エントランスをくぐり、エレベーターへと乗り込む。エレベーターの扉が閉まると、外の湿った空気が一気に遠ざかり、胸の奥に静かな重みが残った。


 そこで、父に背中を撫でられ、その重みが軽くなったような感覚を覚える。私がやったことは間違いじゃなかったとそう、その手が言っていた。


「……ごめんな、菜月。お父さんが不甲斐ないばっかりに菜月にばかり負担をかけてしまって……。俺もいい加減、前を向かないとな……」


 最後の言葉は私に向けたものよりも、自分自身に発した言葉のように思えた。


 その響きの奥には、父の胸に沈む澱と、祖父との間に長く垂れ込める影が見えた。それは最上家の空気に染みついた古い匂いのようだった。


 今、沈み込もうとしている父に出来る限りの笑顔で答える。


「そんなことないわよ、お父さんだってしっかりやってくれてるし、今日だって私たち二人を迎えに来てくれたと思った瞬間なんて、凄く嬉しかったんだから」


 父は一瞬目を見開き、それから小さく息を吐いて笑った。


「菜月には支えられてばかりだな。お父さんも、お母さんも……。本当にいい娘を持って嬉しいよ」


 背中を撫でていた手が頭に移り、わしゃわしゃと髪を撫でられる。


 両親を今もこうやって支えられているのだと思うと、誇らしさで胸がいっぱいになる。


「もう、子供じゃないんだから、頭を撫でないでよ」


 照れ隠しにそう訴えるが、撫でられる手が弱まるだけで、止まることはなかった。


 やがて、エレベーターは目的の6階へと着き、ゆっくりとその扉が開いた。


 エレベーターホールを抜け家の玄関へと向かう。ドアノブに手をやり手順通り魔力を流し込んでいく。ガチャという解錠音とともに父と共に家へと入る。


「「ただいま」」


 二人の声が重なる。


 疲れを癒そうと、家の匂いを肺いっぱいに吸い込み、呼吸を落ち着ける。


 そこでふと、見慣れない雨合羽と箒があることに首をかしげる。


 そのとき、ガチャリと音を立てて、トイレの扉が開いた。


 出てきたのは、見覚えのある少年――尚理くんだった。


「――あっ、お邪魔してます。お父さん、お姉さん」


 先に口を開いたのは父だった。


「やあ、尚理くん。いらっしゃい」


 ……ああ、この雨合羽と箒は尚理くんのものか。


 けれど、弟の優は尚理くんの家に遊びに行ったはず。どうして尚理くんがうちにいるのだろう? 疑問を解消すべく、私は問いかけた。


「こんにちは、尚理くん。うちじゃなくて尚理くんちで遊んでるんじゃなかったっけ? それがどうしてうちに?」


「午前中はうちで遊んだり宿題をやったりしてましたけど、午後にお昼を食べに帰った優から連絡があってそれでこっちに来たんです。それで今トイレを借りて戻ろうとしてたとこでして……」


 どうやら午前中、弟は尚理くんの家で過ごし、午後になってからこちらへ呼んだらしい。けれど、何か肝心な部分が抜け落ちている気がする。


 怪訝な顔を察してか、補足を入れる尚理くん。


「すみません、えっとですね……。優の方から家に誰もいなくて部屋中が散らかってるからって言うんで、それの様子見というか、お片付けのお手伝いをしに来たんです」


 ――あいつったら尚理くんに片付けの手伝いをさせるために呼んだっていうの!


 あとで叱っておかなくてはいけないと、心のメモ帳に刻む。でも、誰もいない家に帰ってきて、あの惨状を見てきっと不安にもなったのだろうな……。それなら頼りになる尚理くんを呼んだのもうなずける。


「その……血とか金属片とかいっぱい散らかってたでしょ? 怪我はしなかった?」


「それはほら、事前に優から聞いてたんで、色々と準備してきましたので大丈夫でしたよ」


 ポケットから軍手を取り出し、ひらひらと振ってみせる尚理くん。


「それに軍手だけじゃなくて、箒と塵取りも持ってきたんです。優のやつ自分ちなのに掃除道具の場所も知らないそうですし」


 けらけらと何事もなかったかのように笑う尚理くん。


 ――あいつったらほんっとーーに!


