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人間観察好きの俺、今日も今日とて彼女をからかう

作者: カケル

 この世界はいつの世も、変わるものもあれば変わらないものもある。

 人間関係、生活方式、文化形態、商売勘定、祈願祈祷――。

 人間は中でも、それらすべてが変わろうとも。

 その身に宿る性格や魂、その本質は何一つ変わらない。

 動物が動物であるように、植物が植物であるように。

 人間が人間たらしめる本質、自由からなる選択的『不変』を。

 変わらざるを得ない状況であろうと自らを変化させないという『自由』を。

「あ」

 街の中を歩く俺。

 普通の服装の人、ブランドを着飾った人、ガラの悪い服を着た人、ぼろ布のような服を着た人。

 いろいろな人間がいるが、その顔や姿勢、体型からおおよその人物像を図ることができる。

 ホームレスの恰好をしていようと、その人の目つき、話し方、接し方によってその人の本質を理解できるのだ。

 橋の下でだべるホームレスの集団。

 ある人を中心に話が進む空気。

 それをゆっくりと歩きながら景色を見るふりをして彼を見ていた。

 だが不意に、その中心的な人物と目が合った。

 覗き込まれるような、吸い込まれるような目。

 そしてほんの小さく目の色を変えて、そして話に戻った。

 バレた。

 これ以上こちらに踏み込むなというサイン。

 人を観察する、それつまり人の腹を探るのと同義。

 相手からすればたまったものではない。

 推し量るというか値踏みするというか。

 まるで自分を丸裸にされる気分なのだ。

 気分が良いはずが無いに決まっている。

 目は口程に物を言う。

 視覚からの情報が八割を超える。

 目を合わせるだけでコミュニケーションを取れるように。

 その人の目を見ればすぐ理解できる。その逆も然り。

 橋の上を歩く人、車を運転する人。ロードバイクに乗る人——。

「面白いなあ、人間――いや、生物って」

 山籠もりをしたことがある。

 朝、テントのファスナーを開けると目の前に熊がいた。

 目が合った。

 強烈な野生を感じた。

 と同時に恐怖を感じた。

 俺、そして熊からも、だ。

 やはり目を合わせるとおおよそ互いを理解できるというのは少々厄介だ。

 互いに身じろぎすればどうなるか。

 互いに腹の探り合い。

 俺が取った行動は。

 静かにゆっくりとファスナーを閉めること。

 逃げるとも戦うとも示さず、中立を保ち距離を取る。

 それを察してか、熊もゆっくりと背を向けて離れていく。

 俺の枕の傍にはナイフがあった。襲ってきたときは目を抉るつもりだった。

 相互理解するのに『言葉』という『道具』は必要ないのだ。

「お」

 噴水の前にいる待ち人。

 綺麗に化粧をして、身なりを整えて、周囲を伺うようにそっと目だけをキョロキョロさせていた。

 ワクワク、ウキウキとした雰囲気が伝わってくる。

「ははっ」

 つい笑ってしまった。

 けれど付き合っているわけではない。

 気づいてはいる、だがそこまで踏み込む気も踏み込まれるのも関心は無かった。

 その女性を観察するのが好きだった。

 俺の一つ一つの言動で反応するその姿。

 今はそれだけで満足している。

 それが良くないことだとも知っている。

 けれどまあ、その満足が物足りなくなった時は、そう言うのもありだとも。

 やはり最低だなと、その自覚はある。

「おっす」

 片手を上げて呼び掛けると、花を咲かせたように笑顔になった。

 綺麗な笑顔だった。綺麗な瞳だった。

 周囲が彼女をチラ見していたのも頷ける。

 めちゃくちゃ美人というわけでもない。けれど人目を惹き付ける何かが彼女にはあった。

 俺もその一人だ。つい周囲に鋭い目つきを送ってしまう。

「どうしたの?」

 鈍感な彼女。

 ある意味で罪な女だ。

「いや、別に」

「また人間観察? 飽きないねえ」

 からかう彼女。

「そんなところさ」

 フッと笑った。

 ムッとする彼女。

「で、どこに行きたいんだ?」

 そう問いかけると、はっとして彼女はスマホを見せる。

「ここっ!」

 スイーツ店の食べ放題。

 いっつも食べ物の店に行くが、よく太らないな。

 吐いてるわけでもないのに、どこで消化してるんだか。

「たまにはジムに行けよ」

「大きなお世話。毎日朝にランニングしてますう」

 そっぽを向く彼女。

 ランニングで消費するカロリーはたかが知れてる。

 長距離走、超人的な体力がなければしんどい。

「ほどほどにしとけよ」

 太りにくい体質もあるが、それは努力もあってのこと。

 体質は変えようと思えば変えられる。だがどうしても変えられない性質なら、自身のそれを受け入れて創意工夫する。

 その努力をやるかやらないか、そして続けられるか、それだけなのだ。

「なあに? 興味あるの?」

 俺の顔をのぞき込んでくる彼女。

 ほんと、小悪魔みたいな女だ。

 職場では冷酷冷徹なくせに。

「体調管理は大事だからな。少しサボれば全ておじゃんだ」

「つまんないなあ。冷たい言い方」

 眉を寄せる彼女。

 本心は楽しそうだ。

「甘いものはあんまり好きじゃないんだがな」

「じゃあラーメンにする? 好きでしょ?」

 即答だった。

「……いや、そこでいいよ」

「はい、私の勝ちい」

 ブイサインを出す彼女。

 別に勝負しているつもりはないのだが。

 してやられた気分だ。不快だ。

「いたっ」

 薬指でデコピンしてやった。

 手の構造上、薬指で弾くのが一番効果がある。

 でこを押さえる彼女。

「さいっていっ」

 暴力で訴えるとか、人のすることじゃない――と言いたげな目。

「古今東西、問題解決の最適解は暴力だ」

「そういう所ッ!」

 と言って腕を振り下ろしてくる。

 ひょいひょいと避けた。

 次いで両手を掴む。

 スラリとしているのに、力強い両の手首。

 インナーマッスルがしっかりしている証拠。

「こんなのに当たったら一溜りもないな」

「甲斐性もないとか男として終わってるッ」

 ムウッと唸る彼女。

 俺はまたも笑ってしまった。

「そうだな……当たらなければ意味ないな」

「武術習ってコテンパンにしてやるッ」

「楽しみにしてるよ」

 ――とまあ、こんな感じの対話が日常茶飯事の俺たち。

 互いの利害関係の一致。

 恋愛も、友情も、家族も、仕事も、結婚も、何もかもがそれに尽きる。

 俺と彼女の関係。

 片思いする彼女と、人間観察好きの俺。

 今はそう。

 そんな彼女が面白くて仕方ないのだ。

「太るなよお。綺麗なお身体が台無しだ」

「セクハラッ!」

 ローキックを、俺はひらりと躱した。


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― 新着の感想 ―
透かしてやがるこの男… でもこういう主人公見てて気持ちいいですよね
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