♦️白い花火との約束
膝に座り、されるがままになっている従妹のさっちゃん。耳を真っ赤に染めて、その色がきれいな真っ白な髪をいっそう際立たせていた。ふわり甘いにおいが鼻をくすぐり、胸の奥がじんわりと温かくなる。
守ってあげたいと思う気持ちと、この無防備さを愛おしむ気持ちが、同時に溢れてくる。
こんな無防備な姿を見せられたら、もうずっと抱きしめていたくなるじゃない。
――もぅ! ほんっとーーに可愛いんだから!
「菜月もその辺にしてあげてくれ、沙月ちゃんの顔が真っ赤でゆでだこみたいになってるから……」
「あっ……ご、ごめんね」
菜月が慌てて腕を緩めると、さっちゃんは小さく首を振った。
「……いやじゃ、ないです」
その声は蚊の鳴くように小さくて、けれど確かに届いた。耳の赤みはますます濃くなり、真っ白な髪の間から覗く横顔が、どうしようもなく愛おしかった。
そんな彼女の手を取って、絡めていると、父がふと口にする。
「……さて、話を戻すんだけど、まずは葵の手の快復にどれくらいかかるかだけど、飯島医師から何か聞いてる?」
「抜糸には8日くらいかかって、快復して動かしてもいいってなったら3週間はかかるって言われたわあ。幸い両手の魔術回路に断裂は見られないから、お仕事は続けられそうだけど……手の回路が切れたらもう道具に魔術回路を刻むことはできなくなるものねえ。あれは髪の毛一本分の線を何千も描くような作業だから……本当によかったわあ」
「……そんなに細かいんだ」
私は思わずさっちゃんと重ねられている自分の手を見下ろした。
さっちゃんも同様に、自分の小さな手をそっと見つめ、指先をわずかに動かす。それは、自分にはないものの繊細さを思い描くような仕草だった。
私は握る手を柔らかく包む。ふと見上げられた目元はほんのり赤らんでおり……私はそれに笑顔で返す。この子には魔術回路なんかよりもっと大切なものが宿っている。胸の奥が静かに熱を帯び、私はそう確信する。
握った手の温もりが、指先から腕、そして心の奥へとゆっくり染み込んでいく。その温もりを、もう一度そっと確かめるように指先で包み込み、ゆっくりと顔を上げる。
そこで、そっと胸を撫で下ろす母の姿を見て心底安心する。おじいちゃんと同じ仕事をしているお母さんは、見据えるべき目標が見つかり、また自暴自棄になって魔力暴走を起こすことはなさそうに見える。
そう考えていたところで、またお父さんが口を開く。
「この家には沙月ちゃんや、月陽ちゃんがいるから寂しくはないと思うけど……それでも一人の時間も多いだろう。抜糸をしたら、ここを出られるように飯島医師に話しておくよ。それでいいかな?」
「沙月ちゃんや月陽ちゃんとのお話も楽しいだろうけど、どうしても寂しい時間はあるわよねえ。優ちゃんの顔も見たいし……うん。そういう話で進めてくれるかしらあ?」
「それと……お墓参りはお盆に合わせていこう。家の整理だけど、こっちは葵の傷が治ってからがいいと思うから、8月末頃にしようと思うんだけど、大丈夫?」
「それで問題ないわよお。お盆にお父さんに挨拶しに行って、そのあとにお父さんの家で遺品の整理ねえ……。分かったわあ。沙月ちゃんもそれでいい?」
急に話を振られ、さっちゃんの肩が小さくはねた。数瞬の思考ののち考えがまとまったのか、呼吸を整え、膝の上で組んだ指先がぎゅっと力を帯びる。
「……問題ないです。宿題も全部片づけてやることもないですし、家では私にかまうのなんて葛西と月陽お姉ちゃんくらいですし、特に予定もありませんから……でも、花火とかは見に行きたいかも……」
言葉を終えると、彼女はほんの少し背を丸めた。その小さな背中には、不安と期待が同居しているように感じた。
ふと、部屋の空気がわずかに沈む。
そんな中、お父さんが口元を緩め、軽く肩をすくめる。
「あれ沙月ちゃん、もう宿題終わっちゃったの? 伯父さんなんかは最終日にひいひい言いながら必死にやってた覚えしかないけど、沙月ちゃんは偉いね。それに花火かあ、伯父さんは忙しくて見れないけど、菜月や優くんと一緒に見に行ってみてもいいんじゃない? 菜月はどう思う?」
「それ、私、凄く良いと思う! 月陽ちゃんも誘って、葛西さんも誘って、お母さんも行けそうなら一緒に行こうよ」
その言葉に、さっちゃんの瞳がぱっと輝きを帯びた。頬の赤みがわずかに増し、口元が小さく緩む。
「そうねえ、私もお仕事はしばらくお休みをもらうことになりそうだし、一緒に行こうかしらねえ」
その言葉を受け、膝の上で体を揺らしだすさっちゃん。よほど嬉しかったのだろう。その表情は期待に満ちていて、白い頬を花火の色に染めていた。