 恥ずかしいのと、申し訳ないのとで顔が真っ赤になっているのを感じる。


「まあ、ほうきとちりとりも持ってきたのは、優が絶対『どこにあるかわからない』って言うと思ったからです。案の定、そうでしたけど……。持ってきて正解でした」


 なんてこともないふうを装っているが、尚理くんも部屋の惨状を見たはずだ。それでこうして笑っていられるのだから、とても肝が据わっている。なんとなくそんなことを考えていると、またしても口を開いたのは父だった。


「何から何までありがとうね。良かったら、お手伝いをしてくれたお礼に、なにか夕食をご馳走させてもらえないかな? 外食だとどこがいいかな? 出前でも取ろうか?」


 父の提案を受け、尚理くんはしばし黙り込んだ。視線を落とし、指を絡めては解き、また絡める。唇が一度だけ震え、息を整えるように小さく吐き出す。やがて胸の奥で何かが定まったのか、顔を上げて言葉を紡いだ。


「その……厚かましいお願いかもしれませんが、お姉さんの手料理が食べてみたいです――」


 一瞬思考が停止する。お姉さんの手料理? てりょうり……。私の手料理!?


「も、もちろん材料費は払いますので……。せっかく作ってもらうなら、ちゃんと負担はしたいんです。お金は親から貰ってますけど、理由もなく使うのは嫌で……。小さい頃から、使うときは『何のために使うのか』って考えるように言われてきたので」


 そこで一度言葉を切り、少し照れたように笑う。


「それに、その、外食や出前は飽きてしまって……もっとこう……なんて言うんでしょうね……」


 今度は尚理くんが顔を真っ赤にしながら、言葉を探しているようだった。


 やがて、言葉を探すのを諦めたのか、「お願いします」と頭を下げさせてしまった。頭を下げるのはこちらの方なのに、尚理くんに下げる必要のない頭を下げさせてしまった。


「尚理くんもこう言ってるし、作って上げたらいいよ。となると、僕は買い出しかな? 尚理くんは何が食べたい?」


「そうですね、強いて言えばカレーですかね。家庭の味というものがどういうものなのか知りたくて……。小さい頃から家でご飯を食べる機会が少なかったもので……」


 視線が泳ぎ、俯きがちに、少しだけ笑う。


「気づけば、食卓よりもレストランのテーブルの方が落ち着くようになってしまって……」


 ぽりぽりとはにかんだ笑顔を浮かべ頬をかく尚理くんをよそに、私の思考がやっと追いついた。


「……カレーなんて、簡単なものでいいの? もっとこうシチューとかハンバーグとかそうゆうものでもいいけれど」


「カレーがいいんです。優が言ってました。お姉さんのカレーは凄くおいしいって。それで、食べてみたくって……」


「決まりみたいだね。じゃあ、僕は買い出しに行ってくるよ」


 帰って来て早々、靴も脱ぐことなく玄関を出ていく父を慌てて呼び止めてこっそりと耳打ちする。


「ハンバーグカレーにするから、牛ひき肉もお願いね」


 こくりと頷き、改めて出ていく父に「行ってらっしゃい」とにこやかに言葉を送る。


「行ってきます」


 ドアが閉まり父の姿が見えなくなる。


 ……さてと、私はこれからどうしようか。


 父が戻ってくるまで20分といったところだろうか。それまでにできることと言ったらカレーのつけ合せを簡単に作る程度だろう。となると、必要なのは尚理くんの嫌いなもののリサーチだ。


「ところで、尚理くんは嫌いな野菜はある?」


 キッチンへ行く道すがら聞いてみる。


「強いてあげるとすればピーマンですかね。あの苦みがどうにも受け付けなくって……。まだまだ子供舌なのがお恥ずかしいのですが……」


 はにかむような笑顔で見上げられる。


 やっぱり、子供の頃は皆ピーマンは嫌いなのね。かくいう、弟の優もピーマンは苦手だ。手を尽くして食べさせようとするのだが、目ざとく見つけて、ピーマンだけを器用に撥ねて食べている。


「優もピーマンが苦手なのよね。尚理くんも苦手なら料理も作りやすくて助かるわ。部屋の片づけはやってくれたのよね? だったら、悪いんだけど優の相手をしてあげてくれる?」


「わかりました。夕食のお礼もかねて、優の夏休みの宿題の面倒をみることにします。優のやつ毎年のように最終日に泣きついてくるんで、この際なんでぐーんと進めちゃいますね」


 拳を突き上げ、ご機嫌そうな尚理くんを微笑ましく思う。


「そう、尚理くんが付いてくれるなら安心ね。優ったら毎年最終日にどこに行ってるかと思ったら、尚理くんちに行ってたのね。重ね重ねごめんね? その分、夕食は張り切って作るから期待しててね」


「はい、ありがとうございます。楽しみにしてます」


 ぺこりと一礼し優の部屋へと入っていく。途端に扉の向こうから笑い声が聞こえてきた。


 笑い声が途切れ途切れに続く中、家の中にゆるやかな時間が流れ始めていた。


 そのぬくもりに包まれながら、窓辺から差し込む斜陽が床にやわらかな影を落としていた。

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