♥️陽光に揺れる白
ガラス障子越しに、腰を曲げた少女と目が合った。真紅のように澄んだ瞳は、長い白いまつ毛に縁取られ、肩に垂れる髪も同じ白。陽の光を浴びて、細い髪の一本一本がきらめいている。思わず息を呑むほどの美しさだった。
「沙月ちゃん? 日に日に綺麗になるわねえ。さあさあ、そんなところにいないで早く入っておいでえ。……と言っても、ここは沙月ちゃんのおうちなんだから遠慮も何もいらないわよねえ」
障子を開け、静かな足運びで座敷へと入ってくる。その動きは流麗で、小学生ができる所作とは思えないほど整っていた。そして、順々に視線を交わし言葉を紡ぐ。
「家族水入らずのところを申し訳ありません。でも、葵おばさんが怪我をして、付き添いで菜月お姉ちゃんも連れてこられたって聞いて心配で……。それと、伯父さんもご無沙汰しております」
礼儀正しく挨拶をする沙月ちゃん。優ちゃんと同い年とは思えないほど利発で、気遣いのできる良い子だ。
「こうして会うのは久しぶりだね。伯父さんはいつも家にいないから会えないことが多いけど、よくうちに遊びに来てくれてるんだろう? いつも家族と仲良くしてくれてありがとうね。……それとここにはあの口うるさいおじい様やおばあ様はいないから、いつもみたいな自然体でいいんだよ?」
障子越しの陽光を背に受ける沙月ちゃん。庭からは雨上がりを喜ぶようにセミが鳴き、夏の匂いがふわりと漂ってくる。その言葉に、沙月ちゃんは一変して朗らかな笑顔を見せた。年相応の見慣れた可愛らしい笑顔――けれど、その瞳の奥に、幼い子が抱えるにはあまりにも深く重い色が沈んでいるのを、私は見逃さなかった。まるで、光の届かない水底に潜む影のように……。
その笑顔に部屋の空気が和らぎ、誰もが頬を緩める。だが、畳に触れる指先まで淀みなく整った所作が、その影を際立たせていた。
「……あの、それで……」
沙月ちゃんは一瞬、言葉を探すように視線を落とした。障子越しの光が、白い髪の輪郭を淡く彩る。庭のセミの声が、妙に遠くに感じられた。
「座敷に来るときに聞こえてしまったんです。その、おじいさんの遺品整理の話……」
小さく息を吐き、言葉が尻すぼみになり、視線が畳に落ちる。そんな沙月ちゃんに言葉を促すように、悟ちゃんが沙月ちゃんの肩を優しく撫でた。
「……もし、迷惑じゃなければ……私にも、手伝わせてほしいんです」
声はかすかに揺れ、最後の言葉は障子の向こうに吸い込まれていった。肩を震わせ勇気を振り絞った一言を、どうして拒めようか。あの瞳に映る重さから、目を逸らすわけにはいかない。
「もちろん、いいわよお。私もしっかりしないといけないし、沙月ちゃんも手伝ってくれるんなら百人力ねえ。頼りにしてるわあ」
「あぁー、もう! 可愛い! なんていい子なの!」
今まで黙って話を聞いていたなっちゃんが堪えきれず、沙月ちゃんに抱き着く。離れてしまった温度を少し寂しく思いながらも、微笑ましくじゃれ合う二人の様子を見守る。
大人しくされるがままになって顔を真っ赤にしている沙月ちゃん。僅かな照れと、胸の奥に広がる温かさが、彼女の瞳をほんのりと潤ませているような気がした。
それを抱きかかえるなっちゃんは本当に嬉しそうで、それこそ、本当の姉妹のように思えた。血のつながりだけではない、家族の形がそこにあるような気がした。